(34)歪むダンジョン
カーライルは険しい表情を崩さず、低い声で呟いた。「ダンジョンの異変が起こったのは、つい最近だ…。そして、その直前に第三王子が儀礼を終えた。タイミングが良すぎる。」
その言葉には確信と疑念が混ざり合い、場の空気はさらに重く張り詰めた。アルマは目の前で揺れる赤いマナを凝視しながら静かに頷く。その脈動するマナは、空間に異様な緊張感を加えていた。
「そうね…偶然にしては不自然すぎるわ。」アルマの声は冷静だが、その底には鋭い洞察と不安が込められていた。「マナがこれほど深く同期しているということは、意図的な操作があったと考えざるを得ない。こんな現象が偶然起きるなんて、到底考えられないわ。」
その冷たい言葉が空間に響き渡り、重々しい沈黙が場を支配する。
フィオラは手の中のクリスタルの破片を見つめ、困惑した表情で口を開いた。「ダンジョンのマナがこんなふうに暴れとるなんて、普通ちゃうやん…。これまで見てきたどのダンジョンとも違う。」
彼女の声には恐れと戸惑いが滲んでいたが、それでも何かを見つけ出そうとする意志が感じられた。
「もしやけど…魔具師的な観点で言うたら、これって素材取り放題みたいなもんやない?ダンジョンのマナを完全に支配できるってことやろ?自由自在に使えるとか…めっちゃ便利やん。」
一瞬、フィオラは軽く笑顔を見せたが、その表情はすぐに消えた。「いや、冗談やけど…もしほんまやったら、そら怖い話やな。」
その冗談めいた言葉もダンジョンの冷たい空気に吸い込まれ、再び重い沈黙がその場を包んだ。
フィオラは眉をひそめながら続けた。「けどな、ほんまになんかおかしいわ。王家の儀礼が行われた後にダンジョンで異変が起きるなんて、ウチ、聞いたことないで。」
その言葉に、アルマも小さく頷きながら考え込んだ。「確かに…。儀礼がダンジョンに何か影響を与えたのは間違いない。でも、その影響が意図されたものなのか、それとも別の力が働いているのか…まだ分からないわ。」
フィオラはさらに口を開き、困惑した表情を浮かべながら言葉を紡いだ。「王家の儀礼が行われるってなったら、近くの街は大盛り上がりや。人も集まるし、お金も回る。ギルドも護衛や取引で忙しなるし、普通は誰もが喜ぶ機会やのに…」その声には、これまで信じてきた常識が揺らぐことへの戸惑いと苛立ちが滲んでいた。
カーライルは視線を暗闇に向けたまま、低い声で呟いた。「初めての出来事か…。これまで問題のなかった儀礼が、今回だけ歪められたとすれば…。第三王子が何かを仕掛けたのか、それとも彼の背後に誰かがいるのか。」
短く息を吐き、さらに続ける。「何一つ確かなことは言えない。だが、王家がこの異変に無関係だとは思えない。」
その言葉が重く響き、再び沈黙が場を支配した。ダンジョンの湿った空気は三人を包み込み、天井の暗がりがまるで彼らを押し潰そうとしているかのようだった。
フィオラは、この重苦しい雰囲気に耐えられず、そわそわと足を動かしていた。眉をひそめ、どうにかしてこの沈黙を破ろうと考え込む彼女の姿勢は、場の空気を変えたいという強い意志を感じさせた。
そして、ついに耐えきれなくなったフィオラは勢いよく一歩前に踏み出し、明るく声を張り上げた。「ずっと考え込んでても、解決せぇへんやろ!」
その声は、冷たく張り詰めた空気を振り払うかのように響き渡り、彼女は手を広げて二人を見渡した。「悩んで答えが出ぇへんことは、一旦置いとくべきや!そんなんずっと悩んでたら、疲れるだけやで!」
アルマとカーライルがフィオラに視線を向けるが、まだ表情は硬い。だが、フィオラはさらに明るい調子で話し続けた。「ほら、このクリスタル!めちゃくちゃええ素材やろ?これ、ちょっとでも多く持って帰って、ギルドに売ったらどうなると思う?めっちゃ儲かるんちゃう?」
彼女は両手を大きく広げ、瞳を輝かせながら明るい声で続けた。「それから帰りに、美味しいご飯や!焼きたてで香ばしいパンに、肉汁がジュワッと溢れるジューシーなステーキ!お腹いっぱい食べたら、疲れも吹っ飛ぶし、頭もスッキリするで!」
彼女の言葉は、無邪気な提案ながら、どこか力強さを持って場の雰囲気を和らげていった。
カーライルは小さく息をつきながらも、口元にわずかな笑みを浮かべた。「…まぁ、お前の言うことも一理あるな。」
アルマもフィオラの明るさに引き込まれるように微笑み、「確かに…お腹が空いてると考えもまとまらないものね。ご飯、悪くないかも。」と、少し力を抜いた声で応じた。
フィオラの無邪気な提案は、三人に漂っていた重苦しい空気を和らげていた。その軽やかな声と快活な仕草は、閉ざされたダンジョンに光を差し込むように緊張をほぐし、無言だった三人の心に温かな灯をともしていった
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