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愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~  作者: チョコレ
第四章 解き放たれし影
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(33)封印の術式

 ウンディーネが消滅し、戦場には一瞬の静寂が訪れた。しかし、その静寂を切り裂くように、カーライルの冷笑が低く響く。その声には恐れも迷いもなく、むしろ狂気に近い闘志が滲んでいた。


「水の精霊すら敗れ去るか。」

 彼はアークミノタウロスの胸部に埋め込まれた赤いクリスタルを睨みつけ、唇を歪めて笑みを浮かべた。


「さあ、俺との再戦といこうじゃねえか。派手にやってやるぜ、牛野郎!」

 挑発的な言葉が戦場に重く響き、敵味方を問わずその緊張をさらに高める。カーライルは右拳を掲げ、前のめりに構える。その姿は、嵐の中心に立つ孤高の戦士そのもの。燃え盛る闘志がその瞳に宿り、全身から放たれる気迫が敵を威圧する。


 ミノタウロスは低い姿勢を取り、車輪を駆動させて加速する。その赤い瞳がさらに輝きを増し、遺跡全体を震わせる突進を開始した。軋む音とともに鋼鉄の巨体が鋭い拳をカーライルに放つ。


「来いよ!」

 カーライルは冷静にその動きを見極め、巨体の一撃を紙一重でかわした。空気を切り裂くような拳の風圧が彼をかすめるが、その顔には挑発的な笑みが浮かんでいる。


「確かに早くて重い。だが、それだけじゃ俺を倒せねぇ!」

 彼はミノタウロスの背後に回り込むと、鋼鉄の装甲へ拳を叩き込む。同時に双剣を抜き放つと、その刃が黒い雷を纏い、不吉な輝きを放ちながら戦場を支配した。


「雷閃乱舞!」

 カーライルの咆哮とともに無数の斬撃が放たれる。黒い雷を纏った刃は空間を裂き、ミノタウロスの巨体に次々と打ち込まれる。鋼鉄の装甲には焦げた跡が刻まれ、激しい火花が散った。しかし、ミノタウロスの胸部で輝く赤いクリスタルは、斬撃を弾き返すように一切の揺らぎを見せない。


「くそっ、どこまでも頑丈な…!」

 カーライルは舌打ちしながら間合いを取ろうとするが、ミノタウロスは再び突進を開始。瓦礫を蹴散らしながら突き進む巨体が、彼を容赦なく弾き飛ばした。


 轟音とともに、カーライルの体はマナ抽出庫の堅牢な壁に叩きつけられる。壁全体が揺れ、巨大なガラスが粉々に砕け散る。破片の向こうには、光を放つ無数の魔石と月光花が青白く輝き、戦場に一瞬の幻想的な光景を生み出した。


 カーライルは崩れ落ちるように倒れたが、その隣には同じく横たわるアルマの小さな体があった。彼女の体はかすかに動いているものの、呼吸は微弱で、まだ意識は戻らない。


「二人揃って寝てる暇はないんでな。」

 荒い息をつきながら、カーライルはガラスの破片を踏みしめて立ち上がる。その体には無数の傷が刻まれ、血が滴っている。それでも彼の瞳には、闘志の炎が未だに燃え盛っていた。


「仕方ねぇ…切り札を切るか。このなまりきった体でどこまでやれるかは分からんがな。」

 彼は双剣を握り直し、黒い雷をさらに激しく迸らせた。その刃が放つ不吉な光は、戦場に新たな緊張感をもたらす。しかし、その直後、異様な感覚が彼を襲った。周囲に漂う膨大なマナが、まるで意思を持つかのように彼の体内へと流れ込んでくる。


「まさか、ここのマナが…封印の術式と共鳴しているのか…!」

 その言葉には驚きと苛立ちが絡み合い、彼の息は荒く乱れている。


「あの女、よくもここまで幾重にも術式を張り巡らせやがって…!」

 しかし、その抗議もむなしく、カーライルの体は力を失い、ついに地へと崩れ落ちた。双剣は彼の手から滑り落ち、乾いた音を立てて地面に転がる。その刃を包んでいた黒い雷は、主人を失ったことを悟ったかのように徐々に弱まり、最後には静かに消え去った。


 その瞬間、戦場には重苦しい沈黙が訪れる。


 ゼフィアは膝をつき、虚ろな目で前方を見つめていた。ウンディーネの消失、そしてカーライルの崩壊――続けざまに訪れる絶望的な状況が、彼女から戦う意志を根こそぎ奪い去っていた。


「これで…終わりなのか…」

 ゼフィアの囁きは、戦場に響く轟音にかき消されることなく、虚空に吸い込まれていく。声にはかつての冷厳さはなく、敗北を受け入れた者の諦念が滲んでいた。彼女の瞳には、かつての誇りも使命感ももはや残されていない。


 一方で、ロクスは倒れたカーライルに視線を向けながら深い溜息をついた。

「くそ…カーライルまで…」

 その声は悔しさに満ちていたが、同時にほんの少しだけ安堵の色が隠れていた。


「あの姿…あれは暴走だ。」

 ロクスは内心でそう確信していた。カーライルが纏っていた黒い雷は、十年前の惨劇の記憶を鮮明に蘇らせる。あの力が完全に覚醒していれば、誰も生き残ることはできなかっただろう。敵味方を問わず、すべてが破壊されていたはずだ。


「だが、これで止まったというなら…次は私の番だ。」

 ロクスは剣を握り直し、鋭い眼差しで戦場を見渡した。彼はマナ抽出庫に満ちる輝きを見つめ、その膨大なマナが新たな可能性を秘めていることに気づく。


「あのマナを剣に纏わせることができれば…加護の天閃(セレスティアブレイク)を放つことができる。」

 そう考えたロクスだったが、その技には膨大な時間と集中が必要だ。目の前のミノタウロスの圧倒的な力の前では、準備の隙すら致命的になりかねない。


「時間を稼ぐにはどうすればいい…?」

 ロクスの視線が改めてマナ抽出庫の方へ向かう。その先で、砕けたガラスや魔石の破片に埋もれていたアルマが微かに動いているのを見つけた。彼女の指がかすかに震え、薄い呼吸が漏れている。


「アルマ様…!」

 ロクスは驚きの声を上げ、その目にはかすかな希望の光が宿る。その小さな仕草は、絶望の中にわずかな可能性を灯すものだった。崩壊寸前の戦場に漂う静寂を打ち破るように、新たな息吹が感じられる。


「まだ終わらせるわけにはいかない…!」

 ロクスは再び剣を握りしめ、立ち上がった。その瞳には冷静さと決意が宿り、わずかに見えた希望をつかみ取る覚悟が滲んでいた。戦場は再び新たな動きに向けて張り詰め、絶望と希望が交錯する瞬間を迎えようとしていた。

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@chocola_carlyle

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