九杯目:大学デビューの小さな幸せ喫茶
いらっしゃいませ。
ご来店いただきありがとうございます。
本日も素敵なお話をご用意させていただきました。
ぜひゆっくりしていってください。
あの男は、ことあるごとに周りを驚かせる。
何を隠そう。私……那月 葵も、あの男に振り回されてる一人だ。
あの男とたまたま繋がった腐れ縁は、幼稚園からだった。
園児ながらに思った、あの男の第一印象は……『なんか違う』だった。
幼稚園児にしては周りより、どこか落ち着いていて。
表情があまり変化しないせいか、周囲より大人びて見えた。
……かと思えば、ときおり年相応の反応を示し。
大抵の事は一度見ただけで、そつなくこなす。
熱中していたかと思えば、すぐに飽きてしまう。
常に自分のペースを崩さず。
だからと言って、周りの人間を不快にさせる訳ではなく。
むしろケンカなどの面倒なことに、自ら進んで仲裁に入り。
気づけば『自分があの男にフォローされていた』ということなど数知らず。
あの男――――古奈 陽太とは、そういう男なのだ。
そんな古奈との縁も、小学校、中学校、高校……さらには大学まで続いた。
そして、大学に入学してしばらくした頃……。
「はぁ……? なっ……!?」
「どぉーよ、那月ちゃん?」
幼稚園の頃の私よりも随分と背が高くなった古奈が、見せつけるように少しだけ屈む。
「どうって……何その頭!?」
古奈の頭を見ながら、私は何度も口をパクパクさせる。
数日前まで暗かったはずの髪が、明るい金髪に染まっていたからだ。
「大学デビューでーす」
驚いている私とは正反対に、古奈は能天気に「いえーい」とピースする。
昔からこの男……表情と感情と言葉と抑揚が一致しないため、はたから見たら無表情な棒読みでピースしているようにしか見えない。
伊達に私は、この男と腐れ縁で繋がってない。
この男、ものすごく楽しんでいる!
「どう? ねぇ、どう?」
「はぁ……」
古奈の突然のイーメジチェンジに、今更と思いつつもため息が出る。
そういえば……高校時代も突然ピアスを付け始めたと思えば「実はイアリングでーす」とか言ってきたことがあった。
「どうよ、那月ちゃん? 元々イケメンの原石だった俺のイケメン度に、拍車がかかったと思わない?」
「自分で言うの? それ?」
「事実ですので」
古奈はそう言って『エッヘン』と胸を張る。
「うわ……」
確かに、古奈の顔立ちはどちらかと言うと……いや、正直に言ってかなりいいほうだとは思う。
だが自分で言ってしまうあたり、残念で仕方ない。
「ねぇ、古奈……その頭を見て、青山先輩は卒倒しなかった?」
青山先輩とは、古奈の従兄弟で青山 涼介先輩。今は祖父の経営していた喫茶店を引き継いで、喫茶店のバリスタ兼、マスターをしている。
「涼ちゃんを卒倒させないように、ちゃんと事前通達した紳士な俺。ちょーえらい」
「いやいやいや、いきなり金髪にする時点でおかしいでしょ!?」
「那月ちゃんは手厳しいなぁー」
私の言葉に、古奈は「えー?」と口を尖らせる。
「しかし困ったなぁ」
「……? 何が?」
古奈の言葉に、私は眉間に皺を寄せて質問する。
「だって元々イケメンだった俺が大学デビューしたことによって、さらイケメン度が増し増しに増し……リニューアルオープンした事で。この世の全ての老若男女が、俺の魅力に気づいてしまうんだよ。それって、ヤバくない?」
「……ソウダネ」
私が反応に困っていると。
「どうしよう。俺が今まで見てきた『反応に困る那月ちゃんの表情集』で過去一困ってる顔になっちゃった」
「何その謎の表情集って……分かってるならやめてよ。本当に反応に困るから」
「調子に乗りすぎました。ゴメンよぉ……」
私の言葉に少しだけションボリとする古奈に、小さくため息をつく。
「……というか、なんで急に髪なんか染めたの?」
「……友達の一人が美容専門の学校に行ったので、カラーの練習のついでに俺の髪を使って染めてもらって……スゲー綺麗に染めてもらったから、那月ちゃんにも見てもらおうと思って……あとせっかくの大学デビューだから、記念になにかしたかった」
「さては最後が本音だな?」
「ゴモットモ」
古奈の素直すぎる最後の本音に、今日だけで何度目かのため息をついてゆっくりと息を吸う。
「……ま、まぁ……その……似合ってる、んじゃない……?」
私は顔を逸らしながら、もごもごと感想を告げる。
「へへっ、ありがとう」
チラッと見た古奈は。普段は表情と感情と言葉と抑揚が一致しない男とは思えないほど、珍しく全てが一致した笑顔で笑っていた。
(そういうところがズルいんだよな……)
「というわけで、那月ちゃん。今から涼ちゃんのところに一緒に行って、大学デビューした俺の姿をお披露目しに行こう」
「ちょっと待って、古奈。アンタまだ青山先輩に見せてないの?」
「涼ちゃん驚くかなぁー?」
「ちょっ……待ちなさい!」
その後……大学デビューをした古奈の姿を見た青山先輩が、卒倒したのは言うまでもなかった。
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