(15)激突する魔法
夜の墓地に、冷たい風が吹き抜ける。闇に沈む墓石が月明かりにぼんやりと浮かび上がり、二人の吐息が白く染まった。広場から一転、現れたのは重苦しい静寂に包まれた場所――墓地。
「ここ…どこ?」
アルマは杖を握りしめ、震える声で辺りを見回す。青ざめた顔。だが、その碧眼には冷静さを取り戻そうとする意志が宿っていた。
カーライルはため息をつき、不機嫌そうに眉をひそめる。
「またここかよ…」
「…前にゴースト退治で来た墓地?」
アルマの問いに、カーライルは頷く代わりに、ぼそりと答えた。
「ああ、間違いねぇよ。」
その時――
不気味な声が、闇の中から響いた。
「なるほど、魔石が選んだのはこの場所か…。闇属性のマナが集まるにはふさわしい。」
低く冷たい声。監査官だった。
闇からゆっくりと姿を現す。
彼の唇には、冷笑が浮かんでいた。
「ここなら人目を気にする必要もない。実にやりやすい。」
その言葉に、アルマは背筋が凍るような感覚を覚えた。
隣のカーライルを見上げ、不安そうに囁く。
「やりやすいって、どういう意味…?」
カーライルは肩をすくめ、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「簡単な話だ。」
「『死人に口なし』ってやつだろう。」
「ここなら目撃者もいない。理想的な処刑場ってわけだ。」
監査官の笑みがさらに深まる。
「察しがいいな。」
「計画を直前で邪魔されるとは思わなかったが…安心しろ。丁重に葬ってやる。」
アルマは息を呑む。
監査官の陰謀の一端が、少しずつ見え始める。
(直前…?第三王子の儀礼が、この陰謀と関係している…?)
仮説を組み立てながら、彼女は目の前の冷酷な敵に意識を集中させた。
「悪いな、嬢ちゃん。」
カーライルの声は低く、どこか自嘲的だった。
「俺は手ぶらだし、腕も鈍っちまってる。頼りになるのはお前だけだ。」
アルマは彼を振り返る。
毅然とした表情。
短く、しかし確かに頷いた。
「わかった。私がやる。」
迷いはない。
杖を握る手には、確かな力が宿っている。
「覚悟しなさい。」
アルマの声は冷静だった。しかし、その響きには、鋭い気迫と揺るぎない意志が込められていた。碧眼が鋭く光る。まるで闇を切り裂く光のように。
監査官は冷笑を浮かべ、コートの内側から魔石を取り出す。異様な気配が、墓地の静寂をさらに重くした。
「さて、始めようか。」
監査官が低く呟いた。その冷たい声は墓地の静寂を切り裂き、まるで死の宣告のように空気を凍らせる。
ゆっくりと左手をコートの中に滑り込ませ、黒く輝く魔石を取り出す。その動きに迷いはない。無駄のない動作、洗練された詠唱――一流の証。
「魔法と魔石の同時展開…!」
アルマは息を呑んだ。
通常の魔法使いならどちらか一方に集中する。しかし監査官は、魔石の力を引き出しながらも、己のマナを練り上げていく。
まるで二つの魔法を同時に操る異形の術士。
「輝ける聖光よ、我が声に応え、此処に降り注ぎ守護の壁となれ!聖光壁!」
アルマの詠唱が終わると同時に、墓地の闇を照らす光の壁が展開される。眩い輝きが、冷たい大気を押し返す。
次の瞬間、監査官の魔石が砕け、そこから解き放たれた黒いマナが獣のように蠢きながら襲いかかった。
光と闇が激突する。
轟音。
衝撃波。
墓地全体が震え、土が舞い、墓石が軋む音が響く。
「無駄だ。」
監査官が冷笑を浮かべ、次々と魔石を砕く。そのたびに、黒いマナが無数の触手のように広がり、アルマの防護壁を削り取っていく。
アルマは歯を食いしばりながら、杖を握る手にさらに魔力を込めた。しかし――
「防ぎ切れない…!」
防護壁が、徐々に圧されていく。
その瞬間、墓地全体が急激に冷え込んだ。
空気が凍り、霜が地面を覆っていく。
「広場で放とうとした水属性の魔法…!」
アルマは直感的に察知し、即座に杖を振り上げた。
「灼熱の咆哮よ、天を貫く焔の柱となれ!獄炎柱!」
閃光。
轟く炎。
燃え上がる獄炎の柱が、墓地を覆う冷気にぶつかる。温度差が生み出す衝撃が大気を歪ませ、墓地全体が揺れるような錯覚を覚える。氷が溶け、水蒸気が立ち込める。
「ほう…」
監査官は冷たく微笑んだ。
「魔石と魔法の同時攻撃を凌ぐとは。王立魔法学院を主席で卒業したというのも、まんざら嘘ではないようだな。」
アルマは微動だにしない。
冷静な瞳が、監査官を見据える。
その表情は、戦う者のそれだった。
監査官は二つの魔石を取り出し、空中でぶつけ合わせる。
轟音。
閃光。
夜空が裂ける。
「風と闇の融合…!」
魔石が砕けると同時に、爆発的な力が生まれる。渦巻く黒い波動と、無数の風の刃が墓地全体を覆い、アルマを飲み込まんとする。
「これでどうだ?」
監査官の声には、確信と自信があった。
その攻撃は、ただの魔法ではない。
複合属性の圧倒的破壊力。
「風と闇の組み合わせ…!」
アルマは、その力の前に一瞬息を呑む。
しかし、次の瞬間――
彼女の碧眼が鋭く光る。
「風には地を、闇には光を!」
杖を振りかざし、即座に詠唱を開始。
地が震え、隆起した岩の壁が強風を遮る。
同時に、光の奔流が闇の波動を貫き、浄化する。
監査官は、一歩下がる。
「なるほど、大したものだ。」
冷ややかな笑み。
「だが、どこまで持つか見せてもらおう。」
さらなる魔石が、彼の手元で黒く輝く。
額に汗を滲ませながらも、アルマは一歩も退かない。
その瞳に、決して折れぬ炎が宿っていた。
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