(61)消えぬ懸念
─ 同時刻、王城 ─
王城の一室で、第三王子シオンは静かに佇んでいた。その姿は、凛とした威厳と静寂が調和し、部屋全体に張り詰めた空気を漂わせている。彼の視線は部屋の中央に浮かぶ赤い盤に注がれていた。その盤には、王都全体と、それを覆うように点在する五つの黒い影が映し出されている。シオンの鋭い瞳はその影を一つ一つ確かめるように見つめていたが、その表情には驚くほどの冷静さが保たれていた。
部屋の空気は静まり返り、ただシオンの呼吸音と、盤の上で微かに揺れるマナの波動が響くのみだった。王都防衛の重責が彼にのしかかる中、シオンは動揺を微塵も見せず、決戦の行方を静かに見守っていた。
やがて、盤上の黒い影がゆっくりと薄れ始めた。それは、五芒星の結界が解かれるように、一つまた一つと消え去っていく。その変化を見届けると、シオンは小さく息をつき、短く呟いた。
「…決着したか…!」
その声には、緊張の中にも確かな安堵が滲んでいた。盤の上では、王都を守り抜いた証として金色の天剣の騎士団と銀色の魔導機兵が輝いている。防衛戦の勝利を象徴するその光景に、シオンは冷静な眼差しを向けつつも、未だ消えぬ違和感に視線を留めていた。
盤上の影が完全に消え去る中、南側に現れていた大きな黒点についての疑念が彼の胸に残る。それは主要な戦力の展開していない地点で出現し、何事もなく消えていた。未確認の勢力が絡んでいたのか、それとも未知の力が働いていたのか。だが今は、その追及を後回しにすべきだとシオンは冷静に判断した。
「誰が打ち破ったのかは分からないが…何にせよ、王都は守られた。」
静かに響いた彼の言葉は、部屋に満ちる緊張感をわずかに和らげた。盤の上には、金と銀の光だけが残り、王都が平穏を取り戻しつつある様子が映し出されている。しかし、シオンの瞳には未だ消えぬ警戒の色が宿り、その奥には深い思索の影が漂っていた。
彼は盤を見つめながら小さく息を吐き、未来に待ち受ける責務を静かに見据えた。
「だが…明日からは事態の説明と復興の手続きが待っているな…」
その言葉は静かでありながら、重厚な響きを持っていた。戦闘が終わり、戦場を離れた今でも、彼の肩には新たな責務が容赦なくのしかかっている。復興に向けた手続き、来賓たちへの報告、そして戦いに貢献した各機関への感謝の表明――そのすべてが彼の心に重くのしかかり、冷静な彼をなお一層引き締めていた。
ふと、シオンの脳裏に父王と兄たちの姿が浮かんだ。父は東の国境地帯に、兄たちは南の国境地帯にいるが、今回の事態を受けて王都に戻ってくる可能性は低いだろう。
「兄上たちは今回の報せを聞いて前線から戻ってくるだろうか…いや、戻ってこないだろうな。書類作業が嫌いだし、復興なんて彼らの柄じゃない。また僕に回ってくるんだろう…」
その呟きには、十五歳の若さに似つかわしくない苦悩が滲んでいた。シオンは王家の一員として、幼い頃から重責を背負い続けてきた。使命感が彼を支えている一方で、背負う現実の重みと自らの未熟さが釣り合わないことに、時折、孤独感を覚えずにはいられなかった。
「全く…モンスターとの戦いは終わったというのに、僕の戦いはまだまだ続く…」
自嘲気味に呟きながら、シオンは肩をすくめた。戦場の激闘が終わっても、待ち受けているのは行政や外交といった新たな戦いだった。それは逃げることのできない運命であり、シオンはその現実を誰よりも理解していた。それでも、心のどこかには抗いがたい疲労感が漂っていた。
しかし、彼が背負う責務の中には、未解決の謎が暗く横たわっていた。シオンは立体地図に視線を戻し、深い思索を重ねる。その瞳には、まだ解明されていない異常な現象への疑念が浮かんでいた。
「ただ…原因が掴めない。魔道回路の履歴を調べても、不穏なやり取りは一つも見つからない。ただ起こったのは、二つの光の柱だけだ…」
宿街通りに突如現れた異様な光の柱と、さらに不安を煽る王都北部の王立魔法研究所から立ち上った巨大な光。その二つの光景が、彼の胸に新たな不安を呼び覚ましていた。
「母上の研究所…」
その名を口にしたとき、シオンの声には疑念と不安が滲んでいた。王妃である母が進めていた研究が、この異常事態に関与しているのではないか。その可能性が彼の胸中に静かに影を落としていた。
「母上が指揮を執る魔法の研究が…この不穏な現象の原因でなければいいが…」
その呟きは祈りにも似ていた。母親の研究が今回の事件の引き金となっているかもしれないという思いが、彼の思考を支配していた。
シオンは赤い盤上をじっと見つめ、眉間に皺を寄せた。表向きには王都は守られた。しかし、彼の胸に重くのしかかる未解決の謎が、その平穏が仮初のものであることを示していた。
「解決しない限り…真の平穏は訪れない。」
その決意を胸に、シオンは次なる行動を静かに思案し始めた。
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