(6)追憶の言葉
フィオラは祭壇の壁画を見つめ、その壮麗な光景に心を奪われていた。女神の手から放たれる光が荒れ狂う戦場を照らし、闇を払う様子は、生きた伝説を目の当たりにするようだった。彼女の茶色い瞳には、隠しきれない好奇心と敬意が輝いている。
ふと壁画から視線を外さず、フィオラは小さく微笑みながら呟いた。「ウチも、こんなふうに光り輝く魔具を作りたいなぁ。なんや、乙女の祈りみたいやわ。」
その言葉は軽口のように聞こえながらも、その裏には職人としての情熱がにじみ出ていた。アルマとカーライルはその言葉に思わず微笑みを交わしたが、二人とも彼女が本気でそう考えていることを理解していた。フィオラにとって「光」とは、ただの憧れではなく、実際に自分の手で形にし、この世界に価値をもたらすものだった。
しばらくの間、聖堂内には厳かな静寂が広がり、三人はそれぞれの思いを胸に壁画を見つめていた。その絵画が語る建国の物語は、過去の偉業を描くだけでなく、今もなお現代に生きる者たちに響く何かを秘めていた。
その静寂を破るように、アルマがぽつりと呟いた。「女神様って…本当に存在していたのかしら。」
その問いかけは意外だったが、どこか自然で堂内に馴染んでいた。カーライルとフィオラが一瞬顔を見合わせたが、アルマは二人には目を向けず、静かに続けた。
「領主の娘として、女神様が人々の心の支えであることは理解しているわ。こうして祈ることが大事だってことも。でも…」
彼女の声には、迷いと冷静な思索が入り混じっていた。
「一人の魔法使いとして考えると、どうしても疑問が残るの。初代国王がただの並外れた魔法使いだっただけなんじゃないかって。その力が人知を超えていたからこそ、後世では女神から賜った奇跡として語り継がれたのかもしれない。」
その意外な考えに、カーライルは眉をわずかに動かしたが、口を開かず黙って耳を傾けていた。アルマの声は、聖堂の静けさに調和しながら響き渡り、探求する心の強さを伝えていた。
「王立魔法学院には、初代国王が使ったとされる魔法の記録が残っているわ。でも、その詠唱文を唱えても、今の魔法体系では何も起きないの。」
アルマは遠くを見つめるように目を細め、淡々と続けた。「初代国王は、人の理を超えた領域に達していたのだと思うわ。きっと今で言う '特級' の魔法のさらに先、誰も到達できない未知の世界にいたのだと。学院長でさえ、その力には到底及ばないと言っていたもの。」
その静かな告白に、フィオラが口元にいたずらっぽい笑みを浮かべ、軽やかに言った。「もし女神様がほんまにおらへんのやったら、あねさんが女神様になったらええやん。あんだけすごい魔法使いやし。」
その言葉にアルマはくすりと微笑み、冗談を軽く受け流すように応えた。「たとえそんな力があっても、私は女神様にはならないわ。私にとって一番大切なのは、何よりも故郷だから。」
ふたりの軽やかなやり取りを聞きながら、カーライルはふと目を閉じ、胸の奥深くで忘れかけていた感情が静かに動き始めるのを感じた。アルマの何気ない言葉に触発され、長く封じ込めていた記憶が、まるで鍵を解かれたかのようにゆっくりと甦り始めていた。
─「女神様は絶対にいるんだから!」─
─「もし本当にいないなら、私が女神様になってみせるわ!」─
遥か昔、黒髪の少女が無邪気に笑いながら力強く言い放った。その言葉とともに、胸元で揺れる銀色の円環のペンダントが、きらりと光を反射した。その小さな円環は、彼女の揺るぎない決意と純粋な信念を象徴するかのように輝き、その姿が鮮烈な残像となってカーライルの脳裏に蘇った。
長い間押し殺してきた記憶が、時を超えて再び彼の心を襲い、心の奥深くに眠る感情が鮮やかに解き放たれていく。今、目の前にいるアルマの姿が、過去の少女と重なり合い、カーライルの胸の奥に静かに広がっていた湖面に、鋭い石が投げ込まれたかのように激しい波紋を立てた。
「…あの時の、あの言葉……」カーライルは胸の奥から込み上げる感情に押し流されそうになり、息を呑んだ。視界がぼやけるのを感じながら、ずっと封じ込めてきた過去が今、鮮やかに目の前で蘇っていく。かつて交わした言葉、笑い合った記憶が、今この場で彼の心に重く影を落とし、内面を静かに揺さぶり続けていた。
だが彼は知っている。少女の願いが叶わなかったことも、彼自身がその未来を見届けることもできなかったことも。あの日、彼女を救うことができなかった女神という存在へのわだかまりが、長い時を経てなお彼の心に深く沈殿していた。彼は目を伏せ、かすかに呟く。「女神なんて…いねえんだ…。」
その言葉は、聖堂の静寂に吸い込まれるように響き、やがて消えていったが、彼の心には暗い影のように深く刻まれた。それは長い年月を経て、ようやく口にできた、自分自身への静かな告白でもあった。
周囲にはステンドグラス越しに降り注ぐ神聖な光が広がり、聖堂全体を静かに包んでいる。その美しい輝きでさえ、彼の胸に渦巻く闇を消し去ることはできなかった。かつて守れなかったもの、その影が今も彼の心に重くのしかかっている。アルマとフィオラは、カーライルの内なる葛藤に気づくことなく、聖堂を後にしようとしていた。
カーライルは重い足取りで二人の後を追った。その歩みは過去と決別しようとするかのように慎重でありながらも、心の奥には何か新たな変化が芽生え始めていた。長い間押し殺していた感情が今の自分と交わり始め、彼はその衝動の意味を掴みかねていたが、答えを見つけるにはまだ時間が必要だと感じていた。
ステンドグラスの光に照らされながら、カーライルは静かにその場を後にした。過去の感情が再び姿を現し始め、胸がかすかに締めつけられるのを感じつつも、その先に待つものが何かを知るには、まだその時は訪れていなかった。
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