(12)幻影の源
目の前に立ちはだかる巨大な熊を前に、ロクスは冷静に口を開いた。
「カーライル、作戦を変更する。この巨体相手に長引く戦いは避けたい。ここで体力を消耗しては、先へ進むのが困難になる。」
カーライルは肩越しに巨大な熊を睨みながら、皮肉げに返す。
「どうする気だよ。あっちは俺たちを完全に餌だと思ってる。やる気満々ってわけだ。」
鬱蒼と茂る木々が太陽の光を遮り、昼間にも関わらず森の中は不気味なほど暗かった。薄暗闇の中で熊の巨体が威圧的に浮かび上がり、その存在感が二人の前に重くのしかかる。ロクスは周囲を見渡し、瞬時に判断を下した。
「この森の暗さが奴の優位なら、光を活かせばその優位を崩せる。」
決意を固めたロクスは、剣に光のマナを集中させ、短く指示を出す。
「カーライル、目を閉じろ。」
その鋭い命令の響きに、カーライルもすぐに従った。
「聖光閃!」
ロクスの剣から放たれた閃光が一瞬で辺りを照らし出す。暗闇に覆われていた森は、昼間のような明るさに包まれた。光に包まれた熊は激しい咆哮を上げ、完全に混乱しながら見当違いの方向へ突進する。その巨体が木々に激突し、地面に倒れ込む衝撃音が森全体に響き渡った。
光が徐々に落ち着きを取り戻す中、カーライルが目を開け、静かに息をつく。
「なるほどな。王命とやらでお前が嬢ちゃんの護衛に就いてから、色々と見慣れない技を拝ませてもらってるが…その魔法剣、随分と役に立つな。」
苦笑を浮かべながら、カーライルはロクスに視線を向けて続けた。
「天剣の騎士様が誇る剣技ってヤツか。十年前はお前、真似事みたいに剣にマナを纏わせて振り回してたが…なんとまぁ洗練されたもんだな。」
ロクスはわずかに口元を緩めたものの、すぐに目を伏せて静かに答える。
「あの時は…勢いよく突っ込むお前が前衛、それを私が後衛で補佐していた。そして全体の指揮と支援を担っていたのが…彼女だった。」
彼女の名を口に出すことはなかったが、言葉の余韻が二人の間に沈黙をもたらした。カーライルは視線を伏せ、地面を見つめる。その目には思い出が一瞬よぎるが、何も言わずに立ち尽くしていた。
ふと、倒れた熊の周囲に目を向けたカーライルの視線が、木々の根元に群生する灰色のキノコに留まる。光に照らされたそれは、不気味な輝きを放っていた。
彼は眉をひそめ、熊の近くへ歩み寄ると、漂う微かな香りに気づく。
「ロクス、この匂い…胞子だ。」
カーライルが顔をしかめながらキノコを指差す。
ロクスはカーライルの言葉に反応し、剣を収めるとキノコをじっと見つめた。その周囲から淡い霧のようなものが立ち上り、森全体に漂っている。
「これが原因か…。胞子が大地と大気のマナを混乱させ、幻影を生み出しているのだろう。」
カーライルは肩をすくめて提案した。
「吹き飛ばすしかねぇだろ。派手にやってくれ、頼むぜ。」
ロクスは無言で頷くと、剣に青白い光を纏わせた。その剣先が輝きを放ち、周囲の空気が震え始める。
「全て一掃する。」
声高らかに技名を叫びながら、ロクスは剣を大きく振りかざした。
「風刃閃!」
鋭い音を伴った風の刃が剣から放たれ、勢いよくキノコと胞子を薙ぎ払う。その力は周囲に漂う霧を瞬時に吹き飛ばし、鬱蒼としていた森の視界を一気に開けた。澄み渡った空気が喉を通り、不気味な気配は跡形もなく消え去った。
カーライルは肩越しに振り返り、皮肉めいた笑みを浮かべながらロクスを見た。
「さすがだな。これで少しは進めるってもんだ。」
ロクスは剣を収めつつ慎重な視線を森の奥へ向けた。
「だが、さっきの魔具で確認した位置が、胞子のせいで狂っていた可能性がある。再確認する。」
そう言って、ロクスは「探知の天球」を手に取り、天高く放り投げた。球体は淡い光を放ちながら空中を舞い、もう一つの球に森全体の光景を投影する。その輝きが木々の間を照らし、塔の位置が明確に示された。
「今度ははっきりした。あの塔は北西だ。このまま進めば間違いない。」
ロクスは天球を手元に戻し、静かに呟いた。その声には確信が込められている。
カーライルは短く息を吐き、両手の双剣をしっかり握り直した。
「分かった。早いとこ行こうぜ。嬢ちゃんを待たせるわけにはいかねえ。それに、倒れた熊が目を覚ますのも時間の問題だろうからな。」
ロクスは軽く頷き、二人は再び歩き出した。その足取りには迷いがなく、目指すべき塔への強い意志が感じられる。澄んだ森の空気が彼らの背中を押し、森の奥深くへと導くように静かに流れていた。
木々の影が風に揺れる中、二人の足音が静寂を切り裂いていく。森が再び静けさを取り戻しつつある背後では、倒れた熊の巨体が微かに動き始める気配があった。しかし、彼らは振り返らず、一歩一歩確実に進み続ける。その先に待つさらなる試練──それに挑む覚悟が、彼らの瞳に宿っていた。
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