第四話
「準備はいいかなー? 短くなっちゃってつまんないけど、次こそタッチするね」
振り切ってノリノリな女性、いや、前髪の長い少女は俺達の背中でうずうずしている。
「なぁ、勇気。この人こんなキャラだったか?」
「いや… 色々あるんだろ」
少女の境遇は簡単に俺が話すような事でもない。友達を散々な目に遭わされて、少し情が湧く俺も、おかしくなっているようだ。
ゴーン、ゴーン…
鬼ごっこの再スタート。今回は制限時間5分。さっきよりは気が楽だ。だが、相手も本気を出しているのか、最初の様に待ってはくれなかった。俺達が2階まで降りた頃、後ろを振り向くとすぐそこまで来ていた。全力で走る俺達。さっきは1階まで降りてしまったのが、行動を制限される一つの原因だった。2階に降りると二手に分かれて、電話を繋ぎながら逃げる事にした。そうする事によって、お互いの位置を把握し、分散できる。
そのおかげか、二手に分かれた俺達のどちらを追うか迷っている間に、少女から距離を撮る事が出来た。俺はそのまま2階に滞在、荒木は3階へ向かった。1回目では色々ありすぎて家の中を見てる暇が無かったが、かなりの広さだ。こんな広い家で一人で居たとは…
駄目だ駄目だ!
また感情移入をする所だった。今の俺にはそんな余裕は無い。一刻も早く大凶を引いて終わらさなければ。いや、待てよ…
「おい、荒木聞こえるか」
スマホ越しでも聞こえるかどうかの細い声で、電話が繋がったままのスマホに声をかけた。
「聞こえるよ」
良かった。まだそっちには行ってないんだな。2階まで来ていたから俺の方が接近する確率は高いが、これを試すには今しかない。
「制限時間も残りわずかだ。どちらかが、一度水みくじを引に行こう。それを引いた後ぐらいには金が鳴る。すると2回引けると言うわけだ」
「それ、ルール違反として、次引くの先延ばしにされないかな」
確かにその可能性は大いにある。だが、もう少しだからと言ってこのまま逃げていても、こういう時に限ってギリギリで捕まるオチだ。一人もタッチできずに終わるのは、少女もやりきれないだろうからな。
「よし、俺が引きつける。荒木は一つ上に上がるだけでいいから、リスクは俺より少ない。悪いが頼めるか?」
「何か嫌な予感しかしないけど、どうせ捕まる運命ならやるよ。なんかあったらとりあえず塩振って全速力で逃げろよ」
「おう、お前も気をつけろよ」
……
よし、やるか。
「おーい、俺と遊ぼうぜ〜」
辺りを見渡しながら、怖さを声の大きさに変えて少女に呼びかけた。
「いないのか?」
もし、荒木の方に行っていたらと思うと、震えが止まらないが、今考えても仕方ない。やると決めたならとことんやってやる!
「なにー? もうすぐで時間来ちゃうのに、何でわざわざ出てきたの?」
よし、来た。
「まだ遊び足りないと思ってな」
今すぐにでも逃げ出したいが、このぐらい強気じゃないと立ってられない。
「もうすぐ時間来ちゃうのにおかしな事言うなぁー。まぁいっか。じゃあ… よーいどん!」
少女がスタートを切った瞬間俺は全速力で逃げる。それまでも少女の追いかけるスピードは速かったが、今回は特段に速い。でも何故だ。今は楽しそうじゃない。髪の毛の隙間から見える目と口は俺を殺すと言っている様だ。殺気を感じながら、2階の部屋をありったけ汚し、塩も、もちろん撒いた。だけど、少女のスピードは落ちるどころかどんどん加速していき、ボクの背中に手が伸びる。
「や、やめて…」
俺から吹っかけといて、結局俺が一番可愛いんだ。頭の隅で俺を追いかけるのはやめて、荒木の所へ行ってくれと言う考えが、頭全体に向かって侵食していく。
ゴーン、ゴーン…
「はい、終わり。次は大吉、引いてね。こんな時間ギリギリに誘われちゃっても遊び足りなーい。早く上まで来てね」
た、助かった…。荒木は上手く行ったのかな。まぁ2回引けるんだ。同じものに当たる確率はあるが、こればっかりは本当に運試し。回数踏めばいつかは出られる。
諦めかけているが、わずかな希望に期待して4階まで上がった。
「荒木無事か!! ……荒木?」
荒木は水みくじの前で立ち尽くしている。何だか服が赤く見えるけど…
その姿を見た瞬間、静電気で外に引っ張られるかの様に俺の全身の毛が逆立った。
「何だよその傷、いつ…」
「勇気、ごめん」
俺の質問には答えず、荒木は謝った。
傷だらけのお前に頼んだのは俺だ。何でお前が謝る?
荒木はゆっくりと体を捻りながら、見た事ない涙を流し、水に濡れたおみくじを俺に見せた。
「大吉…。 でも、もう一回引けるよな、その為にお前に行かせた…」
さらにボロボロ泣き出す荒木は、
「ごめん… 間に合わなかった。早く行かなきゃって思ってたのに体が重くて…」
と言った。そこで俺は理解した。時計の鐘が鳴る前に引いたものではないと。
バタッ…
荒木は倒れ込んでしまった。床が赤く染まっていく。
「荒木!!」
すぐに駆けつけ、倒れている身体を起こし、消えかけている声で俺に訴える荒木に耳を澄ませた。
「ごめん…な…。佐藤に続いて俺が行ったから、勇気は一緒に入ってくれた…んだろ…。お前止めてたもんな。怖さはあったけど、珍しく俺にも興味が出て…何も考えずに…入ってしまった…んだ」
だんだん目が虚になってくる荒木を見て、あのままじっとしていれば助かったかもしれないと、後悔の波動が俺の心臓を抉る。
「悪いのは俺なんだ。初めにお前らを止めれなかった事。結局は自分が可愛い事。そして、お前がこんな目に遭ってしまった事。全部俺が悪い…」
涙も鼻水もダラダラ流し、俺が悪いのに、本当に情け無い姿だ。
「じゃあ、今回は皆んなが悪いね… いっときの感情で後先考えずにやった俺達が悪い…。俺は元々友達が居なかった… そんな俺でも勇気が引っ張り出してくれて、ダチが出来た。本当凄く嬉しかったんだ。毎日楽しかった…」
「そうか… 俺達と仲良くなった事、今は後悔してるんじゃねえか…」
「そうかもね。でも、短い時間だったけど…いい経験になったよ… 来世でも友達になってくれるか…」
「当たり前だ」
すると、今までに無かった満面の笑みで俺を見る荒木。
スッ!
俺の後ろから何か飛んでくると同時に、荒木の首が飛んだ。
俺はそのまま後ろを向かず、どんな感情で震えているのかもう分からない。ただ叫ぶ事しか出来なかった。
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