(8)霧を纏う者
霧が深く広がる湖畔で、静寂が訪れたかと思われたが、それは一瞬の幻想に過ぎなかった。濃密な霧の中に再び異様な力のうねりが感じられ、空気がひどく冷たく重くなった。先ほど討伐した夜霧の獣たちとは全く異なる、得体の知れない威圧感が三人を包み込み、彼らの心に不安の影を落とす。
「またか…?」
カーライルが低く呟き、剣を抜いて周囲を見渡した。その鋭い眼差しは、既に次の戦闘を覚悟している。
「いや、さっきのとは違う…。」
ロクスが冷静な声で応じると同時に、霧の中にうごめく影を見つけた。彼の瞳がわずかに細まり、全神経を集中させる。
霧の中から、全身を濃霧で包まれた不気味な人影がゆっくりと現れた。その動きはまるで滑るようで、どこか人間離れしている。その姿には実体感がなく、見る者に異様な不快感を抱かせた。
「ほう…夜霧の獣を退けるとは、なかなかの腕前だ。」
低く響く声が霧の中から漏れ、冷たい笑みの気配を漂わせる。「だが、ここで終わりだ。我が主のため、この月光花を守らねばならぬ。」
「誰だ、お前は!」
カーライルが鋭い声で問いかけたが、その答えは冷笑と共に返ってくる。
「我が名はセラフィード。霧を統べる者だ。」
その声には不気味な確信が満ちていた。「お前たちの命、この場でいただこう。」
その言葉と同時に霧が激しく渦巻き、セラフィードの姿が一層曖昧になった。その身体は霧と化し、形を自在に変えながら三人を囲むように漂い始める。
「警戒しろ。霧そのものが奴の武器だ!」
ロクスが声を張り上げ、剣を構え直した。
「湿っぽい相手だな…!」
カーライルも双剣を構え、気配を研ぎ澄ませた。その背中には闘志が漲っている。
セラフィードが冷たい笑い声を響かせると、霧が鋭い刃となり、一気にロクスを襲った。ロクスは瞬時に剣を振り上げ、それを受け止める。金属音が戦場に響き、霧の刃は弾けるように散ったが、攻撃の嵐は終わらない。
「ほう…霧を裁くか。だが、それがいつまで続くかな?」
セラフィードの声が挑発するように響き渡り、霧の刃が幾重にも重なって襲いかかる。
ロクスは一歩も引かず、正確に剣を振り抜いて霧の刃をいなしていく。その隙を見て、カーライルが側面からセラフィードへ突撃する。
「闇だの霧だの!もう重々しいのはうんざりなんだよ!」
カーライルの双剣が霧の壁を切り裂き、セラフィードの本体に迫る。しかし、霧の身体は瞬時に分散し、敵は別の場所へと移動する。
「チッ、また霧か!」
カーライルが舌打ちすると、セラフィードがアルマの背後に姿を現した。霧が腕のように伸び、鋭い刃を形成して彼女に襲いかかる。
「アルマ様、後ろです!」
ロクスの叫びに反応し、アルマは素早く振り返った。
「聖光壁!」
アルマが咄嗟に展開した光の壁が霧の刃を弾き返す。
「流石だ、嬢ちゃん!」
カーライルが笑みを浮かべ、再びセラフィードに向かって突撃するが、セラフィードは不敵に笑みを浮かべたままだ。
「お前たちの力では、この霧の呪縛を断ち切ることはできぬ。」
霧がさらに濃くなり、三人の視界を完全に奪った。その中でセラフィードの声だけが不気味に響く。
「この霧に包まれた者はいずれ恐怖に屈する…」
「悪いな、死神を相手にしてきたばかりだ。こんな霧じゃ屈してやれねぇよ!」
カーライルが叫びながら剣を振るい、霧を手当たり次第に切り裂いていく。しかし、霧の刃が無尽蔵に押し寄せ、次第に三人を追い詰めていく。
「この霧はマナで出来たもの…上級魔法なら吹き飛ばせる可能性があるわ…!」
アルマが冷静に分析し、杖を掲げて詠唱を始める。
「嫌だけど、あの監査官が使ってた魔法を使うしかない…!」
「空に眠りし風の精霊よ、我が声に応え、嵐のごとくその力を解き放て。風の輪舞よ、今ここに顕現せよ!天嵐の舞踏!」
アルマの詠唱に応じて竜巻が発生し、霧を吹き飛ばそうとする。しかし、セラフィードの霧の力は竜巻を押し返すほどに強力だった。
「面で展開すると押し負けちゃう…一点突破しないと…!」
アルマが歯噛みする中、ロクスがその言葉を聞き、剣に風のマナを纏わせる。
「風刃閃!」
鋭い一閃が霧を切り裂き、セラフィードの姿が露わになる。
「ほう、やるな…だが私は霧そのもの。このような風など、取るに足りぬわ!」
セラフィードは再び霧の中へと姿を消した。倒す糸口は未だ掴めないまま。三人の戦いは、なおも終わりの気配を見せなかった。
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