(34)守護の意思
第三王子シオンは、荘厳な王城の廊下を独り進んでいた。張り詰めた静寂が周囲を包み、来賓はすでに地下室へ避難している。護衛たちは王家を守るためにそれぞれの持ち場に散り、見張りの緊張感が漂う中で、シオンの足音だけが際立っていた。その足取りには一片の迷いもなく、進むべき道がすでに彼の中で決まっているかのようだった。
「殿下、どうかお戻りください!ここは我々にお任せを!」と、必死な声で家臣たちが後ろから呼びかける。彼らの焦燥が痛いほど伝わり、どうにかしてシオンを思い留まらせようと懇願を続ける。しかし、その叫びも、王子の揺るがぬ決意の前では無力だった。
「この王都を守るのは、王家の責務だ。それを放棄しろと?」シオンの声は冷たく深く響き渡り、石壁の隅々まで染み込む。その声には、古の誓いを再び刻むかのような威厳が満ち、厳粛な残響が場を支配した。家臣たちはその言葉に息を呑み、凍りついたように言葉を失い、ただ立ち尽くすのみであった。シオンの背中は微動だにせず、黙してその一途な決意を語っていた。家臣たちはその姿に圧倒され、反論すら許されない雰囲気の中で、彼の覚悟をひそかに心に刻み込むしかなかった。
やがて私室に戻ったシオンは、重たい礼服を無造作に脱ぎ捨て、ようやく肩の力を解き放った。ひとつの長いため息を吐き出し、胸に積もる重圧を少しでも紛らわせようと、彼は低く自嘲気味に呟く。
「ダンジョンでの儀式を終え、表舞台に立つ王家の一員となった筈だが…。やはり皆の目に映る僕は、王家の装束を身に纏おうとも、ただの若造に過ぎないのだろうな…」と、彼の呟きは、静かな室内に溶け込み、かすかな共鳴を残しながら静かに消えていった。
その瞬間、シオンの瞳に無力感の陰が揺らめいた。どれだけの覚悟をもって王家の重責に応えようとしても、重臣や家臣たちにとって彼は「ただの少年」でしかない。彼の心に宿る理想や覚悟も、彼らには幼稚な理想論としてしか映らず、決して揺るぎない信頼へと結びつくことはない。形式上は王家の後継者の一人でありながら、誰ひとりとして真の信頼を寄せない現実が、鋭利な刃のように彼の胸を締めつけていた。
孤独の中で、シオンの銀髪は冷たくも強い輝きを増し、その紅い瞳の奥には新たな決意の光が宿った。誰にも頼ることなく、ただ一人で王都を守り抜くという覚悟が、彼の内に湧き上がる。静かでありながら燃え盛るその炎は、瞳の奥底に揺るぎなく宿り、彼の視線は未来を射抜くかのように鋭く光り続けていた。
「それでも…僕は王家の一員として、責務を果たす」
シオンは深く息を吸い込み、冷徹な声で一言を告げた。
「魔導展開」
シオンがその言葉を静かに告げると、彼の手の中に円形の盤面が重厚に浮かび上がった。深紅のマナが凝縮し、王都の全景が荘厳な輝きの中で精緻に描き出される。北には王立魔法研究所、西には冒険者たちの拠点であるギルド、東に佇む神聖なる聖堂、そしてすぐ南には学び舎である王立魔法学院—それぞれが神々しいまでの精密さで刻まれ、王都全体がシオンの掌中に宿っているかのように立ち上がっていた。
無限に続くかのような緻密さで描かれた街道や建物は、王都の命運がまさにシオンの手に委ねられていることを象徴し、盤面の淡い半透明の光が辺りに反射して空気をさらに重厚に包み込んでいく。その静かな緊張感の中、シオンの瞳には冷厳な決意が宿り、彼の表情には揺るぎない覚悟が刻み込まれていた。
「魔道回路は、今でこそ通信手段として用いられているが、それは平時に限った話だ。本来の魔道回路とは、初代国王が建国に際して王国に刻み込んだ守護の仕組みに他ならない。回路上のマナの動きを掌握し、あらゆる脅威に対して即座に最適な対応を取るために備えられた、まさに王家の意思そのものなのだ。」
シオンの言葉には、王家の誇りを背負う者としての決意が込められており、彼の口調はまるで自身がその意志の体現者であるかのように力強く響いた。脅威に立ち向かうための確固たる信念が彼の声に宿り、場の緊張感を一層引き締めていた。
この盤面は単なる象徴ではなく、王都を守護する神聖な盾そのものであり、シオンの意志に応じてあらゆる戦術を自在に編み上げる力を秘めていた。深紅の輝きは都の運命を静かに映し出し、王都全体が彼の掌中で守られているかのように威厳を放っていた。
「聖天の魔道師団は父上と共に東の国境の山岳地帯、兄上たちの部隊は南の国境の砂漠地帯…その不在が今、痛い。休戦協定が破棄された今、全軍を王都に戻すことは現実的ではないし、間に合わない…」
シオンの声は冷然と響き、彼の前に浮かぶ魔法陣の紅い光は次第に深まり、その色がまるで血のように深く濃く、彼の瞳に映り込んだ。しばらくの沈黙が流れる中、シオンは微かに微笑を浮かべたが、その笑みも刹那で消え、瞳には冷徹な決意と鋭い陰りが差し込んだ。
「だが、母上が指揮する天剣の騎士団は、既に王都全域に展開している。…さすがだ」
シオンの視線は、盤面に映し出された王都の各地へと注がれていた。そこには、銀色の輝きを放つ無数の光点が、王都の要所に整然と配置されている様子が映し出されている。それらは天剣の魔道師団を象徴する光であり、都市全体を包み込む堅固な防衛線を形成していた。銀の光は冷ややかでありながら聖なる輝きを帯び、まるで王都を守護する盾そのもののように見えた。
だが、その防衛線に迫る影が、盤面上に徐々に浮かび上がる。黒い点が次々と現れ、それは死霊の軍勢を象徴する不気味な影だった。王都の外縁からじわじわと浸透していく黒い点は圧倒的な数を誇り、防壁へ迫る勢いは留まることを知らない。その影は王都の内部にも忍び込み始め、光と闇の対立が盤面を支配していく。
シオンはその様子を黙然と見つめ、冷静ながらも力強い声で口を開いた。
「しかし、数が多すぎる…。天剣の騎士団だけでは、やがて限界が来る。このままでは、時間の問題だ。」
彼の言葉は、盤面に映る王都の運命を重く覆うかのように響き渡った。その瞬間、シオンの内に秘められた覚悟が一層強く研ぎ澄まされていく。放たれる魔力は冷たく鋭い光を帯び、彼の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
「この王都は、僕が必ず守る。王家の一員として、僕にしかできない方法で。アルマ殿、見ていてくれ…!」
その静かな誓いの言葉は、闇夜に風が舞うように空気に溶け、厳かに広がっていった。
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