(41)迎えた結末
アルマが砲身を全力で蹴り、軌道をわずかにずらした――その結果を目の当たりにした彼女は、しばし呆然と立ち尽くしていた。銀髪は覚醒の光を帯び、闇夜の中で鋭く煌めいている。それはまるで深淵を切り裂く剣のように、彼女の存在を際立たせていた。
静寂に包まれた塔の屋上へ、グランスライムを討伐したロクスとゼフィアが階段を駆け上がってきた。二人の視線が最上階に立ち尽くすアルマの背中を捉える。その姿は戦いの疲労を滲ませながらも、なお気高く、抗う意志を燃やしていた。
奇妙なことに、まだ夜明け前にもかかわらず、屋上には淡い光が漂っていた。
「……何が起こった?」ゼフィアが息を切らしながら問いかける。
アルマはその声にゆっくりと反応し、視線を遠くへと向けた。そして、静かに指を伸ばす。
「……見て、あの方角を」
二人が指差された南の砂漠地帯に目を向けると、そこには異様な光景が広がっていた。地平線の向こう、夜闇の中に微かに漂う輝き。それは砲撃の衝撃で拡散したマナの残滓だった。風と砂を巻き込みながら天へと昇るその光の粒は、神秘的でありながら、どこか畏怖を覚えさせる美しさを持っていた。
ゼフィアはその光景に目を奪われ、気づけば膝から崩れ落ちていた。震える唇から、言葉が零れる。
「……我らが里は……救われたのか……!」
瞬間、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。喜びと安堵、そして長きに渡る恐怖から解放された感情が、波のように押し寄せる。彼女は肩を震わせながら、顔を伏せて泣き続けた。
ロクスはそんなゼフィアに目をやりながら、険しい表情でアルマへと向き直る。そして、深く息を吸い、静かに言葉を紡いだ。
「アルマ様……あなたにこんな重大な役目を背負わせてしまったこと、そしてあなたが攫われた時、私は何もできなかった。その責任を思うと、私は天剣の騎士として失格です……」
その言葉に、アルマは穏やかな微笑みを浮かべながら、ゆっくりと首を振る。
「ロクスさん……そんなことはありません。あなたはカーライルと共にここまで来てくれました。そして、あの巨大なスライムが私に迫らないよう食い止めてくださいました。守る盾としての力、私はとても尊敬しています」
ロクスは驚いたように目を見開き、しばし沈黙した。そして、静かに膝をつき、深々と頭を垂れる。
「……アルマ様、心より感謝いたします。」
しかし、誓いを新たにするように、彼はすぐに立ち上がり、鋭い視線で周囲を見渡した。塔の屋上に漂う冷たい夜風が、戦いの余韻をより際立たせる。彼は低く呟いた。
「この塔は……おそらく古代の兵器施設。かつては戦の要だったのだろう。しかし、その本来の役割は既に失われている。そして今、我々の目の前にある脅威は――」
ロクスの視線がゆっくりとゼフィアへと向けられる。その手には、既に剣が握られていた。
「王都を狙い、アルマ様を誘拐した罪は計り知れない。もし先ほどの砲撃が王都に落ちていたら……それは未曾有の惨劇となっていた。罪の重さを考えれば、見逃す理由はどこにもない。」
静かに、しかし迷いのない声。夜の帳に鋭く響き渡るその言葉に合わせて、剣の刃がわずかに角度を変え、ゼフィアに向けられる。
その刹那――
アルマが一歩前に踏み出す。その小さな動きが、剣を構えたロクスの意識を瞬時に引き寄せた。
「ロクスさん、剣を下げてください。」
静かに、しかし確固たる意志を持った声だった。
アルマの小さな手が、ロクスの剣先にそっと添えられる。その指先から伝わるのは、力ずくで制止する圧ではなく、揺るぎない確信。彼女の表情には、不思議なほどの穏やかさと、どこか憐れみに似た感情が滲んでいた。それは、敵に向けられる眼差しではない――深い傷を抱えた者を見つめる、慈愛に満ちたものだった。
「彼女からは、もうマナの流れを感じません。」
アルマは静かに語り始める。その声は、まるで真実を告げる使者のように、一つ一つの言葉を慎重に紡いでいた。
「戦いの中で、彼女はすべてを使い果たした。今は立っているのがやっとのはずです。それに……彼女の中に、もはや純粋な悪意は感じられません。」
ロクスは目を細め、剣を握る手にかすかな力を込めたまま、じっとアルマを見つめた。しかし、その透き通るような瞳を見た瞬間、彼の迷いが揺らぐ。握り込んでいた剣の柄から力が抜け、刃先が静かに下がった。
「……ですが、アルマ様。」
それでもなお、ロクスの声には警戒の色が滲んでいた。
「彼女はあなたを誘拐し、王都を危険に晒しました。その罪は決して軽いものではありません。」
アルマはその言葉を真摯に受け止めながら、真剣な表情で続ける。
「それは分かっています。でも、彼女が語った『王家』の話……それがどうしても気になります。私の知る事実と符合する部分があり、彼女が嘘をついているとは思えません。」
ロクスは短い沈黙の後、深いため息をつく。そして、剣を静かに鞘へと収めた。
「……誘拐されたあなたが、そこまでおっしゃるのであれば……従います。」
その言葉を聞いたアルマは、柔らかく微笑み、静かに頷いた。
「ありがとうございます、ロクスさん……さて、急ぎましょう。カーライルの治癒を急ぎたいのです。」
その名前が出た瞬間、ロクスの表情が険しさを帯びた。彼は慎重に言葉を選びながら、静かに告げる。
「アルマ様……聞いてください。」
彼の声は、それまでとは違う、まるで覚悟を伴うものだった。
「あなたが気を失っている間に、多くのことが起こりました。もしカーライルが目を覚ましたとき、彼の双剣が黒い雷を纏っていたら、すぐに距離を取ってください。」
アルマはその言葉の重みに気付き、表情を引き締めた。
「……理由は?」
「後で必ず説明します。」
ロクスの言葉に、アルマは真剣に頷いた。
「分かりました。」
そのやり取りを聞いていたゼフィアは、涙を拭いながらも、不安げな表情を浮かべていた。そんな彼女に、ロクスが視線を向ける。そして、これまでの厳しい声音とは違う、わずかに柔らかさを含んだ声で言った。
「聞いての通りだ。我々はお前を断罪するつもりはない。ただし、後で詳しく話を聞かせてもらう。それまでは、私たちと行動を共にしろ。」
ゼフィアは小さく頷いた。その姿には、完全に戦いの疲労と恐怖に蝕まれた弱々しさがあった。しかし、その紫の瞳には、かすかに新たな決意が宿っているようにも見えた。
こうして三人は、塔の屋上から、マナ抽出庫のある十階――先程まで激戦が繰り広げられた場所へと向けて、静かに階段を下り始めた。
夜の静寂が、彼らの足音を包み込む。
闘いの余韻は、塔の奥深くに沈みながらも、確かに彼らの心の中に刻まれていた。
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