(2)霊草の行方を探して
酒場を去ったアルマの言葉が、カーライルの胸に重く残った。
「霊草が届かない」──それはポーション生産の停滞を意味し、冒険者たちの命綱を断つ可能性がある。それだけならまだしも、街全体の経済にも影響を及ぼしかねない問題だ。
だが、アルマの切迫した様子とは裏腹に、街には目立った混乱はない。その矛盾が、カーライルの胸に疑念を芽生えさせていた。
その夜、カーライルはいつものように酒場で酒を飲んでいたが、ただ聞き流すのではなく、意図的に会話を引き出し始めた。
「最近、ポーションの値段が上がったなんて話は聞かないか?」
ジョッキを片手に、気軽な口調で問いかける。
「値段? 変わらないな。初級も中級も、いつも通りだ。」
向かいの冒険者が首をかしげ、一口飲んで答えた。
カーライルは眉をひそめるも、表情には出さず、さらりと次の質問を重ねる。
「じゃあ、店主が出し渋ってたり、在庫が減ってるとか?」
冒険者は軽く笑いながら首を振る。
「いや、それもないな。品揃えも変わらずだ。…ところで、お前がこんな話をするなんて珍しいな。」
「ただの噂話だよ。」
カーライルは肩をすくめたが、疑念は消えない。
アルマの焦りと、街の平穏。明らかに食い違っている──表には出ていない何かが裏で動いているのか?
冒険者が冗談交じりに「お前が勘を外すなんて」と笑う中、カーライルはジョッキを飲み干し、静かに椅子を引いた。
冷たい夜風が酒場の扉を抜け、頬を撫でる。それは、待ち受ける事態が一筋縄ではいかないことを暗示しているかのようだった。
翌朝、カーライルは冒険者ギルドに足を運んだ。
朝の光を受けて輝く重厚な門の向こうには、活気に満ちた空間が広がる。依頼を求める者、報告する者、素材を取引する者──さまざまな目的が交錯し、ざわめきが絶えない。
受付嬢のカウンターへ向かい、落ち着いた声で話しかけた。
「少し話を聞きたいんだが。」
受付嬢は書類を整理する手を止め、穏やかな笑みを浮かべる。
「どうされましたか?」
「霊草の採取状況についてだ。最近、採取量が減っているなんてことはないか?」
受付嬢は一瞬考え込み、首を横に振る。
「いいえ、特にそういった報告はありません。むしろ、最近は天候が安定していて、採取量も順調だと聞いています。」
カーライルの眉がわずかに動いた。
──アルマの話と矛盾している。
だが、受付嬢の言葉には迷いがない。
「ありがとう。」
短く礼を述べ、ギルドを後にする。
疑念はさらに深まる。アルマの焦燥感とギルドの平穏──その間に隠された何かがあるのは間違いない。
気がつけば、カーライルの足は領主の屋敷へと向かっていた。
整然と美しい庭園、鉄製の門に施された精緻な装飾、噴水の穏やかな水音──どれもが圧倒的な存在感を放っている。
門越しに屋敷を見上げ、カーライルは苦笑した。
「住む世界が違うな。」
皮肉を漏らしつつ、深く息を吸い込み、門へ歩み寄る。
衛兵たちの鋭い視線が、瞬時にカーライルを捕らえた。
「そこの者、何用だ!」
一人の衛兵が近づき、警戒の目を向ける。
「話がしたいだけだ。」
カーライルは両手を挙げ、穏やかに応じるが、衛兵の警戒は解けない。
次の瞬間、彼の腕が掴まれた。
「おい、待て!」
抗議する間もなく押さえ込まれたその時──。
石畳に響く、軽やかな足音。
「アルルマーニュ様!」
衛兵たちが一斉に敬礼する。
アルマが、冷たい視線を向けて立っていた。
「彼は私の客人よ。一体何をしているの?」
鋭い声が響き、衛兵たちは慌ててカーライルを解放する。
カーライルは腕を振り、肩をほぐしながら皮肉めいた笑みを浮かべた。
「丁寧な歓迎だな。」
「来てくれてよかったわ。進展は?」
アルマの問いに、カーライルは周囲を見渡しながら答える。
「立ち話じゃ落ち着かない。話せる場所はあるか?」
アルマは衛兵に命じた。
「門を開けて。」
重い鉄の門が軋む音を立てて開かれる。壮麗な庭園と屋敷が、その向こうに広がっていた。カーライルは目を奪われつつも、アルマの後に続く。
案内されたのは、簡素ながら落ち着いた応接間だった。柔らかなソファと木製のテーブルが置かれ、静けさが漂っている。
執事が手際よくお茶を運び入れる間、アルマはソファに腰掛け、真剣な眼差しでカーライルを見つめていた。
「さて、本題だ。」
カーライルが切り出すと、アルマは身を乗り出した。
その碧眼には、不安と期待が交錯していた。
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