(5)少女の怒りと愚痴
酒場の空気は、いつもより静かだった。
開店したばかりの時間帯で、客はまだ少ない。控えめなざわめきの中、カーライルの向かいにはアルマが座っていた。
金髪は淡い光を反射し、碧眼には鋭い輝きが宿っている。
この粗野な空間には明らかに場違いな少女。だが、炭酸水のジョッキを勢いよく飲み干す姿には、どこか冒険者らしい気概が漂っていた。
「ほんとに、あのギルド長ったら!」
ジョッキがカウンターに叩きつけられた。
乾いた音が、静まり返った酒場に小さく響く。
「『ちゃんと霊草を工房に卸しています』ですって?」
アルマの怒気を含んだ声が、苛立ちを露わにする。
「現場の担当者が困ってるって言ってたのに、信じられるわけないでしょ!」
カーライルは静かにジョッキを傾け、ちらりと彼女を見やった。苦味が喉を通り、目の前の状況を飲み込むような感覚が広がる。
「まぁな、帳簿を見せられりゃ、普通は信用するだろう。」
淡々とした口調で言いながら、彼はジョッキを置き、アルマの顔をじっと見つめた。焦りと迷いがありありと浮かんでいる。
「でも!」
アルマが即座に反論する。
「私が聞いた話は確かよ!」
カーライルは肩をすくめ、呆れたように首を振る。
「そいつが干されてるだけかもしれないだろ。現場じゃよくある話だ。上司に嫌われて、扱いが悪くなったとか。」
「そんなこと、分かってる! でも、彼女の言葉を無視するなんてできない!」
アルマは再び炭酸水を一気に飲み干した。
その動作には、揺るぎない信念が宿っていた。
カーライルは軽くため息をつく。
彼女をじっと見つめ、静かに口を開いた。
「分かったよ、嬢ちゃん。その情熱は立派だ。でも、今夜はもう遅い。これ以上考えてもいい答えは出ない。ひとまず帰って、頭を冷やせ。」
アルマは一瞬口を開きかけたが、言葉を飲み込む。
その正論に、反論する術がなかったのだろう。
やがて、小さくため息をつき、頷いた。
「…そうね。今日は無理かも。でも、諦めないわ。」
カーライルは薄く笑みを浮かべ、ジョッキを軽く持ち上げる。
「その意気だ。無理はするなよ。」
アルマは微かに笑い、静かに席を立った。出口に向かうその背中は、小柄ながらもどこか重たげだった。彼女が去った後、カーライルは静かにグラスを傾けた。
「帳簿は完璧だが、嬢ちゃんの友人が嘘をついてるとも思えない。」
「なら…その間に何かがあるってことか。」
ジョッキを軽く回しながら、彼は静かに考え込む。
愚痴は、変化の兆しを示す重要な手がかりだ。
「まぁ、愚痴が集まれば、どこかに答えがあるかもな。」
そう呟くと、カーライルはカウンターに向けて声をかけた。
「マスター、もう一杯頼むよ。」
マスターは無言で頷き、新しいジョッキを置いた。
カーライルはそれを手に取り、軽く笑みを浮かべる。
「さて、次はどんな話が転がり込んでくるか。」
少しずつ客が集まり始め、酒場にはいつもの賑わいが戻りつつあった。カーライルは、新たな夜の始まりを迎えながら、次に訪れる「愚痴」を待っていた。
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