(3)二枚目のカード
アルマの瞳が揺れた。カーライルの冷たい拒絶に戸惑いと苛立ちを抱えながらも、彼女は一瞬考え込み、静かに言葉を切り出した。
「遠出が嫌なんでしょ?」
その一言に、カーライルは眉をわずかに動かした。アルマはその反応を見逃さず、軽く間を置いてから続けた。その視線には、彼の心の内を探ろうとする鋭さが宿っている。
「…だったら、どうする?」カーライルは少し苛立った声で問い返すも、その表情にはまだ余裕が感じられた。
アルマはポケットから銅貨を三枚取り出し、器用に指先で弾いた。銅貨はテーブルの上をころころ転がり、柔らかな音を立てる。その音には無邪気さと、次の一手を楽しんでいるような余裕が漂っていた。
「愚痴を聞いてほしいだけよ。」アルマは軽い笑みを浮かべながら言った。その声には挑発的な響きが含まれ、カーライルの注意を引こうとしているのが明らかだった。
カーライルは銅貨をじっと見つめていたが、やがて小さくため息をつき、一枚を掴んだ。そして、無造作にマスターへ向かって投げる。受け取ったマスターは笑みを浮かべながらエールを注ぎ、音もなくジョッキをカーライルの前に置いた。
カーライルはジョッキを持ち上げ、一口飲んでから無関心そうに尋ねる。「で、今回はどんな厄介ごとだ?」
アルマの目が輝いた。その表情には期待と自信が混じり合っている。「ギルドで張り込みしてたら、新しい問題を見つけたの。」
カーライルはジョッキを置き、ゆっくりと腕を組んだ。「嫌な予感しかしないが…続けろ。」
アルマは身を乗り出し、声を落として言う。「この街近くのダンジョンで異変が起きてる。冒険者たちの話じゃ、見たこともないモンスターが突然現れるようになったって。」
カーライルの目が鋭く光る。「確かにそんな話は聞いた。だが、それで?」
アルマはさらに声を強め、情熱を込めて言った。「だから私、ダンジョンに調査に行くわ。そして、あなたにも手伝ってほしいの!」
そう言うや、彼女は銀貨五枚をテーブルに叩きつけた。重い音が店内に響き渡り、冒険者たちのざわめきを一瞬で止めた。その堂々とした姿に、冒険者たちは息を呑む。
カーライルは銀貨をちらりと見やり、深く息をついた。「ギルドに頼めばいいだろ。銀貨五枚もあれば、冒険者が集まるさ。」
冷静な口調で言い放つその言葉に、アルマの眉がわずかに動く。しかし彼女は即座に毅然とした声で反論した。
「私は領主の娘。この街のために動く責任がある。でも、初めてのダンジョンだから、あなたに手伝ってほしいの!」
彼女の瞳は揺るぎなく、その情熱が言葉に力を与えていた。しかし、カーライルは肩をすくめて答えた。「10年もブランクがある俺を連れて行ったところで、役には立たん。」
淡々としたその言葉には、彼自身の過去に触れることを避けるような響きがあった。
一瞬の沈黙が流れたが、アルマは力強い声で続けた。「重要なのは信頼できる人に頼むこと。あなたは知識も経験も豊富で、先月の事件でそれが証明された。だからお願い、手伝って!」
アルマはテーブルに置いた銀貨五枚を指差し、自信に満ちた声で言った。「報酬は前払いよ。断る理由なんてないでしょ?」
その言葉に、酒場の冒険者たちは一瞬ざわめいた。銀貨五枚――それは破格の額だった。
カーライルは無言で銀貨を見つめる。硬貨が放つ鈍い光が彼の目に映り込むが、彼の心の奥底には過去の記憶が重くのしかかっていた。
「すまん、嬢ちゃん。ダンジョンだけは勘弁してくれ。」
その声は穏やかでありながら、断固とした拒絶の意思が込められていた。彼の言葉には触れたくない過去と向き合うことへの恐れが見え隠れしている。
アルマは驚きと失望を隠せず、一瞬目を見開いた。しかしすぐに表情を整え、肩を落としながらも静かに立ち上がる。その背中にはいつもとは違う静けさが漂っていた。
「わかったわ…。私一人でやる。」
アルマの声には強がりが混ざっていたが、どこか寂しげだった。「三日後に潜るわ。帰ったら、また愚痴でも聞いてちょうだい。」
彼女の背中が酒場を去ると、冷たい静寂が場に広がった。カーライルはジョッキを持ち上げたが、喉を通るエールの苦みが妙に胸に刺さる。普段なら雑音として流してしまう酒場のざわめきが、今日はやけに耳についた。
「あんなモンスター、見たことなかった…」
「ポーションが足りなくなって引き返す羽目になったぜ。」
「まだ戻らないって…アイツ、大丈夫なのか…」
冒険者たちの声が、ダンジョンの異変を暗示しているかのようだった。
カーライルはジョッキをそっと置き、手元を見つめる。その手はかつて剣を握り、多くの命を左右してきた。それが今ではただ酒を持つだけの手になっていることに気づき、ため息をつく。
視線が曖昧に宙をさまよい、記憶の断片が霧のように浮かび上がる。暗闇の中、誰かの叫び声。剣を振るった先に感じた異様な重み――あまりに鮮烈で、痛ましい感触。その記憶が薄れるほどに浮き彫りになるのは、自分が「そこ」に戻ることへの拒絶だった。
低く息を吐いた。「これでいい…」
胸中に絡みつく言葉にならない思い。それは彼自身を守るために築いた壁だった。だが、その壁は、去り際のアルマの背中によって小さく揺らされていた。
冒険者たちの断片的な声が、不協和音のように頭に響く。逃げ続けてきた恐怖に、再び向き合う時が近づいているのだと告げるかのようだった。
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