(4)ギルド長との対峙
ギルドの建物は重厚な石造りで、訪れる者を圧倒する威圧感を放っていた。
「カーライル、行くわよ。」
アルマのはっきりとした声が静寂を破る。迷いなく巨大な扉を押し開いた。
中に入ると、革や金属、薬草が混ざったギルド特有の匂いが漂う。昼下がりの光が窓から差し込み、室内を柔らかく照らしていた。アルマは一切の迷いもなくギルド長の執務室へ向かう。隠蔽魔法をかけられたカーライルが、その後を静かに追った。
執務室の扉の前で、アルマは息を整え、控えめにノックする。
「お久しぶりです、ギルド長。アルルマーニュです。」
奥から低い声が返ってきた。
「アルルマーニュか。入ってくれ。」
扉を開けると、白髪交じりのギルド長が穏やかな笑みで迎える。
「久しぶりだな。随分大きくなったじゃないか。急な訪問には驚いたが、歓迎するよ。」
「急にお邪魔して申し訳ありません。でも、どうしてもお話ししたいことがありまして。」
アルマは一礼し、静かに答える。
ギルド長は彼女を部屋へ招き入れると、懐かしそうに語り始めた。
「王立魔法学院を飛び級で首席卒業したとか。噂は耳にしている。見事なものだ。」
アルマは微笑み、軽く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
ギルド長は冗談交じりに言葉を続けた。
「我がギルドに登録してくれる気はないか? 有能な魔法使いはいつだって歓迎だ。」
アルマは驚きつつも、柔らかい笑みを浮かべて答えた。
「光栄ですが、今はやらなければならないことがありますので。」
「残念だが、仕方ないな。」
ギルド長は肩をすくめたが、微笑みは崩さない。
「気が変わったら知らせてくれ。」
一通りの挨拶を終えたところで、アルマは表情を引き締め、ギルド長をまっすぐ見据えた。
「ギルド長、最近、ポーション工房への霊草の供給に異常はありませんか?」
「取引量が減ったという話を耳にしたのですが。」
ギルド長は目を細め、少し考え込む。
次の瞬間、机の引き出しから古びた帳簿を取り出した。
「霊草が届いていない、か…。だが、君の心配は杞憂だと思うよ。ここを見てほしい。」
帳簿を広げながら、彼は日付や数量、納品先について説明する。
「すべて正確に記録されている。これまで一度も問題はない。」
帳簿を見つめるアルマの顔に、疑念の色が浮かぶ。
しかし、明確な証拠は見当たらない。
「ですが、工房の担当者は『霊草が届いていない』と言っています。」
アルマは食い下がるように言う。
「この食い違いには、必ず理由があるはずです。」
決然とした言葉に、ギルド長は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに穏やかな声で返した。
「アルルマーニュ、君の言うことは分かる。」
「だが、現場担当者の言葉だけで判断するのは早計かもしれない。不満や手違い、人間関係の問題が絡むこともある。」
冷静な返答に、アルマは一瞬口を閉ざす。
だが、胸の奥に違和感が残っていた。
隠れていたカーライルも、内心で頷く。
(ギルド長の言う通り、現場の声だけで騒ぎ立てるのは危険だ。それでも、この食い違いは何かを示している。)
「今日はお時間をいただき、ありがとうございました。」
アルマは一礼し、力ない声で礼を述べた。
ギルド長は優しい微笑みを浮かべる。
「気をつけて帰るんだ。また何かあればいつでも来なさい。」
夕焼けに包まれた街は、黄金色から橙色へと変わり、日が沈む準備を整えていた。
「嬢ちゃん、もういいだろ。」
カーライルが深く息を吐き、呟く。
アルマは無言で頷き、魔法を解除した。次の瞬間、赤いロングコートに無精ひげの顔が夕焼けの中に現れる。疲れた眼差しと哀愁漂うその姿は、かつての冒険者らしい風格を宿していた。
肩を回し、大きく伸びをしながら、カーライルはぼやく。
「ふぅ、隠れてるのは性に合わねぇな。堂々と歩きたいってもんだ。」
軽口を叩く声とは裏腹に、アルマの足取りは重かった。ギルド長との話し合いの結果に納得できず、彼女の背中には微かな影が宿る。
カーライルは薄く笑みを浮かべた。
「さてと、俺の稼ぎ時がやってきたな。」
その軽口には、どこか優しさが混じっていた。
「ねぇ、カーライル。」
アルマの声が響く。
「どうせ酒場に行くんでしょ?」
振り返ると、腕を組んで見つめるアルマの瞳には、疲れと決意が入り混じっていた。
「私も行くわ。愚痴を聞いてもらいたい気分だから。」
一瞬、カーライルは驚く。
だが、すぐに笑い返した。
「銅貨三枚、忘れるなよ。愚痴聞きは商売だからな。」
アルマは軽く笑い、肩をすくめる。
「分かってるわ。」
二人は並んで歩き始める。街並みは夕闇に溶け込むように徐々に暗くなり、石畳には長い影が伸びていく。遠くから、酒場の賑やかな声が聞こえ始めた。
「嬢ちゃん、愚痴を聞いてもらいたい気持ちは分かるが、酒場はお嬢様向きじゃないぞ?」
カーライルがからかうと、アルマは顎を引き、挑むような視線を向ける。
「だからこそ行くのよ。そういう場所だからこそ、知れることがあるんじゃない?」
意地っ張りな返答に、カーライルは苦笑しながら肩をすくめた。
「なるほどな。じゃあ、俺の背中にしっかりついてこいよ。絡まれるなよ。」
「そんなこと、言われなくても分かってるわ。」
アルマの瞳には、疲れの中にわずかな光が宿っていた。夕焼けの街に響く二人の足音は、これから始まる何かを予感させるように静かに続いていた。
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