(35)鋼鉄の拳
戦場は荒々しい衝突の余韻に包まれ、緊張感が肌を刺すように高まっていた。ミノタウロスの巨体が不気味な光を反射しながら圧倒的な威圧感を放ち、周囲の空気を重く染め上げる。その姿はまさに恐怖そのものだった。
だが、その恐怖の中心に立つアルマの姿は、嵐の中で揺るぎなく燃え続ける炎のようだった。銀髪が荒れ狂う風に翻り、深紅の瞳が敵を鋭く射抜く。彼女の視線には、もはや迷いの欠片もない。
ロクスはその変貌を目の当たりにし、息を呑む。
「アルマ様…これは…」
驚きと困惑が入り混じるロクスの声。しかし、アルマは答えず、静かに一歩を踏み出した。その歩みに滲むのは、迷いなき覚悟。赤く脈動するクリスタルを見据える瞳には、ただ敵を屠るための意志が宿っていた。
「この戦い、ここで終わらせる」
低く、それでいて揺るぎない力強さを帯びた声が戦場に響いた。次の瞬間、ミノタウロスが咆哮を上げる。胸部の赤いクリスタルが激しく脈動し、巨体が鋼鉄の拳を振り上げながら地を揺るがせる。鈍重ながらも圧倒的な破壊力を孕んだ突進。その暴風のような力がアルマへと迫る。
しかし、彼女の動きは迷いなく、淀みがなかった。一瞬の隙間を見極め、風のようにしなやかに巨体の懐へと滑り込む。銀髪が光の軌跡を描き、全身の力を込めた拳が鋼鉄の装甲に炸裂する。
「…私の大切な人を、これ以上傷つけさせない!」
鋭い衝撃音が戦場に響き、巨体が一瞬よろめく。しかし、ミノタウロスはすぐさま体勢を立て直し、両腕を振り上げて次の一撃を繰り出す。その拳が床に叩きつけられると、亀裂が走り、瓦礫が空中に舞い上がる。
アルマは紙一重で攻撃を回避し、流れるような動きで次の動作に移る。壁を蹴って跳躍し、天井を蹴ることでさらに勢いを増した。そして、狙いを定め、かかとを振り下ろす。
「これで…どう!」
一撃が鋼鉄の頭部装甲を叩き割り、ミノタウロスの巨体が一瞬ひるむ。しかし、アルマの視線は既に胸部の赤いクリスタルへと向けられていた。彼女の直感が告げていた――あそこが弱点だと。
彼女は一瞬の呼吸を整え、全身の力を込めた回し蹴りを放つ。その衝撃により、ミノタウロスの巨体は床に叩きつけられた。戦場全体が揺れ、瓦礫と粉塵が舞い上がる。重々しい静寂が場を包む。
アルマは荒い息を整えながら、倒れた巨体を見据えた。しかし、その静寂を切り裂くように、ミノタウロスが再び立ち上がる。赤いクリスタルがさらに激しく脈動し、全身から蒸気が噴き出していた。その姿は、さらなる力を解放しようとしているようだった。
「…まだ倒れないのね」
アルマの低く鋭い声が、戦場の緊張をさらに高めた。深紅の瞳はなおも燃え続け、銀髪が風にたなびく。その視線の先で、ミノタウロスが咆哮を上げ、地を砕く轟音とともに突進を開始する。鋼鉄の巨体が迫る中、アルマは躊躇うことなく身を翻し、巨獣の攻撃を紙一重で回避する。その動きは流れるようで、隙はない。
「…崩れろ!」
彼女の鋭い蹴りがミノタウロスの膝関節を正確に捉えた。鋼鉄の装甲を貫く衝撃。巨体がよろめき、戦場全体に轟音が響き渡る。その重量が床を叩き、遺跡全体を震わせる。埃と瓦礫が宙を舞い、視界を覆う。
アルマは拳を握り直し、静かに呟く。
「…もう、終わりにしましょう」
視線の先には、砕けた巨大な斧の残骸。迷いなくそれへと駆け寄る。片手で斧を持ち上げた彼女の姿は、まるで戦場を支配する王のようだった。
彼女は赤いクリスタルを見据え、全身の力を込めて斧を投げ放つ。空気を切り裂く音が響き、斧はまっすぐに標的へと突き刺さる。鋭い衝撃。クリスタルには深いひびが走り、それに呼応するように鋼鉄の装甲にも亀裂が広がる。巨体が震え、その威圧感がわずかに揺らぐ。
「…これで決める!」
アルマは疾風のごとく駆け出し、崩れかけた巨体の元へと跳び込む。彼女の拳に、全身の力を込めた最後の一撃が宿る。狙いは、砕けかけたクリスタル。
――轟音。
一撃が炸裂し、クリスタルは砕け散った。同時に、ミノタウロスの巨体が崩れ落ちる。赤く光っていた瞳は徐々に輝きを失い、最後には完全に沈黙した。瓦礫が静かに降り積もり、冷たい光を反射している中、戦場には再び静寂が訪れる。
だが、その静けさは長くは続かなかった。
低く、不気味な振動。遺跡全体が生き物のように震え始め、冷たい機械音が空間に響き渡る。
『アークミノタウロス、稼働停止を確認』
無機質な声が冷たく響く。
『他アーク兵器群、再稼働には必要マナ不足を確認。次段階へ移行。下位グラン兵器、稼働可能性の検証中。グランスライム、再起動に必要なマナを確認。地下格納庫から第十階層への移送を準備中』
『敵勢力への砲撃準備、進行中。マナ圧縮処理90%完了、残り100秒…』
冷徹で無情な宣告が、戦場にさらなる緊迫感をもたらした。
アルマは荒い息を整えながら、戦場を見渡す。その瞳には疲労が滲んでいるものの、消えぬ闘志が宿り続けている。ロクスもまた剣を握り直し、冷静に周囲を観察していた。その視線には、次なる戦いに備える決意が刻まれている。
遺跡の冷酷な声が響く中、アルマとロクスの決意だけが、この冷たい現実に抗う唯一の光だった。
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