(43)舞い降りた守護者
王城から飛び交う魔道騎兵への指示が戦場を律している間も、物語の焦点は再び南門近くに戻る。
フィオラは孤立し、戦場の只中に放り出されていた。背後には、執拗に迫り来るヒュージスケルトン。その巨体が大地を震わせ、鈍重な足音が恐怖を煽る。周囲からは瓦礫の影を縫うようにゴーストやグールが現れ、彼女の逃げ道を確実に塞ごうとしていた。
「ここで立ち止まるわけにはいかへん…!」
フィオラは息を切らせながらも走り続けた。頭の中では次々と策が巡らされている。ただ逃げるだけではなく、何か使える素材を探し、敵を打ち払う手段を模索していた。石畳の上には、避難を急いだ人々が残した荷物や雑多な物が散乱していた。割れた陶器の破片、木箱の残骸、布切れ…普段なら目にも留めない廃品が、今や命を繋ぐための貴重な材料に見えた。
「後で返すで!お代は…いや、勘弁してや!」
冗談めかしてつぶやきながらも、その手は止まらない。フィオラは走りながら次々と素材を拾い上げ、素早くアルカナカノンに投入した。
露天街の跡地を駆け抜ける中、彼女の目に留まったのは金属片と火薬のような粉だった。フィオラの顔に決意が浮かび上がる。「これや!」 彼女はそれらを拾い上げ、即座にカノンに装填した。
「ドゴォン!」
轟音とともに砲撃が放たれる。巨大な砲弾は空を裂き、グールの群れの中心で炸裂した。爆発の衝撃で地面が揺れ、腐敗した肉体が粉砕されていく。灰が風に乗って舞い上がり、戦場の一角が一瞬静寂に包まれた。フィオラは胸に小さな勝利感を抱いたが、それも束の間だった。
彼女の視線の先には、ヒュージスケルトンが依然として迫り来る。その赤い瞳が冷たく光り、まるで彼女を見下ろしているかのようだった。圧倒的な巨体が鈍重な足音を響かせ、確実に距離を詰めてくる。その存在感は、まさに死の具現そのものだった。
「くっ…これでも倒れへんか!」
フィオラは焦燥を隠せず、再び目を巡らせた。冒険者が落としていった月光樹の破片と風の魔石の欠片が目に留まる。彼女は素早くそれらを拾い上げ、即座にカノンにセットした。装填が完了すると、銃身が青白い光を放ち始め、風が彼女の周囲で渦を巻く。
風が聖なる光をまとい、敵の群れを包み込むと、ゴーストやグールが一瞬にして動きを止めた。次の瞬間、彼らは光に飲まれ、霧散していく。その光景にフィオラは安堵を覚えた。
「やったで!」
勝利の感覚が胸に広がる。だがその直後、ヒュージスケルトンの巨体がなおも揺るぎなく迫ってくるのが目に入った。その赤い瞳には一切の変化がなく、聖なる光を拒絶するかのように、彼女を睨み続けていた。
「これでもアカンのか…!」
フィオラは苦々しく呟き、次の一手を探した。だが、目の前には瓦礫と廃品ばかりが転がっており、これ以上強力な素材は見当たらない。焦りと恐怖が彼女の心を蝕む。額には冷たい汗が滲み、呼吸が荒くなる。
ヒュージスケルトンは、その圧倒的な存在感でフィオラをじりじりと追い詰めていた。冷酷な巨体が大地を踏みしめるたび、震動が体に響き、彼女の心をも押しつぶそうとする。赤い瞳の無機質な光が、まるで彼女の命を計る秤のように冷徹に見下ろしていた。それでもフィオラは足を止めなかった。
しかし、ついに逃げ場は尽きた。背後には無慈悲な石壁がそびえ立ち、逃れる術を完全に遮断している。目の前では、ヒュージスケルトンが巨体を揺るがせながら、冷徹に迫っていた。その存在感は運命そのもののように圧倒的で、彼女の周囲の空気を重く支配していた。胸を締めつける威圧感は、息をすることすら許さないかのようで、絶望が全身をじわじわと侵食していく。
「なんか、走馬灯を見ること増えた気ぃするなぁ…」
フィオラは皮肉めいた独り言を漏らし、わずかに笑みを浮かべた。その軽口は、押し寄せる恐怖に対抗するための小さな反抗のようにも思えたが、その笑顔の裏には薄暗い諦めが滲んでいた。だが、その軽口さえも、振り下ろされる巨大な骨の腕の前では無力だった。
骨の腕が高々と掲げられる。冷たい空気を引き裂くような音が耳を劈き、その動きには圧倒的な破壊の意志が込められていた。その瞬間、時間が異様に引き伸ばされるように感じられた。周囲の音が遠のき、世界が不自然な静寂に包まれる中、フィオラの視界には、ぼんやりと揺れる光が滲んで見えた。
「ここまでか…まあ、ウチが引き起こしたことやから、これは因果応報やな…」
フィオラは静かに呟いた。その声には、迫り来る終わりを受け入れたかのような覚悟が宿っていた。全身から力が抜け、膝が崩れるように落ちそうになる感覚が広がる。視界は徐々に暗転し、まるで深い闇の中に沈み込むようだった。
――その瞬間、突如として目の前を強烈な閃光が貫いた。
あまりにも突然の出来事に、フィオラは息を呑む。蒼白い光が天より降り注ぎ、巨大なヒュージスケルトンの体を貫いた。その一撃は、まるで神々の雷が直撃したかのような圧倒的な力を持ち、周囲の空気すらも震わせ、戦場全体を一瞬にして静寂に包み込んだ。
青白い光がヒュージスケルトンの骨を瞬時に焼き尽くし、その輝きは骨の髄まで染み渡っていく。フィオラが呆然と見つめる中、巨体を支えていた一本一本の骨が、重々しい音を立てながら次々と砕け散り、まるで塵となって四方八方に散り散りに崩れ去っていく。轟音と共にその骸骨は地に叩きつけられ、瓦礫の山と化す瞬間、その姿はまさに天の裁きが下ったかのような荘厳さと畏怖を抱かせた。
骨の破片が宙を舞い、やがて重力に引かれるようにゆっくりと地に落ちる。ヒュージスケルトンの巨体が一撃で崩壊するその瞬間、まるで世界が一瞬だけ静止し、その後、再び動き出したような感覚がフィオラを包み込んだ。砕け散った骨の破片と共に冷たい風が戦場を吹き抜け、死霊の支配する闇の中に、一筋の光が差し込んだかのような静けさが広がった。
耳をつんざくような破壊音が静かに消え去り、フィオラは恐る恐る目を開ける。先ほどまで目の前に立ちはだかっていたはずの巨大なヒュージスケルトンは、今や粉々に砕けた瓦礫のように無力な残骸をさらしている。あれほどの威圧感を放っていた巨体が消え去り、もはや彼女に触れることすら叶わぬ無力な塵と化していた。
その壮絶な光景の先に、フィオラの視界に飛び込んできたのは、金色の装飾が施された銀色の鎧を纏った一人の騎士だった。彼はまるで天から舞い降りた守護者のように荘厳で、光を背負い、戦場に新たな秩序と希望をもたらすかのように堂々と立っている。その騎士の姿は、死霊たちの支配する闇を切り裂く光そのものであり、フィオラの心に消えかけていた勇気を再び灯した。
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