(22)生死の狭間
カーライルは、不思議な感覚に包まれていた。
宙に浮かぶような軽さと、全身を引き寄せられるような力。それは現実感を失わせ、彼をどこかへと運び去る。薄れゆく意識の中、目を開くと視界が次第に明るさを増し、無限に広がる白い空間が彼を包んでいた。地平も、天井もない。ただ純白の光が満ちる中、彼は一人立ち尽くしていた。静寂に包まれたその場所は、時間さえも静止しているかのように思える。
「またここかよ…」
カーライルは乾いた笑いを漏らし、肩をすくめた。この空間に引き込まれるのは初めてではない。デスサイズとの戦いで倒れた際にも訪れた記憶がよみがえる。
「勝手に連れて来られても困るんだがな。」
皮肉を呟きながらも、カーライルは動かなかった。
その沈黙を破るように、足音が響いた。規則正しく、迷いのない足取り。カーライルはわずかに眉をひそめ、目を凝らす。そして、姿を現したその相手を見て、ほんの僅かに息を呑んだ。
目の前に立つのは――十年前の自分。
「また、お前か」
カーライルは呆れたように低く呟く。
鋭い眼光、無駄のない鍛え抜かれた肉体、そして両手に携えた双剣。その立ち姿には一切の迷いがない。恐れを知らず、ただ強さだけを求めていた、あの頃の自分。
過去のカーライルは冷たい視線で現在の彼を見据え、低い声で言い放つ。
「情けないな。これが俺の未来か?笑わせる。」
現在のカーライルは苦笑し、肩をすくめた。
「…そりゃ十年も足踏みしてりゃ、こうもなる」
「足踏み?それを言い訳にしてるのか?」
過去のカーライルは、不敵な笑みを浮かべる。そこには、一片の容赦もなかった。
「俺が前に出続けていたら、こんな無様な姿にはならなかった」
カーライルは無言で拳を握りしめた。あの頃の自分は、ただひたすらに突き進んでいた。目の前に立ち塞がるものをすべて斬り伏せ、迷いなく進み続けていた。あの時のままなら、きっと違う未来があったのかもしれない。
「どうした、黙り込むのか?」
過去のカーライルが、一歩踏み込む。その目には軽蔑すら滲んでいた。
「まあいいさ。俺が変わってやる。あの女が築き上げた封印は、もう綻んでいる。」
その言葉は現在のカーライルの胸に突き刺さり、静寂をさらに重くした。
「変わる…だと?」
カーライルの声は低く、警戒の色を帯びていた。彼はじっと目の前の過去の自分――いや、異形の己――を見据える。
過去のカーライルは力強く頷き、冷たく言い放つ。
「ああ。お前は力を失い、戦い抜く覚悟もない。だが俺にはそれがある。」
その瞬間、過去のカーライルの双剣が黒い雷を纏い始めた。揺らめく稲妻は生き物のように動き、白い空間を黒い光で染め上げていく。
「この力を解き放てば、すべてを終わらせられる。」
過去のカーライルの声は冷酷でありながら、揺るぎない自信に満ちていた。
現在のカーライルは、黒い雷を纏う双剣に目を向け、一瞬の沈黙の後、皮肉めいた口調で呟いた。
「…あの日、あの時の、あの力か。」
軽く笑いを漏らしながらも、その瞳には深い葛藤が滲んでいた。
「お前が前に出れば、何かが変わるかもしれねぇ。全滅するよりはマシだろう。死んじまえば、嬢ちゃんとの約束も守れなくなる」
苦悩を隠しながら、握りしめた拳をゆっくりと緩め、大きく息を吐く。
「お前の言う通り、十年前の俺に任せるってのも、悪くない選択かもな。」
「賢明な判断だ。」
若き日のカーライルは、勝ち誇ったように冷笑を浮かべた。その態度には、力への絶対的な信頼が宿っている。
「お前はただ見ていろ。俺がどう戦うか、その惨めな姿で見届けるがいい」
その言葉が響いた瞬間、白い空間に突然黒い扉が現れた。複雑な装飾が施されたその扉は、存在そのものが圧倒的な威圧感を放っている。扉の隙間から漏れ出る黒い気配が、空間全体を飲み込むようだった。
若き日のカーライルは扉に向かい、振り返ることもなく堂々と歩を進めた。その背中にはかつての強さそのものが刻まれているようだ。
「さぁ、俺の一人舞台の幕が上がる。お前は特等席から眺めるだけでいい。」
一言だけ言い残し、過去のカーライルは黒い扉を開き、その中へと消えていった。
現在のカーライルはその背中をじっと見つめ、低く呟いた。
「…力なき者は、舞台に立つことすら許されねぇ、か」
その声は空間に吸い込まれるように消え、再び無限の静寂が訪れた。そこに残されたのは、己の選択の結果と、渦巻く葛藤だけだった。
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