(29)新たな召喚
カーライルは黒雷を纏う双剣を握りしめ、ミノタウロスとの激戦を続けていた。だが、その巨体が繰り出す突進と圧倒的な耐久力に押され、徐々に動きが鈍くなる。
一撃を受けるたびに床が砕け、壁が崩れ、遺跡全体が轟音と震動に包まれた。微細な瓦礫が宙を舞い、視界を曇らせる。
「クソッ…この体…なまりすぎだ…!」
荒い息を吐き、カーライルは双剣を握り直した。黒雷を纏う刃が鈍く脈動し、かつての全盛期のように応えないことが、苛立ちを加速させる。
その時、ミノタウロスの赤い瞳がゼフィアを捕らえた。
「おい、待ちやがれ!」
カーライルの叫びが響くが、巨獣は雷鳴のような咆哮とともに突進を開始する。その巨体が巻き起こす衝撃波が空気を震わせ、ゼフィアのマントが翻った。
「くっ…!」
詠唱を試みるが、間に合わない。次の瞬間、ミノタウロスの突進がゼフィアを直撃し、マナ抽出庫のガラス壁が轟音とともに砕け散る。青白い破片が光の軌跡を描きながら舞い、ゼフィアの体は弾き飛ばされるように宙を舞った。
壁に叩きつけられた衝撃が全身を駆け巡り、呼吸すらままならない。意識が揺らぐ中、瓦礫の隙間に横たわるアルマの姿が視界に映る。彼女は微かに身じろぎするものの、意識は戻っていない。
本来なら、マナ抽出庫に囚われたアルマはすでに命を落としていてもおかしくなかった。しかし、カーライルがグリフォンを叩きつけた衝撃でマナの流れが逆流し、本来枯渇するはずだったマナが彼女の体に戻り、命を繋ぎ止めていた。
そのアルマの傍らに、ひときわ強い輝きを放つ魔石が転がっていた。透き通る水色の光が脈打つように明滅し、まるで心臓の鼓動のように波打っている。
「あれは…!」
ゼフィアの手が震えながらも、無意識に魔石へと伸びる。本来ならマナ抽出庫に放り込まれた時点で、魔石はすべてのマナを搾り取られ、枯渇しているはずだった。だが、アルマを救ったマナ逆流の影響は、魔石にも及んでいた。搾り尽くされたはずの力は蘇り、まるで時を巻き戻したかのように純粋な輝きを取り戻している。その光は上級魔石に匹敵するほどの濃密なマナを宿していた。
指先が魔石の表面に触れた瞬間、ゼフィアの体に共鳴するようにマナの奔流が流れ込む。冷たい石の感触とは裏腹に、その内部に秘められた膨大な力が、彼女の体を貫くように巡っていく。
「…我らが里を…攻撃させるわけにはいかない…!」
膝をついたまま、ゼフィアは荒い息を整える。その瞳には、もはや迷いはなかった。長年の復讐心ではなく、守るべきもののために立ち上がる覚悟が宿っていた。
「万物を潤す水の守護者よ、我が呼びかけに応え、その姿を現せ!嵐を鎮め、静寂の中に力を秘める精霊よ――いまここに降臨せよ、ウンディーネ!」
詠唱が響き渡ると、魔石が閃光を放ち、次の瞬間――戦場全体が青白い光に包まれた。空気が凍りついたように冷たく澄み、時間すらも静止したかのような感覚が支配する。
そして、その中心に――水の精霊、ウンディーネが降臨した。
彼女の身体は純粋な水でできており、流れるような透明な輝きを纏っている。長く波打つ髪は滝のように滑らかで、しずくが滴るたびに空間に光の波紋を生む。その瞳は深海のように静かでありながら、神々しい怒りを宿していた。
「おいおい、これはさすがに派手過ぎるだろう…」
カーライルは肩に双剣を揺らし、低く笑う。
ウンディーネの降臨により、戦場の空気が一変する。彼女が一歩踏み出すたび、波紋が広がり、空気が震えた。腰に巻かれた透明な水の帯には、小魚の幻影が浮かび上がり、まるで命そのものが具現化したかのようだった。彼女が掲げた腕から滴る水が光となり、無数の水晶のように宙へと舞い上がる。
その瞬間、ミノタウロスの動きが鈍った。
――否、沈黙した。
ウンディーネの瞳が巨獣を射抜いた瞬間、戦場全体が氷のように張り詰めた。
「この守護者がいれば…希望はまだある…!」
ゼフィアは魔石を強く握りしめ、震える唇で呟く。その声には、絶望に打ち勝たんとする執念と、わずかな希望が込められていた。
しかし、ウンディーネはただ静かに――冷酷なまでの静寂を湛えながら、ミノタウロスを見据え続ける。水の精霊としての慈悲か、それとも絶対的な裁きか――この場を支配するのは、もはや彼女だけだった。
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