(40)恐怖と混乱
王都各地では激しい戦闘が繰り広げられ、街は死霊系モンスターに包囲されていた。石畳の道には逃げ惑う群衆の絶叫と悲鳴が響き渡り、それに混ざるモンスターの咆哮が地獄のような光景を描き出していた。街は混乱に飲まれ、暗闇と恐怖に覆い尽くされていた。
その中で、アルマは動じることなく杖を握りしめ、前方に立ち塞がる死霊を次々に焼き尽くし、凍らせ、砕いていった。火と氷の魔法が暗闇を切り裂き、敵を瞬く間に霧散させる。だが、死霊の群れは湧き出るように途切れることなく押し寄せ、戦況はなおも厳しいままだった。混沌と悲鳴が渦巻く中で、アルマの目指す先はただ一つ――宿屋。そこにはフィオラがいるはずだった。
マナの消耗がアルマの身体を徐々に蝕む。それでも彼女は進むのを止めなかった。倒れた人々や迫りくるモンスターを振り払いながら、一歩一歩、力強く前へ進む。その姿は、絶望の中で輝く一筋の光のようであり、混乱の街に残るわずかな希望そのものだった。
一方、カーライルは苛立ちと焦燥に駆られていた。手に武器はなく、素手で死霊に立ち向かうことの無謀さを理解している。それでも心は燃え上がり、その思いが彼を宿屋へと急かせていた。「くそっ…」と呟く声は虚しく夜風に散り、石畳を踏む足音だけが焦燥感をさらに煽る。
その時、彼の目に映ったのは、戦場で奮闘するアルマの姿だった。彼女の魔法が死霊を次々に撃ち倒す様に畏敬の念を抱きつつも、無力な自分への悔しさが胸を締め付けた。拳を握りしめる手には血が滲むほどの力が込められていたが、それでも彼は走り続けた。今の彼にできることは、ただ前に進むことだけだった。
ついにアルマは宿屋の前に到着した。息を切らし、疲労が全身を覆っていたが、扉を押し開け中に入る。そこにはまだモンスターの侵入はなく、フィオラがいた。だが、その顔には困惑と焦燥がはっきりと浮かんでいる。
「うち…やってもうた…」フィオラの声は震え、小さく掠れていた。「なんでか分からんけど、コアが…ぴかっと光って…!」
断片的な言葉から、彼女が自分でも何が起きたのか理解できていないことが伝わった。震える手と恐怖に見開かれた瞳が、彼女の動揺を物語っていた。アルマはその姿を見ても冷静さを失わず、しっかりと彼女の目を見据えた。
「落ち着いて!」鋭い声が宿屋の空気を切り裂いた。アルマはフィオラに近づき、両肩を掴むと力強く言葉を投げかけた。「ここにじっとしていたらモンスターに攻め込まれるだけよ。今は戦うしかないの!」
その言葉に、フィオラの震えていた表情が徐々に落ち着きを取り戻す。息を呑み、静かにうなずいた彼女の瞳には、一筋の光が宿っていた。しかし、その奥に潜む不安は消えていなかった。
「でも…素材が全部尽きてもうた…」フィオラは肩を落とし、途方に暮れたように呟いた。「魔具はあるけど、どれもこれもマナが空っぽや…こんなんじゃ、何もできん…」
その言葉には深い無力感が滲んでいた。自分の無力さを嘆くフィオラに対し、カーライルが前へと進み出た。
「フィオラ、双剣はどこだ?」彼の声には静かな決意が込められていた。
フィオラは驚きに目を見開きながらも、宿屋の片隅を指差した。そこには双剣が無造作に置かれていた。カーライルは無言でそれを手に取り、冷たい刃の感触を確かめた。手にした瞬間、失いかけていた力が体中に戻ってくるのを感じた。彼は剣を軽く振り、風を切る音に覚悟を深めた。
「これで…戦える。」カーライルの声は低くも確かな決意を帯びていた。その瞬間、彼の存在が宿屋の中に新たな力をもたらしたようだった。
アルマは素早くフィオラに向き直り、力強く告げた。「南門を目指すわ!モンスターの動きから見て、北側に集まっているみたいだった。南から脱出するのが得策よ。」
彼女の指示に、カーライルは深く頷いた。剣を握る手に力が込められ、刃は微かに輝きを帯びていた。それは再び彼の胸に灯った闘志の象徴だった。
彼らは最低限の装備を整え、宿屋を後にした。扉を開けた瞬間、モンスターの咆哮と悲鳴が耳をつんざくように響いた。王都全体が恐怖の渦に飲まれ、音の全てが闇夜に響き渡っていた。
だが、カーライルとアルマの目には揺るぎない決意の光が宿っていた。その光は闇を裂く道標となり、彼らは絶望に包まれた街の中を力強く進んでいった。
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