(22)銀の閃光
魔力昇華を遂げたアルマは、荒れ狂うマナを纏い、銀色の髪をなびかせながら紅蓮の瞳で監査官を見据えた。その身体を包む魔力の奔流は嵐のごとく渦を巻き、周囲の空気すら震わせる。まるで大気そのものが彼女の意思に従うかのように、場が支配されていく。
「生半可な魔法じゃ、今の私には届かないわよ?」
アルマは静かに微笑み、手のひらに宿る膨大なマナを揺らした。それは彼女の周囲を軌道するように踊り、まるで光と闇が交差する幻想的な流れを描いていた。
監査官はその威圧感に僅かに眉をひそめるが、すぐに冷静さを取り戻し、闇の魔法を繰り出す。漆黒の鎌が空を裂き、弧を描いてアルマへと襲いかかる。しかし──。
「遅いわ。」
アルマは指先を軽く振るった。瞬間、周囲のマナが波打ち、漆黒の刃は紙屑のように弾き飛ばされる。まるで魔法そのものが彼女を畏れ、拒絶されるかのように、監査官の攻撃は何の抵抗もなく霧散した。
「…無駄よ。」
アルマの声は冷ややかに響き、その言葉が監査官の胸を鋭く突き刺す。
監査官は焦燥を滲ませながらも、立て続けに魔法を放つ。闇の鎌、氷の剣、風の刃――彼の持てる最高の術式を惜しみなく解き放ち、戦場を魔法の嵐で覆い尽くす。しかし、その猛攻はまるで虚空に吸い込まれるかのように消え去った。
アルマは舞うように身を翻し、攻撃のすべてを無力化する。闇の鎌を手刀で叩き落とし、氷の剣を蹴り砕き、風の刃を指先で握り潰す。彼女の動きには一切の迷いがなく、その一挙手一投足が魔力と完全に同調していた。
「なぜだ…!なぜ私の魔法が通じない…!」
監査官の焦燥が声となり、苦悶の叫びが吐き出される。
アルマは僅かに目を細め、静かに微笑んだ。その笑みには、圧倒的な力を手にした者の余裕が滲んでいる。
「次は、私の番ね。」
その瞬間、アルマの姿が風のように消えた。
監査官が何が起こったのか理解する前に、腹部へ鋭い衝撃が叩き込まれる。
「ぐはっ…!」
衝撃の余波が全身を駆け巡り、監査官は息を詰まらせる。アルマの拳が、魔法ではなく純粋な肉体の力で彼を打ち砕いたのだ。その拳には、圧倒的な魔力が凝縮され、肉体ごと内側から破壊しようとする力が込められていた。
監査官はよろめきながら後退しようとするが、アルマは一切の容赦を見せずに追撃を仕掛ける。
俊敏な動きで脇腹へ肘撃ちを叩き込み、監査官の体が大きく揺れる。さらに跳躍しながら膝蹴りを放ち、彼の胸元を打ち抜いた。その瞬間、監査官の体は弾かれたように後方へ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
銀髪が夜風に舞い、燃え盛る瞳が彼を鋭く見下ろす。
監査官は歯を食いしばりながら立ち上がろうとするが、その脚は震えていた。
アルマは冷笑を浮かべ、静かに囁く。
「まだ終わらないわよ?」
アルマの戦いぶりは、もはや魔法使いの枠を超えていた。魔力昇華によって極限まで引き上げられた肉体は、まるで神威を宿した戦士のごとく、破壊的な力を生み出していた。一撃ごとに膨大なマナが放出され、その余波が地を揺るがせる。彼女の周囲を渦巻くエネルギーは、ただそこに立つだけで戦場の支配者たる威圧感を放っていた。
監査官は震える手で次の一手を探ろうとするが、アルマの圧倒的な眼光が彼の思考を封じ込める。理屈ではなく、本能が叫んでいた。この少女は"災厄"そのものだ。
次の瞬間、アルマが跳躍した。
彼女の姿が一瞬掻き消え、次に現れた時には監査官の間合いへと侵入していた。その流れるような動きには、一切の無駄がない。そして──
「遅いわ。」
強烈な回し蹴りが放たれる。
それは疾風のごとく、音すら置き去りにする鋭さで監査官を襲った。
「──ッ!!」
抵抗する暇すら与えず、その蹴りは監査官の体を宙へと弾き飛ばした。彼の身体はまるで彗星のごとく弧を描き、地面へと叩きつけられる。衝撃が地表を裂き、蜘蛛の巣状の亀裂が広がっていく。
監査官の体は激しく痙攣し、無様に横たわった。
だが、アルマはすでに次の動きを始めていた。冷徹な視線で監査官を見下ろしながら、ゆっくりと彼に歩み寄る。銀髪が夜風に靡き、その瞳には、かつての温もりは一切残されていなかった。
「まだ意識があるみたいね。」
その冷ややかな声が、静まり返った夜に響く。
「空を飛んでみたくはないかしら?」
淡く微笑みながら、彼女は監査官の身体を片手で軽々と持ち上げる。強化されたその腕は、鍛え上げられた騎士すら凌駕する力を秘めていた。
そして──
次の瞬間、監査官の身体が宙へと弾き飛ばされた。
闇の中で翻弄されながら、彼は自分の身に何が起こったのかを理解する間もなかった。ただ耳を掠める風の轟音だけが、遥か下にある地面の存在を思い出させる。
しかし、その平穏は一瞬だった。
アルマはさらなる跳躍で彼を追い付き、空中で監査官の腕を掴み、地面へ向けて急降下を開始する。彼の絶叫が空を引き裂く中、アルマのローブが激しく舞い上がる。彼女の銀髪は月光を受けて燦然と輝き、紅き瞳は獲物を逃さぬ猛禽のように冷たく燃えていた。
そして──
ドガァッ!!
轟音が戦場を揺るがし、大地が大きく抉れた。衝撃波が吹き荒れ、地面には深々とした陥没が生まれる。その中心には、地に沈み込み、意識のない監査官が転がっていた。もはや動く気配はない。
土煙が立ち込める中、アルマは静かに着地し、僅かに息を整える。銀髪が揺れ、冷たい輝きを放ち、夜風が彼女の周囲を吹き抜ける。その佇まいは、まるで月に選ばれし戦乙女──神話の戦士そのものだった。
やがて沈黙が訪れる。
それを破ったのは、土煙の向こうから歩み寄る足音だった。
「終わった…のか?」
カーライルの問いに、アルマは彼を一瞥する。その深紅の瞳には、戦いの余韻を残しつつも、かつての少女の影はなかった。カーライルは、かつてのアルマとは別人のように変貌した彼女の姿を、ただ黙って見つめるしかなかった。
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