(43)心の繋がり
三人は、戦いの余韻を胸に刻みながら、無言のままマナ抽出庫へと向かっていた。静寂が空間を包み込み、先ほど交わされた言葉がなおもゼフィアの胸に残響を残している。
ゼフィアの中には、まだ確信しきれないものがあった。復讐こそが、自分が生きる理由だったはずだ。何も疑うことなく、ただ突き進むことしか考えていなかった。
しかし今、彼女はこうしてアルマたちと共に歩いている。
それが何を意味するのか――まだ答えは出せなかったが、かつての自分とは確かに違うと感じていた。
マナ抽出庫に入ると、そこには倒れ込むカーライルの姿があった。
アルマは迷うことなく膝をつき、淡い光を宿した手を彼の胸元にかざす。治癒魔法の光が穏やかに脈動し、傷口を包み込んでいく。
ゼフィアは、ただその光景を見つめていた。
――なぜ、私はこの場にいるのだ? なぜ、お前は私を見捨てない?
もしこのまま復讐の道を貫いていたなら、決して立ち会うことのなかった光景だった。だが、彼女の心はまだ揺れていた。
一方、アルマは光を送り続けながら、わずかに眉をひそめた。通常ならば、魔力昇華の後は、体への反動で意識を失うはずだった。
だが、今回は違った。
「…おかしいわね。」
小さく呟きながら、アルマはカーライルの傷がゆっくりと塞がっていくのを見つめる。
光と闇の奔流状態ではなく、純粋な膨大なマナを浴びただけだから負荷が少ないのかもしれない。もしそうなら、奔流状態のマナを制御することで、より安定した力の行使が可能になるかもしれない。
しかし、今はそれを考える余裕はなかった。
カーライルの呼吸が落ち着いていくのを確認しながら、アルマはそっと視線を横に向けた。
そこにいたゼフィアは、まだ地面をじっと見つめていた。かつての威厳は影を潜め、瞳には深い迷いが宿っていた。
「ゼフィア……」
アルマが静かに呼びかけると、ゼフィアはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、これまでにない揺らぎがあった。
何かを求めるような、しかし同時に、何かを見失ったような――
二人の視線が交錯する。
それは、かつての敵対ではなく、これからを決めるための対話の始まりだった。 アルマはためらうことなくゼフィアの傍らに歩み寄り、そっと肩に手を置く。その手は、静かでありながら、確かな温もりを持っていた。
「……もう、十分苦しんだでしょう?」
静かながらも、揺るぎない声だった。
ゼフィアは思わず息を飲む。その言葉は、戦いを通じて築かれた信頼と理解の重みを帯びていた。憎しみや葛藤を否定するのではなく、ただその重さを受け止めようとする温かさがあった。
「これからは、私たちがいる。だから、もう一人で背負わなくてもいいのよ。」
ゼフィアの肩が小さく震える。
――過去に縛られることでしか、自分を保てなかった。
だが、今は――
ゼフィアは顔を伏せ、両手を膝の上に置いた。しかし、その指先は微かに震えていた。アルマは静かに座り込み、ゼフィアの前にそっと手を差し出す。その手は、まるで夜明けの光のように、小さくも確かな温もりを持っていた。
ゼフィアは、その手を一瞬見つめる。
何かを拒もうとする理性と、差し出された手を取ることで何かが変わるのではないかという期待。その二つの感情の間で揺れながらも、やがて彼女はゆっくりと手を伸ばした。二人の手が触れた瞬間、ゼフィアの胸の奥で何かが静かに解けていくのを感じた。
「…これは…」
ゼフィアが小さく呟くと、アルマはローブのポケットから一輪の月光花を取り出した。それは、かつて円環の湖のほとりで摘んだものだった。
「この花は、私たちを繋ぐ象徴よ。」
アルマはそっとその蕾にマナを注ぎ込む。すると、白い花びらがゆっくりと開き、ほのかに輝き始めた。その光は、まるで新たな希望の灯火のように穏やかで、美しかった。
ゼフィアは、じっと月光花を見つめる。その小さな白い花が、彼女の荒れ狂う感情の中に静かに差し込む一筋の光のように思えた。
アルマは、静かに言葉を続ける。
「憎しみを手放せとは言わない。初代国王の行為を恨むなとも思わない。」
彼女の声は、ただ優しいだけではなく、確固たる信念を帯びていた。
「でも、あなたがそれをすべて一人で抱え込む必要はないの。世界を滅ぼすために、自分自身を壊す必要もないわ。」
ゼフィアの手がわずかに強張る。それは、まだ迷いがある証拠だった。
アルマは、それを否定せず、そっと続けた。
「王家の秘石の真実も、すぐに答えが出ることじゃない。でも、ただ憎み続けるだけじゃ、何も変わらない。憎しみは、最後にはあなた自身を傷つけるだけよ。」
ゼフィアは、手の中の月光花を強く握りしめた。その冷たくも優しい感触が、内に広がる葛藤をさらにかき立てるようだった。
そして、長い沈黙の後――
「…私が今まで追い求めてきたのは、ただ復讐だけだった…。それ以外のものを、見ようともしなかった。」
その言葉が零れた瞬間、ゼフィアの頬を静かに涙が伝った。
「…我の心を救ってくれて、感謝する。」
アルマは静かに微笑み、ゼフィアの手をしっかりと握った。
その瞬間、二人の間には新たな絆が生まれた。
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