表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~  作者: チョコレ
第一章 霊草不足のポーション
14/189

(12)静寂に響く誘い

 「さて、どこで監査官と話をするかだ。」


 カーライルは憩い処の窓越しに外を眺めながら低くつぶやく。


 「人目を避けるなら、魔石屋と宿の間にある広場だ。夜になると静まり返るし、誰も寄りつかない。」


「広場ね。」


 アルマは懐かしそうに目を細める。


 「子どもの頃、お父様によく『広場に置いていくぞ』って叱られたわ。確かに接触には最適ね。」


 カーライルは肩をすくめ、話を続けた。


 「仮に監査官が黒だと分かったら、どう動く?」


 アルマの瞳が鋭く光り、迷いのない声が返る。


 「まず、お父様に報告するわ。それから王子様にも詳細を伝える。監査官への対応は、その後で考えるべきね。」


 カーライルは眉間に皺を寄せ、深く息をつく。


 「だが、そんな奴が簡単に降参するとは思えない。きっと策を講じてくる。」


「大丈夫。」


 アルマは静かに微笑む。


 「私は領主の娘よ。何かあれば、私の知恵と魔法で切り抜ける。」


 自信に満ちた言葉の裏で、微かな緊張の影が揺れる。

 カーライルは心の中で苦笑し、コーヒーを飲み干した。


 (領主の娘だと誇らしげに言うわりに、酒場で愚痴ばかりこぼしていたのはどこの誰だったか…。)


 沈黙がしばし二人の間を埋めた。

 カーライルは再び窓の外を見つめ、思案を巡らせる。


「それにしても、監査官の真の目的が見えない。」


 カーライルはゆっくりと口を開く。


 「免許を与えるだけなら、報告書を操作すれば済む話だ。それなのに、特級ポーションを作らせ、盗難事件まで演出するとはな…。」


「確かに、それが一番の謎ね。」


 アルマは深く頷く。


 「特級ポーションを量産する必要がある理由が、どこかに隠されている。それを突き止めないと…。」


 カーライルは静かにカップを置き、視線を窓の外に固定する。


 「その答えは、夜の広場で掴めるかもしれない。」


 アルマも立ち上がり、真剣な表情で彼を見つめた。


 「ええ、準備をして待ちましょう。今夜が勝負ね。」


 夕方になり、街は静けさを取り戻し始める。魔石屋の周囲も、人々が家路に就く頃には喧騒が消えていた。


 やがて、夜が訪れる。


 魔石屋の扉が音もなく開いた。現れたのは、長い黒髪に紫の礼装を纏った監査官だった。洗練された動作と鋭い眼差しが、彼の冷徹な知性を物語っている。眼鏡の奥で光る目は、まるで全てを見通しているかのように冷たく輝いていた。


 店主は監査官が去るまで、頭を下げ続けるしかなかった。普段は陽気な彼ですら、圧倒的な威圧感の前では言葉を失い、萎縮していた。


 監査官は店主に一瞥もくれず、宿へと向かう。その足取りは迷いも急ぎもなく、静寂の中に威厳を漂わせていた。


 一方、アルマとカーライルは隠蔽魔法で姿を隠し、一定の距離を保ちながらその後を追っていた。


「…あれがいわゆるエリートってやつね。」


 アルマが小声で呟く。


 「見た目も仕草も完璧。カーライルとは大違い。」


 軽口を叩くものの、その声には不安が滲んでいた。カーライルは眉をわずかに動かしたが、反応を示さず、鋭い視線で監査官の動きを追っていた。


 夜の静寂に包まれた広場。


 冷たい空気が石畳を滑るように漂い、二人の足音さえも吸い込むような静けさが広がっていた。アルマとカーライルは監査官を追い、慎重に足を進める。広場が近づくにつれ、空気はさらに重く張り詰め、緊迫感が肌を刺すようだった。


 瞬間、監査官が不意に足を止めた。二人は息を呑む。監査官はゆっくりと周囲を見回し、冷たく響く声を放った。


「いるな。」


 静寂を切り裂くような低く鋭い声。


 「姿は見えずとも、その気配は感じ取れる。…二人か。」


 監査官の視線が、隠蔽魔法を貫くように鋭く巡る。

 冷たい刃のような目が二人を狙い定めた。


「隠蔽魔法で私の目を欺けると思うな。」


 監査官の声は冷徹だった。


 「大気のマナの乱れがすべてを示している。隠しても無駄だ。」


 広場の空気がさらに張り詰める。風さえも止まったかのような静寂の中、二人は身を潜めながら互いに目を見交わし、出方を探った。


「姿を現さぬなら…この広場を凍てつかせるまでだ。」


 監査官の言葉が響く。


 「お前たちの足元から霜を広げ、朝日が昇る頃には氷像と化すだろう。それが望みなら、好きにするがいい。」


 監査官の詠唱が始まる。

 低く、冷たい旋律のように響くその言葉が、空気を一気に冷え込ませる。


「氷の王よ、冥界より凍土の使者を呼び覚まし、この世を白き静寂に包め…」


 温度が下がる。

 吐息が白く染まり、肌にまとわりつく冷たさが広場全体を支配していく。


「カーライル、隠蔽を解除するわ。」


 アルマが小さく囁く。魔法が解け、二人の姿が夜の闇から浮かび上がった。冷たい風がアルマのローブを、カーライルの赤いコートを揺らす。


 二人の存在が、監査官の前に晒された。監査官は目を細め、静かに二人を見つめる。特にアルマに視線を定め、低く呟いた。


「金髪碧眼の少女…」


 その声には、冷淡な興味が混じる。

 アルマを品定めするような鋭い視線。


「領主の娘だったか。」


 嘲るような声が続く。


 「こんな夜更けに現れて、何を伝えたい?ご立派なお父上の命令でも届けに来たのか?」


 挑発的な笑みが、冷たい空気の中に滲む。

 しかし、アルマは微動だにせず、毅然とした態度で一歩前に踏み出した。


「監査官様、少しお時間をいただけますか?」


 静かで力強い声が広場に響く。

 碧眼が真っ直ぐ監査官を見据え、その態度には一切の迷いがない。


 監査官の目が鋭く細まる。

 冷淡な笑みがさらに深まる。


「ほう…領主の娘直々に頼まれるとは。面白いな。」


 その声には興味を装いながらも、底に冷酷な探りの意図が込められていた。風が監査官の外套を翻し、広場にさらなる緊張を運んでいた。

ページを下にスクロールしていただくと、広告の下に【★★★★★】の評価ボタンがあります。もし「続きを読みたい!」と思っていただけた際は、評価をいただけると嬉しいです。Twitter(X)でのご感想も励みになります!皆さまからの応援が、「もっと続きを書こう!」という力になりますので、どうぞよろしくお願いいたします!


@chocola_carlyle

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ