(9)分断と探索
カーライルが落下したのは、一瞬の出来事だった。視界が激しく揺れ、身体は重力に引かれるまま奈落へと吸い込まれる。衝撃に備え身体を硬直させたが、着地した瞬間、予想していた激痛ではなく、柔らかな感触に包まれた。
足元の感触は驚くほど穏やかで、まるで風の手に支えられたかのようだった。彼は一瞬目を閉じ、その奇妙な感覚に戸惑いながらも、すぐに体勢を整える。周囲を見渡すと、薄白い埃が舞い上がり、乾いた土の匂いが鼻を突いた。耳に届くのは風の音と自分の呼吸だけだ。埃まみれのコートを払いながら、土埃で汚れた服に軽く舌打ちをした。
「どこまで落ちたんだ…一つの階層どころじゃねぇかもしれねぇ。」
苦々しい独り言を呟きつつ、カーライルは内ポケットに手を伸ばす。そこには護身用の風の魔石が収められていた。淡い輝きを放つ魔石を見て、彼は短く息を吐く。
「助かったな…こいつがなきゃ、骨の一本や二本、確実に折れてた。」
魔石は落下の瞬間、自動で発動し、柔らかな風のクッションを生み出して衝撃を和らげた。肌に残る冷たい風の感触を思い出し、高価だったことへの後悔も消える。
「高ぇ買い物だったが…これで文句は言えねぇな。」
軽い笑みを浮かべながら魔石をポケットに戻す。見上げても、上層は暗闇に覆われており、どれだけの高さを落ちたのか見当もつかない。だが、それ以上にカーライルを不安にさせたのは、アルマの声が全く聞こえないことだった。
「嬢ちゃん、無事だといいんだが…」
低く呟き、周囲を見渡す。湿った冷たい空気が重くのしかかり、深海に沈んだような圧迫感が全身を包む。暗闇に視界を奪われる中でも、カーライルの瞳には怯えの色はなく、むしろ確固たる意志が宿っていた。
彼は自らの手を見下ろす。土埃にまみれた手は、冒険者として過酷な日々を生き抜いた証だ。その手を握り締め、小さく息を吐いて気を取り直す。
「こんな場所でじっとしてる性分じゃねぇ。動くしかねぇな。」
腰のランタンを取り出し火を灯す。小ぶりな光の魔石が、ぼんやりと周囲を照らし出す。その揺らめく灯りに希望を託し、カーライルは前へと足を踏み出した。
「嬢ちゃんがどこにいるかはわからねぇが…まずは進むだけだ。」
闇に包まれた空間を進むたび、湿った冷気がまとわりつくが、彼の足取りは止まらない。揺れるランタンの光が足元を頼りなく照らし、そのわずかな明かりが彼の道を描き出していた。
─
アルマは裂け目の前で呆然と立ち尽くしていた。
カーライルが瓦礫に飲み込まれる瞬間が、悪夢のように何度も脳裏に蘇る。彼が奈落へ消えていった光景に現実感はなく、彼女の胸を深い孤独が覆っていた。
「カーライル…」
震える声で名前を呼ぶが、その声は闇に吸い込まれ返答はない。胸の奥が締め付けられるような感覚に苛まれながら、彼女は探知魔法を発動した。手をかざし、周囲にマナを巡らせる。しかし、魔法は不安定に揺れ、瓦礫の中から何の反応も得られない。満ちる異様なマナが妨げているのは明らかだったが、それでも彼の存在を感じ取れない事実が彼女の焦りを煽った。
「どうして…」
震える声が漏れる。自分の魔法が地面を崩壊させ、カーライルを落としてしまった。その自責の念が鋭い刃のように彼女を責め立てる。
「私のせいで…あんな魔法を使わなければ…!」
何度も探知魔法を試みるが、瓦礫の下からは何も得られない。その度に胸の奥で不安が膨れ上がり、冷たい汗が背中を伝った。それでもアルマは足を止めない。
「お願い…どうか無事でいて…!」
心の中で祈りながら、慎重に足を進める。瓦礫を越えるたびに軋む音が響き、再び崩落する恐怖がよぎる。それでも、彼女の中にある責任感が彼女を前に進ませた。
暗闇の中にカーライルの姿があると信じ、歩み続ける。虚空に吸い込まれる祈りの声を胸に抱えながら、アルマは進むことをやめなかった。その足音だけが、静寂のダンジョンに響いていた。
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