(38)闇の壁
遺物を浮かべる巨大なスライムを前に、ゼフィアは鋭く言葉を発した。
「対峙して分かった…こいつは積極的に攻撃を仕掛ける存在ではない。全てが反撃を想定した構造…。となれば、反撃そのものを封じる状況を作り出せば、勝機はある!」
冷静に状況を見極めるその声には、確かな戦略と闘志が込められていた。ゼフィアは鋭い目つきでスライムを見据え、すぐさま手を掲げる。指先に集まる闇のマナが濃密な気配を漂わせ、戦場の空気を冷たく張り詰めさせた。
《戦術解析中…対象の攻撃傾向を更新》
遺跡の冷徹な声が響くが、ゼフィアは迷わず詠唱を開始する。
「漆黒の夜よ、影を織りなし、無明の帳で場を覆え!闇纏帳!」
詠唱が終わると、漆黒の影がスライムの巨体を包み込む。その闇は生き物のように蠢きながら視界を遮り、スライムの巨体を混乱させた。右へ左へと揺れる動きがその勢いを失わせ、突進の鋭さが鈍る。
「この瞬間を逃すものか!」
ロクスが低く笑いながら前に進む。剣を構え直したその手には雷光が宿り、その気迫は戦場全体を震わせるようだった。
「雷鳴突!」
ロクスは地を蹴り、雷光を纏った剣でスライムに突進した。狙いは、スライム内部で光を放つ三角錐の遺物。その先端に剣を突き立てた瞬間、遺物は強烈な輝きを放った後、光の粒子となって溶けるように消滅した。
《模倣機能、停止…対象の構造変化》
「これで剣の模倣は封じた…! 畳み掛けるぞ!」
ロクスは体勢を整え、大きく跳び上がりながら剣を頭上に掲げる。その刃先に宿る聖なる光が、戦場を照らすように輝いた。
「聖降斬!」
彼の掛け声と共に振り下ろされた一撃は、正方形の遺物を正確に捉えた。剣先が遺物を貫いた瞬間、雷鳴のような轟音が響き渡る。遺物は砕け散り、淡い光の粒となってスライム内部で消えていった。
《防御機能、低下…耐久力再計算中》
「残り二つ…! これで硬化は封じた!」
ゼフィアが肩越しに声を上げる。だが、次の瞬間、スライムの内部で菱形の遺物が激しく回転を始めた。
《対策処置実行…異常状態を無効化》
闇の帳が裂かれ、スライムは再び半透明の姿を取り戻す。
「魔法が解かれた…恐らく、あの菱形の遺物がマナの影響を無効化している…!」
ゼフィアは闇のマナが霧散する感覚を覚え、眉をひそめる。その声には焦りが滲んでいた。
「我はもう限界だ。中級魔法と上級魔法、どちらも一度が限度だ…」
疲労を隠せない彼女の声に、ロクスが短く笑う。
「奇遇だな。私の魔法剣もあと二度が限界だ。」
ロクスは短く苦笑を浮かべたが、その瞳には揺るぎない闘志が燃えていた。「だが、硬化と模倣の二つを封じた以上、これで十分だ。遺物を仕留めるか、巨体を叩き潰すまで!」
ロクスは剣を握り直し、再び構えを取る。だが、その瞬間、スライムの体内に最後に残された球形の遺物が淡い光を放ち始めた。その光は脈動し、まるで不気味な心臓のように鼓動している。
「また新たな動きか…!」
《拡張機能起動…充填開始》
ロクスが険しい顔で目を細めた瞬間、スライムの巨体が波のように押し寄せた。
「ゼフィア、逃げろ!」
しかし、その叫びが届く前に――
ズドォォォォン!
ゼフィアの体がスライムの内部に飲み込まれた。
「くっ…!」
ゼフィアの体はスライムの内部で捕らえられ、粘性の高いジェル状の液体が彼女を締め付ける。動くたびに身体を拘束する圧迫感が、魔法の詠唱すら許さない。彼女は必死に意識を保とうとしながら歯を食いしばる。
「ゼフィア!」
ロクスが目を見開き、剣を握る手に力を込めた。その声には怒りと焦りが滲みながらも、冷静さを保っている。
「待っていろ…すぐ助ける!」
ロクスは地を蹴り、スライムの巨体へと一直線に向かった。ゼフィアが閉じ込められている部分を正確に見極め、剣を振り下ろす。
「風刃閃!」
風の刃がスライムの体を切り裂き、閉じ込められた部分を削ぎ落とす。ジェル状の体からゼフィアの姿が現れ、彼女は滴る粘液と共に床へと崩れ落ちた。
「ゼフィア、大丈夫か!」
ロクスはすぐに駆け寄り、彼女の肩を支える。荒い息を整えながらゼフィアはゆっくりと顔を上げた。その瞳には疲労の色が濃く滲んでいるものの、強い意志が輝いていた。
「助かった…。」
ゼフィアの声は弱々しく、息を切らしながらも感謝の意を含んでいた。しかし、その一言が戦場に安堵をもたらす間もなく、スライムの体内で球形の遺物が再び回転を始めた。
《緊急防衛機能、最終段階へ移行》
遺物が放つ強烈な光がスライム全体に広がり、削られた部分が瞬時に再生される。その巨体はさらに揺らめきながら威圧感を増し、再び突進の態勢に入った。
「あの巨体を食い止めるとなると、闇の上級魔法しかあるまい…。」
ゼフィアは身体の疲労を押し殺し、わずかに震える手でマナを集中させる。その瞳には決意が宿り、凛とした声で詠唱を紡ぎ出した。
「影の深淵よ、果て無き虚無の支配者よ。悠久の闇を纏い、この地に降臨せよ。全てを拒み、絶対なる壁を顕現せしめよ! 闇牢壁!」
ゼフィアの詠唱と共に、漆黒の壁が地面から立ち上がった。その壁は天井まで届き、左右に広がる幅はスライムの巨体を完全に覆うほど広大だった。光を吸い込むかのようなその存在感が戦場の空気を一変させる。
次の瞬間、スライムが全力の突進で壁に激突した。
ドォォォン…!
轟音が遺跡全体に響き渡り、地面が震える。だが、闇の壁はびくともせず、その表面から無数の闇の触手が生えるように現れた。それらの触手はスライムの巨体を絡め取り、締め上げるようにゆっくりと動き始める。
スライムは抵抗するように体を揺らし、逃れようと試みるが、その動きは次第に鈍くなっていった。
「これが…闇の極みだ!」
ゼフィアの声が戦場に響き渡る。その瞳は勝利を確信し、闇の力への絶対的な自負を映し出していた。しかし、スライムの体内で回転を続ける菱形の遺物は、なおも抗うように輝きを放ち、闇の触手と壁に押さえつけられながらも完全には消え去っていない。
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