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愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~  作者: チョコレ
第四章 解き放たれし影
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(32)精霊の喪失

 戦場に轟音が響き渡り、重々しい空気があらゆる感覚を圧迫する中、カーライルとミノタウロスの激闘が続いていた。その緊迫した空間にゼフィアの鋭い声が切り込む。


「ウンディーネ!次は敵の動きを封じなさい!」


 ゼフィアの指示を受け、精霊ウンディーネは青白い光を放ちながら滑らかに動き出す。その流動する水の体は一瞬で変形し、まるで生きている触手のようにミノタウロスの鋼鉄の腕や脚に絡みついた。水流は強力に締め上げ、巨体の動きを封じ込めようとする。


「効いている…!」

 ゼフィアは息を呑みながら呟いた。その声にはわずかな希望が宿り、場の緊張が一瞬だけ緩む。


 しかし、その期待はすぐに打ち砕かれる。ミノタウロスは荒々しくも計算された動きで水の触手を次々と引き裂き、巨腕を振り払う。その圧倒的な力は、水の精霊であるウンディーネをも翻弄するほどだった。


「そんな…!」

 ゼフィアの声には動揺が滲むが、彼女はすぐに表情を引き締め、さらに指示を飛ばす。


 ウンディーネは再び水流を操り、ミノタウロスに絡みつこうとするが、巨獣は拳を鋭く振り下ろし、水の体を深々と突き抜けた。拳が衝撃波を生み出し、ウンディーネの体が一瞬揺らぐ。水の精霊である彼女の体が形を崩し始め、その威圧的な力の前に押し戻されていく。


 突如、ミノタウロスの胸部に埋め込まれた赤いクリスタルが激しく脈動を始める。その光は戦場全体を覆い、空間を歪ませるかのように圧倒的な存在感を放つ。


「まずい…!」

 ゼフィアの声が焦りに染まる。その視線の先では、ミノタウロスが拳に赤いオーラを纏わせ、驚異的なスピードで突進してきた。


「ウンディーネ、距離を取るのです!逃げなさい!」

 ゼフィアの叫びが響き渡るが、ウンディーネは回避ではなく防御を選ぶ。彼女の水の体が渦を巻き、周囲の空気を震わせながら盾を形成する。その水の壁が一瞬耐えたかに見えたが、ミノタウロスの拳に込められた膨大なマナがそれを崩し始める。


「持ちこたえて…!」

 ゼフィアの祈りにも似た声が戦場に響くが、ミノタウロスは容赦なく次の一撃を放つ。その拳は巨大な鉄槌のようにウンディーネを直撃し、精霊の体を貫こうとする。ウンディーネは流動する体を変化させながら抵抗を試みるが、相手の左手が素早く動き、彼女の体を掴み取る。


「逃がさないつもりか…!」

 ロクスが低く呟く。その声には焦りと絶望が混ざり、鋼鉄の掌に握られたウンディーネの姿を見つめる。ミノタウロスの握力は凄まじく、流動的なウンディーネの体をも無理やり拘束していた。彼女の体が震え、水流が解放を求めて波打つが、その抵抗も虚しく、相手の力の前には成す術がない。


「ウンディーネ…!」

 ゼフィアの叫びが戦場に響く。その手には冷たく輝く水の魔石が握られ、そこから波紋のように放たれるマナが周囲の空気を震わせる。その必死な声には、精霊を救おうとする焦燥と決意が宿っていた。


 ウンディーネの体が突如として膨張し、まるで嵐の中心が生まれたかのように激しい水流が四方に放出される。その水流は戦場を覆い尽くし、ミノタウロスの腕を弾き飛ばそうとする。その瞬間、ゼフィアの顔には希望の光が一瞬だけ宿った。


 しかし、その期待は無情にも裏切られる。ミノタウロスの腕は微動だにせず、鋼鉄の拳がさらに力を込めて振り下ろされる。その動きは容赦なく、周囲の空間さえも歪ませるほどの破壊力を秘めていた。


 轟音が戦場を揺るがし、ウンディーネの体が直撃を受ける。その青白い体が砕け散り、光の粒子となって空中に舞い上がる。その粒子は儚くも穏やかな輝きを放ち、戦場を一瞬だけ神秘的な光景に染め上げた。しかし、その美しさは精霊の消滅という悲劇をより深く刻みつけるものだった。


「…!」

 ゼフィアは声にならない声を漏らし、震える手から魔石が地面に転がり落ちる。力を失った彼女の体は膝をつき、その場に崩れ落ちた。精霊ウンディーネの消失は、彼女から勝利の希望だけでなく、心の支えそのものを奪い去ったのだ。


「そ…そんな…」

 か細い声が彼女の口から漏れる。その声は戦場を覆う轟音に掻き消されることもなく、虚しく響いた。かつて高貴な威厳を纏っていたゼフィアは、今や敗北に打ちひしがれた一人の人間としてそこに座り込んでいた。その瞳には深い失望と悲しみが浮かび、かすかな希望さえも完全に失われていた。


 ミノタウロスは、その胸部の赤いクリスタルを脈動させながら巨体をゆっくりと動かし始める。その動きはさらなる破壊の準備を進めているかのようで、戦場全体に不気味な緊張をもたらした。赤い光が徐々にその輝きを増し、戦場全体を照らし出す。その威圧感に、ゼフィアはただ呆然と座り込むしかなかった。


「これで…終わりなのか…我も…我らの里も…」

 ゼフィアのか細い声が虚空に吸い込まれる。その言葉にはもはや祈りや願いの力は宿っておらず、ただ深い絶望と喪失感だけが残されていた。

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@chocola_carlyle

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