(37)救済の戦場
── 魔導騎兵がシオンの指揮のもと動き出したその刻。
王都東部、女神の聖堂
聖堂内は、戦場の喧騒から切り離された静寂と荘厳さに満ちていた。石造りの高い天井に掲げられた円環のシンボルが信仰の象徴として穏やかな輝きを放ち、空間全体を神聖な雰囲気で包んでいた。だが、その静寂を切り裂くように、突然、色鮮やかなステンドグラスが激しい音を立てて砕け散る。飛び散る破片が床に散らばると同時に、窓から骨ばかりのスケルトン兵たちが侵入してきた。彼らは禍々しい瘴気をまとい、聖域そのものを侵蝕しようとするかのようだった。
それでも、聖堂の神父とシスターは微動だにせず、祈りを捧げ続けていた。祭壇の前に立つ神父は深く息をつき、静かに円環の形に手を組み、力強い祈りを紡ぐ。
「やれやれ…安息を求める迷える魂に、我らが導きを示す時が来ましたか。」
その静かな声には揺るぎない信念が宿り、スケルトンたちの侵入を神の試練の一部と受け止める確固たる意志が感じられた。
隣に立つシスターもまた微笑を浮かべ、手を祈りの形に組んだまま言葉を発する。「この円環が示す通り、私たちの役目は魂を再び神の元へ導くこと。それが訪れた時には、迷わずそれを全うするのみです。」
スケルトンが冷たい石床に足を踏み入れると、神父はゆっくりと祭壇の上に置かれた銀の円環を手に取り、それを高々と掲げた。すると、円環から淡い光が広がり始め、空間全体を静かに包み込む。その光は瘴気を徐々に浄化し、侵入者たちの動きを封じていった。
「女神よ、あなたの光で闇を祓い、迷える魂を安息へと導きたまえ。」
神父が唱える聖句に呼応するように、光は一層強く輝き、スケルトンたちはその光の中で動きを止める。そして安らぎを得たかのように次々と崩れ落ち、骨となって床に散っていった。
シスターは祈りの中で静かに聖水を手に取り、その透明な液体をスケルトンの残骸に振りかける。すると、骨が黒い煙を上げながら砕け、音もなく消え去っていく。彼女はその様子を見届けると、穏やかに呟いた。「また一つ、安息へと導かれましたね。」その瞳には、迷える魂への慈愛と哀れみの光が静かに浮かんでいた。
しかし、状況は終わりではなかった。砕け散ったステンドグラスの破片から漂い始めた黒い霧が渦を巻き、低く唸るような音を立てると、複数のシャドウゴーストがその姿を現した。
彼らは墓地に漂う無垢な霊とは異なり、全身を覆う濃厚な暗黒のマナが邪悪そのものを物語っていた。その黒い霧は聖堂の神聖な光に触れるたびに揺らめき、まるでそれを嘲るかのように神父たちの周囲を旋回し始める。
神父はその様子を冷静に見つめ、低く嘆息を漏らす。「光だけでは還らぬ魂もいる…どうやら、シャドウゴーストか。」
彼は一歩前に進み、静かに銀の円環を再び掲げる。周囲の空気が凛と張り詰め、神父の声が聖堂内に響き渡る。
「女神の御前に現れるとは、なんとも不思議な巡り合わせだ。だが、ここは生ける者のための聖域だ。受け取れるのは女神の裁きのみと知れ。」
その声には圧倒的な威厳が宿り、彼の手元の円環が眩い輝きを放ち始める。神聖な光が次第にその強さを増し、やがて円環は小さな太陽のごとき存在へと変わる。その光はすべての闇を照らし、不浄なる者には恐怖を与え、無垢なる者には安らぎをもたらす。
「行きなさい、女神の御光をもって闇を断て。」
神父の声と共に放たれた円環は、鋭い光の刃となり、闇を切り裂くように飛翔した。その軌跡は聖なる意志そのものを体現し、シャドウゴーストたちを次々と浄化していく。暗黒のマナが光に触れた瞬間、ゴーストたちは霧のように溶け、完全なる救済を受け入れるかのように消え去った。
円環は弧を描きながら神父のもとへと戻り、その手に収まると同時にその輝きも静かに消えていった。神父は円環を両手に乗せ、深く頭を垂れて静かに祈りを捧げた。
「恐れることはありません。女神の光は、すべての魂を安息へと導くのです。」
その声は聖堂の静寂に響き渡り、砕けたステンドグラスの破片が床に散りばめられた光の粒と共に、まるで楽園の一端を思わせる荘厳な風景を作り出していた。神父とシスターは静かに跪き、再びその場で祈りを続けた。女神の聖域には深い静けさが戻り、まばゆい光がすべてを浄化した余韻だけが空間に漂っていた。
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