(64)目覚めと再会
カーライルは重いまぶたをゆっくりと開けた。ぼんやりとした視界に映るのは、薄暗い宿屋の天井だった。身体中に広がる鈍い痛みと、長い戦いの後のような疲労感が彼を覆い、まるで夢から覚めたばかりのような感覚が意識を霞ませていた。
何かを見た気がする。何かを知った気がする。しかし、その記憶は霧の中に溶け、掴みどころがない。ただ一つ、ここが王都の宿屋であることだけが確かだった。それ以外の全てが曖昧で、時間の流れすら不明瞭だった。
「何が…起きたんだ…?」
かすれた声で呟き、カーライルは静かな部屋をゆっくりと見渡した。視界に映るのは、見覚えのある木の柱と薄暗い天井。そしてふと、隣に感じた気配に気づく。誰かがそばにいる――ベッド脇の椅子に、アルマがうつ伏せになって眠っていた。
彼女は疲れ切った様子で、細い手をカーライルの手にそっと触れたままだった。周囲には包帯や薬草が散らばり、それが彼女の長い看病を物語っていた。彼女の浅い呼吸が静かな部屋に響き、それは彼を現実に繋ぎとめているように感じられた。
カーライルは、アルマの疲れた姿を見つめながら、胸の奥に重いものが押し寄せるのを感じた。彼女の小さな体が、どれだけの負担を背負い続けてきたのか――その姿を前に、彼の胸は締め付けられるような感覚に囚われた。
「…嬢ちゃん。」
かすれた声で彼女の名を呼ぶ。その声は空間に溶け、アルマのまぶたが微かに動いた。ゆっくりと目を開けた彼女の瞳が、カーライルの視線と重なる。驚きと安堵が入り混じった表情が彼女の顔に浮かび、小さな笑みを漏らした。
「…ようやく目が覚めたのね。」
アルマの声には安堵が滲んでいたが、その背後には疲労の色が隠しきれない。長い看病の重みと心配の念が、彼女の声と表情に込められていた。カーライルはその言葉に応えるように、弱々しい声で答えた。
「すまないな…世話をかけさせたみたいだ…」
アルマはその言葉に小さく頷き、軽く笑みを浮かべた。
「そうよ。誰かがやらなきゃならなかったから。仕方なくね。」
その言葉は軽やかに響いたが、その奥には深い感情が隠されていた。アルマは何事もないかのように振る舞っていたが、その微笑みの裏には彼を案じる気持ちが溢れていた。カーライルはその想いに気づきながら、どう答えるべきか分からず、言葉を失った。
「いいのよ、ゆっくり休んで。」
アルマの優しい声が、彼の心に染み渡る。その響きには、疲れた魂を包み込む暖かさがあった。カーライルは訪れた静けさに身を任せ、その瞬間だけは安らぎを感じた。
しかし、その安らぎは突然、外から聞こえる足音に破られた。
階段を駆け上がる音が、ドタドタと宿全体に響き渡り、静寂を無情に切り裂いていく。その足音は近づくたびに勢いを増し、まるで嵐の前触れのように迫ってきた。そして次の瞬間、宿の木製のドアがバーン!と音を立てて勢いよく開け放たれた。
「おい、あんちゃん! 無事やんか! 心配してたんやで!」
突如飛び込んできたのは、フィオラだった。そのエネルギッシュな姿は、まるで風そのものが吹き込んだかのように部屋全体を包み込み、つい先ほどまで漂っていた穏やかな空気を瞬く間に活気へと変えてしまった。
アルマは驚いたように目を見開き、カーライルも不意を突かれて無意識に顔をしかめた。さっきまでの静けさが、一瞬にして喧騒に変わる。
「フィオラ、もう少し静かに…」アルマが抑えた声でたしなめるが、その声はフィオラの勢いにかき消されてしまった。
フィオラはアルマの注意を全く気にせず、勢いよくカーライルのそばまで駆け寄ると、身を乗り出して彼の顔を覗き込んだ。瞳を輝かせた彼女は、無邪気な笑顔をカーライルに向けた。
「おお! 思ったより元気そうやん! 死神とやり合ったって聞いたから、命まで持ってかれたかと思っとったけど、大丈夫そうやね!」
彼女の言葉は、疲れた部屋の空気に生気を注ぎ込むかのように勢いよく続き、フィオラの存在は嵐のようにその場を活気で満たしていく。
カーライルはため息をつきながら、ややうんざりした様子で返した。「お前の方こそ…大丈夫そうだな。」
フィオラはその言葉にケラケラと笑い声をあげた。「そや! ヒュージスケルトンなんて、ウチの敵やなかったわ!」
彼女の無邪気な言葉に、カーライルは再びため息をついたが、その無垢な笑顔にどこか心がほぐされるのを感じていた。
「というのは冗談でな! 絶体絶命のピンチやったけど、ロクスって名乗った天剣の騎士が助けてくれてん。めっちゃ強かったで! あんな凄い人、初めて見たわ! 今度ちゃんとお礼しに行かんとな思てな!」
「…ロクスが?」
カーライルの表情が一瞬変わり、その名を反芻するように呟く。だがフィオラは気づく様子もなく、話を続けた。
「そうや! あんな凄い騎士さんにはちゃんとお礼しとかんと、ウチ失礼やん? ま、ウチが勝手にやられそうになっただけやけどな!」
アルマは呆れつつも微笑みを浮かべ、賑やかなフィオラの様子を見守っていた。一方、カーライルは再び目を閉じ、フィオラの言葉に含まれたロクスの名前を胸の中で反芻し、深い思索に沈んでいった。
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