(44)虚無の空白
そこは、虚無の白い空間だった。
見渡す限り、純白に覆われた無限の地平。
そこに若き日のカーライルが立っていた。その姿は堂々とした傲岸不遜そのものであり、鋭い瞳には計り知れない力と揺るぎない確信が宿っていた。彼の存在そのものが、無のはずの空間に奇妙なねじれた威圧感を生み出しているようだった。
「全く…想定外だったな…」
低く吐き出されたその声には冷たさと余裕が混じり合い、その響きが虚空に反響していく。だが、その静寂を破ったのは、もう一人の彼自身――現在のカーライルの軽口だった。
「おいおい、どうした?随分と余裕がないように見えるけどよ。」
軽妙な言葉を投げかけながら姿を現した現在のカーライル。その態度には気軽さが漂うが、その鋭い眼光は若き日の自分を挑発しようとする意図を隠していない。
若き日のカーライルは冷ややかな笑みを浮かべる。その表情には余裕がありながらも、どこか鋭利なものが滲んでいた。「口だけは達者になったな。随分と安っぽい言葉を吐くようになったものだ…十年の月日というのは、そういうものか。」
「まあな、十年も経てばいろいろ変わるもんだ。お前ももう少し柔軟になれよ。あの牛野郎に遅れを取るなんて、十年前の俺ってのは大したことなかったんだな。」
現在のカーライルは片眉を上げ、挑発的な笑みを浮かべる。その言葉には軽さがある一方で、若き日の自分をわざと煽るような鋭い意図があった。
若き日のカーライルの瞳が一瞬だけ鋭さを増し、冷たい光を帯びる。その声は低く、静かでありながらも怒りを抑え込んだかのような響きを持っていた。「黙れ。」
その一言だけで、虚空に漂っていた空気が一層重苦しくなった。
そして、その沈黙を破るように、若き日のカーライルが口を開く。
「俺を封じ込めた…あの女…ティナ…。」
その名を口にした瞬間、微かな震動が虚空を走ったように感じられた。その声には、憎悪とも呆然ともつかぬ複雑な感情が絡み合い、彼自身にも理解できない深層が潜んでいた。
「あの女が命を賭して発動した聖光封の術式が厳重だ。」
若き日のカーライルは言葉を噛み締めるように続けた。その声には冷たさが滲むが、その奥底には怒りに似た何かが隠されている。
「あの土壇場で、どれだけ幾重にも複雑な術式を…しかも俺が表に出たとしても、他のマナと干渉することで再び鍵がかかるように設計してやがる。」
冷ややかな微笑が口元に浮かぶが、それは余裕の笑みではなく、計り知れない葛藤を覆い隠す仮面のようだった。
「あいつは、お節介焼きだったからな。全て想定済みだったってわけだ。」
嘲笑を浮かべる現在のカーライル。
若き日のカーライルが眉をひそめ、「…こんな厳重な封印、あの日の戦いの中で即時に組み上げられるものじゃない…気付いていたな、あの女…」と呟いた。
「何のことだ?何をぶつぶつ言ってやがる。」
現在のカーライルは肩をすくめる。
「ま、何はともあれ、昔の俺、とやらに任せても事態は好転しねえし、その黒い雷を使ったとしても、新調したてのコートが焦げちまいそうで嫌なんだよな。」
皮肉を交えた軽口が場の冷たい空気をわずかに緩めたが、それでも張り詰めた緊張感は消えることはなかった。
若き日のカーライルは、その言葉に僅かに目を細める。その瞳には冷たい怒りが宿り、次第に鋭利な輝きを増していく。
「…昔の俺、だと?」
冷たく吐き捨てるようなその声は、虚空に鋭く響き渡った。「安っぽい軽口で、俺をお前の過去と同一視するとはな。滑稽だ。」
「事実だろ?」
現在のカーライルは片眉を上げ、挑発するように言葉を続ける。「過去の亡霊が、こうして文句を言うためだけに出てくるなんてな。大した暇人だよ。」
その瞬間、若き日のカーライルの気配が一変した。彼は一歩前に進み、圧倒的な威圧感を虚空に放つ。その足元から黒い雷が広がり、虚無の空間に不気味な亀裂を走らせる。
「俺を『昔の俺』などと呼ぶな。」
その声は静かでありながら、怒りと侮蔑が絡み合い、鋭い刃のように冷たかった。
「俺は『ヴァルゼ』だ。」
その名が響いた瞬間、空間が歪むような感覚が広がった。
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