(16)深奥への覚悟
フィオラとカーライルは、深淵のような漆黒の闇に包まれたダンジョンを進んでいた。足元の地面さえ敵意を秘めているかのような錯覚に襲われ、一歩を踏み出すたびに静寂がさらに濃密になる。冷たく澄んだ空気が二人の息遣いを飲み込み、ダンジョン全体が侵入者を拒絶しているかのような重圧が漂っていた。
幾度ものモンスターの襲撃を受け、その都度激しい戦闘が繰り広げられた。フィオラは巧みに魔具を使い、素材をアルカナカノンに詰めて応戦しながら道を切り開いてきたが、敵の強大さは予想をはるかに超え、二人の体力と精神力を徐々に削り取っていく。戦いの代償として、フィオラのリュックの中身は目に見えて減っていった。
ふと足を止めたフィオラは、リュックを確認する。残る魔具や素材はわずかで、彼女の顔には焦りと憂いが浮かんだ。小さくため息をつき、ぽつりと呟く。
「このままやったら…ええ素材どころか、リュックが空っぽになってしまうわ…」
その言葉はダンジョンの静寂に吸い込まれ、まるで存在しなかったかのように消えた。それでも、フィオラの中に灯る情熱は消えていない。彼女は顔を上げ、決意を宿した目でカーライルを見つめた。その瞳には確信が輝いている。
「どこまで進んだか分からんけど、このまま最奥部まで行ってみるんはどうや?」
その言葉には揺るぎない覚悟が滲んでいた。暗闇に響く声は静寂を切り裂き、ダンジョンの中に力強く広がる。
「奥には、もっと強いマナが集まってるはずや。このダンジョンで一番強いモンスターが待ち構えとるやろうし、そいつを倒せば、今まで手に入れた素材よりももっと価値のあるもんが手に入るで。上級素材も夢やない!」
フィオラの提案に、カーライルは眉間に深い皺を刻み、しばし黙り込んだ。彼の胸中には、このダンジョンに何か異常が起きているという確信めいた不安が渦巻いていた。それでも、フィオラの情熱的な言葉は彼の迷いを切り裂くように響いていた。
「…確かに、ここで立ち止まるより奥を目指す方が理にはかなってるな。ただ、最深部にどんな脅威が待ち構えているか…」
カーライルは低い声で慎重に言葉を選びながら続ける。「本来、ここは初級のダンジョンのはずだ。それなのに、中級以上のモンスターが次々と現れる。異常が起きているのは明らかだ。もしダンジョンコアに何かあれば、そこでは普通じゃないものが待っているだろう。」
カーライルの言葉には冷静な警戒心がにじんでいた。しかし、それを聞いたフィオラは、むしろ興味を掻き立てられたかのように目を輝かせる。
「ほらな、やっぱり何か変やったんや!そりゃ、こんな厄介なモンスターばっかり出てくるなんて普通ちゃうもん!」
フィオラの声は軽やかで、まるで目の前の困難すら楽しもうとしているかのようだった。その一方で、カーライルの顔には依然として緊張の色が浮かんでいる。双剣を握り直す手には微かな汗が滲み、冷たい湿気が空気を重たく感じさせた。まるでダンジョンそのものが、自分たちを試しているかのような感覚が抜けない。
「…俺がここに来たのは、その調査のためだ。」カーライルの短い説明に、フィオラは肩をすくめて明るく笑う。
「ほんなら、ちょうどええやん!異変があるなら、コアに何かあるってことやろ?それを突き止めて、ついでに素材もゲット!完璧やん。一石二鳥やで!」彼女の声は明るく、まるで道を塞ぐ暗闇すら照らし出すように響いた。その楽天的な言葉にカーライルはわずかに眉をひそめる。
「…だが、軽率な行動は命取りになる。」カーライルの厳しい言葉に、フィオラは一瞬だけ考える素振りを見せたが、すぐに笑みを浮かべて言い返した。
「わかっとるって。でもさ、ここまで来て引き返すなんて、さすがに時間と労力がもったいないやろ?ウチらなら、なんとかできるって!」彼女の瞳には揺るぎない自信が宿っていた。その力強い視線に押されるように、カーライルは再び心の中で自問を繰り返す。進むべきか、それとも引き返すべきか――その迷いが頭をよぎる。
(…引き返せば安全だろう。だが、何も解決しないままだ…)
ふと視線を落とすと、腰に下げた魔石のランタンが微かな光を放っているのが目に留まる。その光は暗闇の中でかすかに揺らめき、まるで道しるべのように二人を導いているようだった。カーライルは静かに息を吸い込み、心の奥底に渦巻いていた恐れを押し殺すように長く吐き出す。そして、意を決して短く一言を告げた。
「…分かった。行こう。」その声には確かな決意が込められていた。その言葉を聞いた瞬間、フィオラは満面の笑みを浮かべて拳を握りしめる。
「決まりやな!ほんなら、最深部まで突っ走ったるで!」彼女の明るい声が響くと、カーライルの口元もわずかに緩んだ。彼女の無邪気な熱意が、不安に押しつぶされそうだった彼の心に少しだけ余裕をもたらしていた。
二人は新たな決意を胸に、足を踏み出す。魔石のランタンの柔らかな光が暗闇を切り裂き、二人の進む道を静かに照らしていた。その背後では、深い闇が静かに広がり、まるで二人の覚悟を見守るように影を落としていた。
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