第二話
俺は腰が抜けて尻餅を着き、佐藤と荒木が振り返ると、髪の長い女性が立っていた。
「うわっ!」
佐藤は声をあげて少し後ろに下がり、荒木も肩を上げて驚いている。
「私と遊んでくれますか?」
と、髪の長い女性は細く妖艶な声で俺達に聞いた。
「な、何をして遊ぶ…んですか」
俺はこれを拒むと何かやばい事が起きると本能的に分かった。
「んー、何をしましょうか。そうだ、鬼ごっこでもしましょうか」
髪の毛の隙間から見える口元は少し口角が上がり不気味だ。
「捕まると、どうなるんですか…」
と、聞いた佐藤は、さっきまでの無邪気な姿は無く、だんだん怯えてきている。
「何もしませんよ、ルール違反がない限り」
「ルール違反ってどんな…」
恐る恐る質問をしていく佐藤。
「そうですね… 鬼ごっこ中に外に出ようとしたり、鬼ごっこ以外の事をしたら、ですかね。簡単でしょ。フフッ」
耳心地の良い声と似つかず、殺気の様な物を感じ、俺達は恐怖に引き込まれる。
その後、簡単な説明があった。鬼は髪の長い女性。俺達が水みくじを引き、大吉であれば30分間鬼ごっこが継続される。中吉だったら、25分。吉が20分、小吉が10分、末吉が5分、凶が2分。そして、大凶であれば鬼ごっこ終了という事だ。それぞれ時間が達した場合、時計の鐘がなり、再度水みくじを引く事になり、大凶が出るまで終わらないというシステムだ。
捕まっても何もしないと言うのは、信用できないが、ここで何もせず外に出る方がもっと危険だ。開始の合図があってから1分、数を数えてくれる。その間に俺達は逃げる事になった。
恐る恐る髪の長い女性に、顔を残したまま背を向け、開始の合図を待つ。女性も俺達はから目を離し背を向けると…
「いや、長いの前髪だけ!?」
と、俺は、緊張感のある時に思わず口にしてしまった。
後ろを向いた女性は、前髪以外は伸びずにショートヘアになっている。なぜ前髪だけが極端に長いのか分からないが、一瞬だけ怖さを掻き消してくれた。
「どうやら、女心が分からないお人達なんですね。宜しいですよ、何と言われても。私は遊んでくれるだけで十分です」
と言っているが、声に圧を感じる。きっと怒ってしまったんだろう。にやけかけた俺達の顔は引き攣る。
ゴーン、ゴーン…
時計の鐘の音と共に鬼ごっこはスタートした。4階に居た俺達はとにかく女性から離れるために階段を駆け下りる。佐藤は足が速く、俺と荒木を置いて先へ行く。俺と荒木が1階にたどり着いた時には、佐藤の姿が無かった。
「佐藤〜?」
あまり大きい声は出したく無かったが、ライトが無いと歩けないような暗闇で散り散りになると次に合流するのは難しくなる。恐れながらも佐藤を呼ぶ。
すると、1箇所光が差す場所が見えた。俺と荒木は光が灯る方向へ進むと、そこに佐藤がいた。俺達からは15メートルほど離れている。
「佐藤! まさか外に出るのか? ルール違反するとアイツ何するか分からないぞ!」
「わりぃ! 俺から言い出したのに、お前らが見えてる以上に俺ビビってんだわ。ルール違反つっても、出て終えば明るいところには着いてこないだろうよ。じゃあ、悪いけどお先!」
「ちょ、待っ……」
止めようと俺は走って追いかけた。一歩前に踏み出した時に、
「なんだよこれ…」
と、佐藤の声がした。俺はそのまま走り続け、光が差してる扉の前に行くと、佐藤は倒れていた。その後ろには、身体中に何個あるか分からないぐらいの目玉がついている、人の形をした化け物が立っていた。
「化け物がいる… この化け物が佐藤に何かしたのか。佐藤!」
俺は佐藤の元へ行くつもりだった、そう、走って駆け付けて、佐藤の身体を起こして大丈夫かと、声をかけるんだ。でも、足がびくとも動かない。この先に行くと俺も同じ様な事が起きると思うと、前に進めない。情け無い自分に反吐が出る。何が佐藤と荒木が心配だ。いざとなったら、自分を守るので必死。俊太と一緒に帰れば良かった…
「勇気!!」
俺は名前を呼ばれてハッとした時には、顔の目の前まで、化け物がやって来ていた。荒木ともう1人が、二人がかりで扉を閉め、俺は後退りするだけだった。ん?もう一人?誰だ、俊太は帰ったし…
「おい、しっかりしろ!」
荒木がこんなに声を張り上げるのは初めて見た。大丈夫、さっきので目は覚めた。荒木の横に立っている人を見ると、
「ごめん、勇気…。結局俺も来てしまった」
帰ったはずの俊太が立っていた。
「お前、何で帰ってないんだよ! あんなに怖がってたのに、俺も嫌な予感がしたからあぁやって言ったのに、何でだよ…」
危ない目に合うかもしれない場所に、帰らせたと思った友達が居て、心配で怒るのが筋なのに、何で俺は泣いているんだ。自分でも情緒が分からない。そうか… この恐怖を共感する仲間が増えて安心してるんだ。あぁ… つくづく最低だ俺は。
「ほんとごめん! あれから本当に帰ろうとしたんだけど、男として情け無いなと思って戻って来てしまった。後は一人で帰るのも怖かったって言うのもあるけど…」
手を合わせて俺に謝る俊太。
「いや、男としてって言うんなら、こんな廃墟なんか入るほうが、馬鹿だと思うぞ。常識ある奴はこんな所に来ない」
「え、そうなの!? うわー、やっぱり来なきゃよかったぁ」
泣きべそをかいている俊太をみて、俺の涙は次第に引いて行った。
「さぁ、これからどうする。3人になっても二手に分かれると一人になるのは危険そうだし。しかも、もう1分経ってるはずなのに、女性の気配が無いのも不気味だ」
荒木はここぞとばかりに話し始める。
「なぁ、荒木。ここに入る前、何で躊躇無く佐藤に着いていったんだ?」
「今そんな事話す場合? はぁ… 本当になんとなくだよ。怪奇現象とか心霊現象なんて、本当は興味無かったけど、ここに来た時に悍ましい空気を感じたんだ。この直感は正しかったのか、確かめたかっただけ」
「そうか…。俺も、ここに来てからは何かやばい感じがしたんだよ。お前は強いな。俺は内心ビビり尽くしていたよ」
「え、そうなの?」
と、俊太は嬉しそうだ。
「話を戻そう、これからどうするかだが…」
荒木が話し始めた時、後ろから聞き覚えのある声が。
「いーけないんだ、いけないんだ。私と鬼ごっこ中に立ち話ですか。ずるいです。私も混ぜて」
と、前髪の長い女性がすぐ後ろに立っていた。俺達はすぐさま猛ダッシュ。ハンデをつけてくれているかの様に、時間差で女性が追いかけてくる。走り方は凄く不格好なのに、前髪からチラチラ見える目は、万華鏡の様に色鮮やかに光っている。こう言う時は不気味で、容姿に自信持てない様な女性のパターンが、ホラーにうってつけなのに、何でそんなに可愛いんだよ!!
女性は目は笑っていないが、口は口角を上げ楽しそうに追いかけ、俺達が逃げている空間は、まるでリレーで流れる音楽がかかっている様だ。
3人で走っていると一番後ろが不利だ。仕方なく俺達は散り散りになる事に。3人が分かれた事により、彼女は一度立ち止まった。
帰宅部の俺達には運動不足により、全力疾走した身体は休息を欲している。隠れて意味があるのか分からないが、押し入れの中に姿を隠し、彼女の動きを観察する事にした。薄々気付いてはいたが、彼女は幽霊だ。姿、形はハッキリみえるが、足音が聞こえない。これで近くにいる事に気付け無かったんだ。と言うことは、ここで隠れていても通り抜けられるかも知れない。意味がないと分かっていても、動くことは出来ず、そのまま時間が過ぎるのを待った。
だが、それも束の間、
「もしかして、かくれんぼをしているのでしょうか。私、鬼ごっこって言いましたよね? ルールを守らない人は嫌いです」
と、俺の顔の前に女性が来てしまった。
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