(19)復讐の炎
墓地の闇の中、監査官の拳は白くなるほど強く握り締められ、指先には怒りと執念が刻まれていた。低く震える声が、静寂を切り裂く。
「…王妃に復讐を誓った。あの女にすべてを奪われた者として、王城に乗り込み、刺し違える覚悟だった。」
その声は深く、重く、聞く者の胸に突き刺さる。だが、次の言葉には痛烈な現実が突きつけられていた。
「だが…天剣の騎士団を突破できるはずもなく、ましてや魔法学院の学院長すら凌ぐと言われる王妃を相手に、勝てる見込みなど初めからなかった。」
墓地を包む冷気が、さらに深くのしかかるようだった。
「だから考えを変えた。直接彼女を討つのではなく、彼女の最も大切な者を奪うことで、私と同じ地獄を味わわせる。それが、最も確実な手段だと。」
監査官の目に宿る憎悪は、まるで獲物を狙う獣のようだった。カーライルは沈黙しながらも、散らばっていたピースが一つに繋がるのを感じた。第三王子の訪問、ダンジョンでの儀礼、特級ポーションの密造、エデルハイトの惨劇――すべてが一本の線となる。
低く息を吐きながら、カーライルは確信を口にした。
「……第三王子を、ダンジョンで消すつもりだな。それも、特級ポーションを暴走させて。」
その言葉に、監査官の表情が僅かに揺らいだ。だが、すぐに狂気を湛えた目でカーライルを睨みつける。
「特級ポーションには、超高純度のマナが封じ込められている。言ってみれば、液体化した魔石そのものだ。もしあれが暴走すれば、ただの爆発では終わらない。護衛の荷物にも仕込めば、確実に全滅させられる。」
監査官の口元に冷笑が浮かぶ。
「その通りだ。共鳴と暴走で第三王子を消せば、王妃は絶望の淵に沈む。そして、私が味わったあの地獄を、彼女も同じように味わうことになる。それだけじゃない。その死は、エデルハイトの真実を追う者がまだいることを、彼女に知らしめる証ともなる。」
もはや理性ではなく、復讐の狂気のみが彼を突き動かしていた。アルマは震えを抑えながらも、杖を強く握りしめ、真っ直ぐに彼を見据えた。
「でも…復讐を遂げたとして、その先に何が残るの?」
彼女の声は震えていたが、それでも彼の心の奥底へ届こうとしていた。
「真実を暴くことも、王妃を裁くことも叶わない。ただ、新たな悲しみと憎しみが生まれるだけ…!」
監査官の顔が険しく歪み、その瞳に怒りの炎が燃え上がる。
「黙れ! 領主の娘風情が、何を分かったような口を…! お前が愛する者を街ごと奪われても、同じことが言えるのか!」
墓地の空気が張り詰める。怒号が夜の静寂を切り裂き、冷たい風が荒れ狂った。
だが、アルマは一歩も引かない。息を整え、杖を迷いなく構える。その碧眼には、鋼の意志が宿っていた。
「それでも、私はこの街を守る。どんな理由があろうと、復讐のために血を流させはしない!」
言葉とともに、杖から光の矢が放たれた。夜を貫く一筋の閃光が、監査官を狙う。しかし、彼は冷ややかに漆黒の刃を展開し、矢を瞬時にかき消した。その刃は空気を裂きながら、アルマへと跳ね返る。
アルマは咄嗟に光の障壁を展開するが、闇の勢いに押し負け、後方へと大きく吹き飛ばされた。墓石に叩きつけられ、短く息を呑む。
「言葉だけでは何も守れんぞ。」
監査官は冷えた視線を向けながらゆっくりと歩を進める。その足音が墓地に響き、夜の闇を一層深く染め上げた。
「その程度の魔法で、この私を止められると本気で思ったのか?」
彼は嘲るように口元を歪め、片手を軽く振るう。瞬間、無数の氷の剣が音もなく現れアルマに襲いかかる。彼女は炎の壁を作り出すが、氷の剣はそれを突き破り、冷たい刃が彼女をかすめた。
「…っ!」
奥歯を噛み締めたアルマは体勢を立て直し、通常の魔法では対処できないと悟る。彼女は意を決し、上級魔法の詠唱を始めた。
「聖光雨!」
詠唱が終わると、夜空に神々しい光が満ちる。やがて、無数の光の雨が降り注ぎ、闇に包まれた墓地を照らし出した。一筋一筋の光は、まるで天からの裁き。空間全体に厳かな輝きを放ち、地を浄化する波動が空気を震わせる。神聖な光が大地を包み、夜の静寂が一変する。監査官の纏う闇の気配が軋みを上げ、光に晒された影が、まるで悲鳴を上げるように揺らめいた。
だが、その壮麗な光景にも関わらず、監査官は冷笑を浮かべたまま動じなかった。そして、低く静かな声で詠唱を紡ぐ。
「闇深き虚無の囁きよ、すべてを飲み込む影の王よ、静寂を裂き、この身を包め――影黒衣!」
監査官の詠唱が終わると、空間がひずみ、黒い霧のような闇が溢れ出した。それは意思を持つ生き物のように脈動し、監査官の身体を覆いながらゆっくりと形を成していく。漆黒のマントが彼の背に広がると、その影は重力すら歪めるかのように蠢き、地を這う光を飲み込んでいった。
降り注ぐ光の雨が闇のマントに触れた瞬間、それは波紋を描くように受け流され、光の粒が絡め取られるように消えていく。まるで闇そのものが意思を持ち、神聖なる力を拒絶しているかのようだった。
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