(34)意図せぬ覚醒
闇の深淵に沈み込む意識を、確かな存在が揺さぶる。
『…起きろ、ご主人…』
囁くようでいて、胸の奥深くに響き渡る声。音ではない、直接、魂へと刻み込まれるような感覚。夢と現実の境界が溶け合い、暗闇の中に微かな光が灯る。まるで、導く者がそこにいるかのように。重たい瞼がわずかに震え、ゆっくりと光が差し込む。
視界の先に広がるのは、崩壊したマナ抽出庫の残骸。砕け散ったガラス片が床を埋め尽くし、そこから溢れた魔石が青白く脈動している。その輝きは単なる光ではなく、まるで生きているかのように遺跡全体を包み込んでいた。
まるで、崩壊の只中で新たな命が芽吹こうとしているかのように。
「…ここは…?」
掠れた声が、かすかな震えとともに唇から漏れた。しかし、それが自分のものかどうかもわからない。意識が混濁し、思考がまとまらない。
瓦礫の中、視界の端に映るのは――倒れ伏すカーライル。
「カーライル…!」
その名を呼んだ。だが、返事はない。胸の奥が冷たく鋭い焦燥に貫かれた。ふらつく足取りで立ち上がり、荒れ果てた戦場を見渡す。鋼鉄の巨影が、支配者のごとく立ち塞がっていた。全身を分厚い装甲に包んだミノタウロス。鈍重に見えて、まとった威圧感は圧倒的。戦場の空気を支配するほどの強大な存在。
そして――ガラスの破片に映る己の姿を見た瞬間、息を呑んだ。
銀色に輝く髪、深紅に染まった瞳。
―― 魔力昇華が、発動している。
しかし、これは以前のそれとは違う。
より鮮烈に、より圧倒的な力が身体に宿っている。
「…これ、私?」
戸惑いと困惑。まるで、己の中にもう一人の存在が目覚めたかのような違和感。 身体の奥底から湧き上がる力が意識を呑み込もうとする。
「…何が…どうして…?」
微かに震えた手から、未知の力の奔流が溢れ出す。自分が、自分でなくなってしまうのではないか。そんな恐怖が、喉元まで込み上げる。だが、その混乱の中で、再び声が響いた。
『ご主人…負けるなよ…』
それは、闇に差し込む一筋の光。温もりと鋭さを兼ね備えた、確かな意志。胸の奥深く、意識の最も根幹に訴えかける、揺るがぬ声。アルマは、ゆっくりと顔を上げた。深紅の瞳が、戦場を見据える。
視線の先には、なおも立ちはだかるミノタウロス。その鋼鉄の装甲は、周囲の光を反射しながら威圧感を強め、戦場全体を支配していた。その前では、ロクスが剣を握り締め、必死に敵の猛攻を凌いでいた。
「アルマ様!ゼフィアではなく、この武装した牛こそが倒すべき敵です!」
ロクスの声が戦場に響く。その言葉には、全身全霊の決意が込められ、戦場の喧騒すら打ち消すほどの力強さがあった。その背中は、戦場の厳しさに屈しない騎士の意志を体現している。
その姿に、アルマの胸の中で何かが揺さぶられる。これは単なる使命ではない。これは―― 今、この瞬間に、彼女がここにいる理由。カーライルは倒れ、ロクスは必死に立ち向かっている。
ならば、彼女はどうする?答えは、既に決まっていた。
「この力で…今の私にできることを…!」
アルマは心の中で問いかけ、自らに応えるように震える手を強く握りしめた。その瞬間、未知の力が彼女の内側で脈動し、銀色の髪がゆっくりと揺れる。そして――深紅の瞳には、鋭い光が宿る。迷いは消え去り、確信だけが残った。
これは力の暴走ではない。
これは、新たな力を得た彼女が歩むべき道。呻き声を上げる戦場の中で、アルマは再び立ち上がる。その姿は、闇の中に差し込む光――絶望を断ち切る者として、戦場に降り立った希望そのものだった。
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