(2)建国祭への招待状
噂をすれば何とやら、酒場の重い扉が勢いよく開いた。木が軋む音とともに、冷たい夜風が一瞬店内を駆け抜け、ランプの炎を揺らした。冒険者たちはざわめきを止め、視線を一斉に入口に向ける。
そこに立つのは、黒いローブをまとった金髪碧眼の少女、アルマ。揺れるローブの裾と金髪が、まるで夜の影と光を纏っているかのようだった。宝石のような碧眼がまっすぐ店の奥を見据え、その姿だけで酒場の空気が変わる。
「カーライル!」
アルマは迷いなく奥の大柄な男に声をかけた。頬は紅潮し、瞳は喜びと興奮で輝いている。
周囲の冒険者たちは視線をそらし、そそくさと席を立ち始めた。
「ああ、またあの娘だよ…」
「今日は早めに切り上げるか…」
「カーライル、すまねえが愚痴はまた今度だ。」
領主の娘であるアルマに関わるのがどれほど厄介か、彼らはよく知っていた。まして、今日の彼女は特に勢いがある。カーライルの周囲にいた冒険者たちも、彼がしっかり捕まるのを確認すると、静かにその場を離れていった。
アルマは周囲の動きに目もくれず、まっすぐカーライルの元へ歩み寄る。そのたびに、彼女の強い意志が空気を押し動かしていくようだった。
「建国祭の招待状が、第三王子から届いたの!」
アルマは目の前に立ち、興奮気味に言った。その声は酒場中に響き、再び冒険者たちの間にざわめきを起こす。第三王子の名が出た瞬間、誰もが驚きの表情を浮かべた。
だが、カーライルだけは動じず、ジョッキをゆっくりと傾ける。彼の無表情な顔と、重厚な体が椅子に沈む様子は、どんな騒ぎにも揺るがない岩のようだった。
「しかも、魔道回路を通じて、第三王子のマナ認証入りでね!」
魔道回路――それは国全体を結ぶ高度な魔法伝達システムだ。都市間の通信や商取引、緊急連絡まで瞬時に行える技術で、王族が公式文書を送る際にも用いられる。その中でも「マナ認証」は、送信者のマナを刻むことで偽造を防ぐ、絶対的な信頼を保証する手段だ。
アルマが手にする招待状は、紙ではなく赤いマナで形作られたもの。半透明に揺らめくその光は、指先に触れるたび波紋のように広がり、第三王子の力強い存在感を示している。これは確かに本物――王子本人のマナが直接込められていることが、すべてを物語っていた。
「最初は驚いたけど、間違いなく本物よ!」アルマは誇らしげに笑みを浮かべた。「『先日の事件を解決に導いた貴殿こそ…』って書かれてたの!」
彼女の声には、王族に認められたことへの喜びが満ちている。その興奮を、カーライルと共有したいという熱意が伝わってくる。
しかし、カーライルは無表情のままジョッキを口に運び、ゆっくりとエールを飲むだけだった。その大柄な体は椅子に深く沈み、彼の態度からは一切の興味が感じられない。
「嬢ちゃん、王都まで行くのに片道一週間だ。」
ジョッキを置いた彼がゆっくりと口を開いた。その声は低く、無精な口調で続く。
「馬車に揺られ続けるだけで骨がきしむし、半月も留守にすれば、愚痴を聞く客もいなくなる。それじゃ収入ゼロだ。しかもだ、王都に着いたら、礼儀だの礼節だの、窮屈な連中ばっかりだろう?俺にはそんな場所、居心地が悪すぎる。」
その冷静で現実的な理由を並べる声は冷たく、アルマの熱気とは対照的だった。
「それにそもそも、招待されたのは嬢ちゃんだ。俺には関係のねえ話だろうが。一人で行って、王家のもてなしを楽しんでくるんだな。」カーライルはジョッキをテーブルに置き、椅子にもたれかかった。彼の視線には動じる気配は一切なく、その言葉には揺るぎない拒絶が滲んでいた。
アルマはその冷たい一言に息を呑んだ。誇りと喜びで満ちていた彼女の目が、ほんの一瞬で曇りを帯びる。彼と一緒に達成した成果を分かち合いたかったという期待が打ち砕かれ、胸の奥に痛みが広がった。
だが、アルマはその痛みを抱えながらも踏みとどまった。カーライルがこう答えることを、内心では予想していたのだ。彼が王家の行事に興味を持つはずがないこと、面倒を嫌う彼の性格を知り尽くしていたからこそ、彼女は無理に説得するのが無駄であると理解していた。
だからこそ、アルマは次の提案をすぐに切り出す準備をしていた。彼の反応を冷静に受け止め、彼女は気を取り直し、もう一つのカードを差し出すタイミングを逃さなかった。
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