(47)夢幻の帰路
カーライルは、ロクスと共に冒険者として駆け抜けていた頃の記憶を辿る。
「十年前、俺たちがダンジョンに潜り、深奥部でダンジョンコアに触れた時、ああなってしまっていたらしいな……。全てが終わった瞬間に目が覚めたことを、今でも覚えている。」
ロクスは黙って胸元の円環のペンダントを握り締める。全てが終わったあの日、自分に守る力がなかったことへの歯がゆさが、今も胸に重くのしかかっていた。
カーライルが自らの意思で黒雷の姿になったわけではないと理解しながらも、彼を責める感情が拭えない自分に、ロクスは目を背けることができなかった。
「だが、今回は違った。」
カーライルは目を細め、どこか遠くを見るような視線で続ける。
「全部、はっきりと覚えてる。アイツは『十年前の俺』だと言うが……そもそも本当に俺なのか、俺にも分からねぇ。」
その声には、いつもの飄々とした調子はなく、わずかな苦悩が滲んでいた。
ロクスは黙って彼を見つめる。
問いを続けるべきか、迷いが浮かぶ。
アルマは静かにカーライルを見つめ、そっと手を置いた。
「…大丈夫。今は、あなたが戻ってきたことが何よりの事実よ。」
カーライルは一瞬驚いたように彼女を見たが、すぐに目を閉じ、小さく笑った。
「…ああ、そうだな。」
カーライルの小さな笑いが、場の緊張をわずかに和らげる。しかし、その余韻に浸る暇もなく、アルマは周囲を見渡しながら静かに口を開いた。
「…ここが完全に安全だとは限らないわ。」
彼女の視線は、崩れかけた壁や、未だに微かに輝く魔法陣へと向けられる。この遺跡が何を隠しているのか、確かめる時間はない。
「原因を探るのは後にしましょう。今は、とにかくここを出ることが最優先よ。」
その言葉には、冷静な判断と確かな決意が込められていた。
一同は短く頷き、再び動き出す。
ふと、アルマは隣に立つゼフィアへと目を向け、静かに尋ねる。
「ゼフィア…あなたは、これからどうするの?」
ゼフィアは小さく息をつき、わずかに視線を落とした後、ゆっくりと顔を上げた。 その紫の瞳には、これまでとは違う微かな光が宿っている。
「我らが里に戻る。過去は消えないが…復讐に縛られず、新たな道を探すと決めた。」
そう言って、ゼフィアは手のひらに乗せた月光花をそっと見つめた。
淡い光を放つ花弁が、彼女の指の間で揺れている。
「…お前にもらった、この月光花と共にな。」
アルマはゼフィアの表情を見つめ、そっと微笑むと、小さく頷いた。
ロクスは警戒を崩さぬまま、周囲を見渡しながら口を開く。
「よし、出るぞ。ただ、出口の先は夢幻の森だ。突破方法は分かっているが…あの巨大な熊型の魔獣、アースグリズリーが出る可能性がある。慎重に進むぞ。」
カーライルが面倒くさそうに肩をすくめ、ニヤリと笑う。
「へいへい、さっさと村に戻って、柔らかいベッドで寝ころびたいもんだ。」
アルマはそれに小さく笑みを浮かべながら、軽く首を振る。
「もう月光花を狙う者はいなくなったし、村長の依頼も無事達成ね。報酬として、あなたの大好きな銀貨もたくさんもらえるでしょうから、ゆっくり休めるわよ、カーライル。」
「そりゃあ、嬉しいねぇ。」
カーライルは満足げに笑い、ロングコートをひらひらと翻す。
「コートもまたボロボロになっちまったし、仕立て直さねぇとな。それに、早くデュフォンマル領に着いて、酒場で愚痴を聞きながらいい酒を飲みてぇもんだ。さぁ、帰るぞ。」
ロクスは静かに制服についた埃を払いながら、前方を見据える。
「デュフォンマル領まで馬車であと六日…もう、何事もなければいいがな。」
その言葉には、淡い警戒が含まれていたが、それでも今は前に進むしかない。
一行はそれぞれの思いを胸に、遺跡の塔を後にし、夢幻の森へと足を向ける。静かな月光が、彼らの背中を優しく照らし、進む道を見守るかのように輝いていた。
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