(14)賭けてみる価値
カーライルはゴーストスライムを撃退し、ようやく一息ついた。額の汗を拭い、双剣を鞘に収めて深呼吸する。だが、安心する間もなく、フィオラが何かを見つけて目を輝かせた。
「これ、ゴーストスライムのコアやん!」彼女は床に転がっていた小さな黒い石を拾い上げ、喜びに満ちた声で叫んだ。「闇属性のマナがぎっしり詰まってるし、めっちゃええ素材やわ~!」
その無邪気な喜びに、カーライルは眉をひそめた。胸の奥に再び不安が広がる。アルマとはまだ離れ離れのままで、このダンジョンが次に何を仕掛けてくるのか予測できない。この静けさも、どこか不気味だった。
「その石、本当に大丈夫か?」剣の柄にそっと手を添えながら、慎重に問いかける。
「大丈夫やって!」フィオラは軽く笑いながら黒い石を掲げて見せた。
「むしろ、これめっちゃラッキーやで!」彼女の声には確信が満ちていたが、カーライルの胸に残る不安が完全に消えることはなかった。
「それより、フィオラ。なんでこのダンジョンに潜ってるんだ?」カーライルは話題を変えるように尋ねた。
「素材集めや! 魔具師やから、モンスターからええ素材を採るのが仕事なんよ。」
フィオラはリュックを叩いて満面の笑みを浮かべた。「これを魔具に加工して、えぇ値段で売るんや。もちろん、値引きなんかせえへんけどな!」
カーライルは思わず苦笑いを浮かべた。その明るい口調とは裏腹に、彼の心は依然としてアルマの安否に向けられていた。
「この階層まで、どうやって来た?」彼はもう一度、話をフィオラに振った。
「ウチの自家製魔具があるから、どんなダンジョンでも楽勝や。」フィオラはリュックを誇らしげに叩きながら答えた。
「このリュック、魔具と素材でパンパンやけど、どんな階層でも突破できる優れもんや!まあ、ちょっと苦戦したけどな。」
彼女が次々と取り出す道具を見ながら、カーライルは彼女の自信に感心する一方で、どこか不安が拭えなかった。
「じゃあ、戻り道も分かるんだな?」念のため確認する。
「もちろんやで!」フィオラは自信たっぷりにニカッと笑い、
「お客様とは長い付き合いが大事や! ウチが案内したるから、安心しぃ!」と胸を張った。
その言葉に少しホッとしたカーライルだったが、彼らが通路にたどり着いた瞬間、希望は無惨に打ち砕かれた。通路は崩れ落ち、巨石が幾重にも重なり、完全に道を塞いでいた。
「こりゃあ、厄介だな…」カーライルは深いため息を吐き、崩れた通路を見上げた。アルマとの再会がますます遠のき、どうすればこの閉ざされた道を切り開けるのか頭を抱える。
「うわっ、なんやこれ!戻れんやん!」フィオラは呆然と肩をすくめ、困惑の表情を浮かべた。
カーライルも崩れた壁を見つめながら考え込むが、解決策は浮かばない。だが次の瞬間、フィオラが急に真剣な表情になり、一歩近づいてきた。その目にはいつもとは違う強い決意が宿っていた。
「ウチにええ提案があるんや。」いつもの軽やかな声ではなく、重みのある口調でそう告げた。
「提案?」カーライルは眉をひそめ、慎重にフィオラを見つめた。
「せや。」フィオラは軽く頷き、真っ直ぐな視線をカーライルに向けた。その瞳には自信と決意が宿っている。
「この崩れた場所、吹き飛ばして道を開けるっちゅう手があるんよ。」
「吹き飛ばす…?」驚きの声を漏らすカーライルに、フィオラはニヤリと笑みを浮かべた。その表情には冗談ではない真剣さがにじんでいる。
「さっき使った幽霊捕縛覚えとるやろ?」フィオラは自信満々に語り始めた。「あれは光の魔石とルーンスパイダーの糸を組み合わせて、この筒から打ち出したんや。」彼女は二の腕ほどの長さの金属筒を手に取り、カーライルに見せる。その筒には無数の細かな傷が刻まれ、長い年月を共にしてきた道具であることが一目で分かった。
「素材と工夫次第で、いろんな効果が出せる。もっと強力なマナを含むものを使えば、この崩れた壁も吹き飛ばせるはずや!」フィオラは筒の砲身を指し示し、期待に満ちた目で語る。
カーライルは腕を組み、慎重に彼女の言葉を吟味した。「なるほど…理にはかなってる。」
しかし、フィオラは少し表情を曇らせ、悔しげに肩をすくめた。「せやけど、問題があんねん。」砲身に触れながら続ける。「手持ちの素材やと、マナの量が全然足りへん。」
「それで?」カーライルは眉をひそめ、促すように問いかけた。
「リュックの素材を全部使えば、瓦礫を吹き飛ばせるかもしれん。でも、この筒にはそんなに詰め込めへんのよ。容量が足りん。」フィオラは手に持った筒を軽くコンコンと叩き、悔しげに顔をしかめた。
「もっとマナが濃縮された素材が必要なんや。それさえあれば、一発で道を開けられる。」彼女の声には、自分の限界を認めざるを得ない悔しさと、突破口を見つける意志が滲んでいた。
その言葉に込められた重みを感じ取り、カーライルは腕を組んだまま考え込んだ。素材不足という現実、そして閉ざされた道――どちらも簡単には解決できない問題だった。
「それで、どうするつもりだ?」カーライルはじっとフィオラを見つめ、次の言葉を待った。
「簡単や!」フィオラは突如、明るい声でそう言い放つと、満面の笑みを浮かべた。
「もっと深く潜ればええんよ。下に行けば行くほど、マナは濃くなる。そこにあるもんを使えば、もっと強力な一撃を打ち出せるはずや!崩落なんて木っ端みじんや!」
カーライルはその提案に驚きつつも、納得したように頷いた。「確かに、上には戻れそうにない。下に進んで解決策を探すしかないってことか。」
深く息を吐き、彼は決断を下した。「それでいこう。賭ける価値はありそうだ。」
フィオラは嬉しそうに拳を握りしめ、声を弾ませた。「そやろ!ウチ、あんちゃんとなら絶対なんとかなるって信じとるで!」
カーライルはその無邪気な自信に思わず微笑み、軽く頷いて応えた。
歩き始めた二人の間に、ふとカーライルが呟いた言葉が響いた。「嬢ちゃんだったら、崩落くらい魔法で簡単にぶち抜くだろうな…」
フィオラはその言葉に興味を惹かれたように振り返る。「嬢ちゃん?誰や、それ。そんなに強いんか?」
カーライルは少し間を置き、低く穏やかな声で答えた。「アルマという魔法使いだ。金髪碧眼の少女で、領主の娘さ。王立魔法学院を飛び級で首席卒業した天才だ。」
フィオラはその話に感心しつつも肩をすくめて笑った。「へぇ、そんなすごい子がいるなら、頼りになりそうやけど、今は待っとる時間ないわな。ウチらだけで進むしかない。」
「ああ、そうだな。」カーライルは静かに双剣を握り直し、決意を固めたように隣に並ぶ。
「よっしゃ、下に降りて素材探し、始めようか!」フィオラの力強い声に、カーライルは短く頷いた。
二人は崩れた通路の向こうに希望を見出すことなく、次の手段を求めてダンジョンの深層へ足を進めた。互いの覚悟を確かめ合うように、迷いなく暗闇へと進んでいく――新たな困難を迎え撃つために。
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