第三話
逃げ場の無い所に来てしまっては、もう手の打ちようが無い。タッチされたら何をされるんだ? まぁ良い。その時になれば分かるだろう。
「ターッ…」
前髪の長い女性も嬉しそうに、手を伸ばす。
と、その時…
「お姉さーん、俺、もう帰ろうかな〜」
俊太の声だ。何してるんだアイツは。
女性はギョロッと目が横を向き、俺をタッチしないで俊太の方に向かった。
「俊太逃げろ!!」
女性が走って向かっている隙間から見えた俊太は、満面の笑みだ。
「これでチャラにしてくれよ。これ、持って行け」
と、俺に何かを投げて、女性から逃げていく。数秒後には壁に何かぶつかる大きな音を立てて、女性の「ターッチ」と言う声が建物中に響いた。
俊太が投げてくれたのは、塩が入った袋だ。きっと、廃墟から真っ直ぐ進んだところにコンビニがある。そこで塩を買って、ビニール袋に入れたんだろう。
恐る恐る、俊太の向かった方に行くと、壁のすぐ横で倒れている俊太が居た。その横には女性が立っている。
「ルールを破らなければ、何もしないんじゃ無かったのかよ。俊太はあぁ言ってたけど、外には出てないぞ」
怒りと恐怖で震える俺に、
「そうでしたね。これは失礼しました。何だか、腹立たしい気分になったので、タッチの力加減を間違えました」
と、薄笑いながら言う彼女。
「何の目的で、こんな事をしているんだ」
「私、もっと遊びたかったんです。お友達と、無邪気にね。でも、外に出るのを許されなかった。お父さんとお母さんは外に出ていたのに。結局、お父さんとお母さんは帰ってこなくなって、気付いたらお家は真っ暗になって、人が入って来ても私の事を気づいてくれる人は居なくなった。
そのうちここに何度か人が出入りする様になって、面白半分で水占いの用意をここに置きに来たんです。それからは、どんどん人が入ってくる様になって、私に会いに来てくれているんだと分かりました。じゃあ遊んでくれるよねって。私の姿が見えないと遊べないから、水みくじの紙に念をかけました。すると、何と言う事でしょう、私の存在を気づいてくれる様になったの。
なのに、みんな怖がって外に出ようとするの。私の家に勝手に入って来て、勝手に帰るなんておかしいよね。私と遊びたいんじゃ無いの?って。だから、私と遊んでくれない人は、イタズラするの」
女性は、妖艶な声からだんだん少女の声になり、幼くなって行った。
「イタズラって、佐藤も、俊太も倒れて動かなくなってるじゃ無いか。イタズラの範疇超えているぞ」
「知らない。だってお父さんとお母さんも私が倒れても助けに来てくれなかったもん。何で私が知らない人に優しくしないといけないの?」
「貴方の境遇は聞くに耐えない状況だった事は分かりました。俺達も、遊び半分でからかいに来てしまった事は悪いです。ただ、貴方の境遇に俺達は全く関係ありません。恨むべきは、貴方の両親でしょう?」
怖いが、話を止めてしまうといつ飛びついてくるか分からない。ここで時間稼ぎ出来るのはデカいぞ。
「んー、そうだけど、お父さんとお母さんは私をだいじーに、してくれたよ。お外は、暑かったり寒かったりだし、変な人だったり、車通りも多いから危ないって。だから絶対に家から出ちゃダメって言ってたの。お父さんとお母さんは助けに来てくれなかったけど、恨まない。きっと迎えに来てくれる間に何かあって来れなかったんだよ」
「それは…」
「なに? まだ喋るの? 早く鬼ごっこの続きしようよ。もっと私と遊んで」
と、彼女は俺の方へ向かってだんだんとスピードを上げて走ってくる。一か八か、俊太が持って来てくれた塩を投げてみる。
シャッ!!
「ひゃっ! 何これ。痛い、痛いよう…」
よし、効いてる。これでこのまま距離を取ろう。
俺が走り出そうと背を向けて走り出そうとした時。彼女はすぐ後ろまで来てしまっていた。
「何で…」
「何でってなんで? これ塩? 痛いよ。でもね、痛いだけで何もなってないよ。はい、ターッ…」
ゴーン、ゴーン…
時計の鐘の音が鳴った。あれから30分が経ったと言うことか。
「うー、悔しい! もうすぐでタッチできそうだったのに。でも、これが楽しいんだよね。じゃあ私先に戻ってるから、水みくじの所まで来てねー」
と、女性は消えるように去って行った。あの妖艶な女性はどこに。少女そのものだ。
荒木も近くに隠れていたおかげですぐに合流することが出来た。4階までの階段が、初め登った時よりも足が重い。1度しか引いてないが、もう追われる恐怖はこりごりだ。次は大凶、次は大凶…
と、念じていたが、末吉だ。あぁ、また始まる。もういっそ捕まってしまった方が楽になれるんじゃ無いか… と、心が折れそうになる俺だった。
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