(8)暴走都市エデルハイト
夜の酒場は、徐々に静けさを取り戻しつつあった。カーライルはいつもの席に腰を下ろし、ジョッキを片手にぼんやりと思索にふける。周囲から冒険者たちの愚痴が漏れ聞こえる中でも、彼の思考はアルマに向いていた。
彼女が工房で何を掴んできたのか。それがどんな真実に繋がるのか。普段は泰然としているカーライルも、今夜ばかりは落ち着かない様子だった。
突然、酒場の扉が勢いよく開く。振り返ると、そこに現れたのはアルマだった。 彼女は周囲を一瞥することもなく、一直線にカウンターへ向かう。その足取りからは、確かな目的が感じられた。カウンターに腰掛けたアルマは炭酸水を一口飲み、軽く息をつく。
そして、まっすぐカーライルを見つめる。その瞳には、強い決意が宿っていた。
「ちょっと話があるの。」
アルマが切り出す。
カーライルはジョッキをテーブルに置き、彼女を見据えた。
「工房の件、どうだった?」
アルマは誇らしげに微笑む。
だが、その声には焦りが滲んでいた。
「工房の職人に話を聞いてきたわ。霊草が届かない状況が一か月以上続いてる。でも、熟練の職人たちは『重要な作業がある』としか言わない。それに、免許更新の話も出てきたの。」
カーライルは肩をすくめ、軽く頷く。
「そういや魔石屋でも似た話を聞いたな。免許の更新準備で、一時的に営業を止めてるって愚痴ってた。」
アルマは驚きの表情を浮かべ、身を乗り出した。
「免許更新って?」
「マナを扱う者にとって、免許の更新は重要な儀式だ。三年ごとに監査が入る。基準をクリアできなきゃ免許取り消し。霊草みたいな高濃度のマナを扱う工房ほど厳しい。」
カーライルの声には、過去の危険な事例への警鐘が込められていた。
「一歩間違えれば、マナの暴走や爆発が起きる。そうなりゃ工房どころか、周囲も巻き込むことになる。」
アルマは険しい表情を浮かべ、学院の授業を思い出したように呟く。
「暴走都市エデルハイト…。」
その言葉に、カーライルは目を細めた。
ジョッキを置く動作には重みがあった。
「ああ、あの事件だ。」
「十年前、この街と同じようにダンジョンを拠点にして栄えてた都市だ。だが、魔石屋の店主が管理を誤り、魔石に閉じ込められたマナが暴走した。」
ジョッキの縁を指でなぞりながら、彼は続ける。
「一つの魔石なら、店が吹き飛ぶ程度で済んだかもしれない。でも、暴走したマナが周囲と共鳴して、連鎖反応が次々に起きた。」
アルマは息を詰め、話に聞き入る。その瞳には、過去の悲劇への恐怖と驚愕が浮かんでいた。
「結果、街全体が吹き飛んだ。それ以来、あの地は『暴走都市』と呼ばれてる。」
その言葉には、ただの歴史的事実を超えた重みがあった。
アルマはその話を聞き、小さく震える手を膝の上で握りしめる。
「だからこそ、今の免許制度がある。」
カーライルは静かに続ける。
「マナを扱う者は、厳格な基準をクリアしなければ免許を取れないし、更新もできない。それが事故を防ぐ最低限の仕組みだ。」
アルマは頷く。
だが、その表情には深い考えが宿っていた。
「でも、それなら工房の職人たちにもっと説明があってもいいはずよ。」
アルマの声には焦燥が混じる。
「『重要な作業』なんて曖昧な言葉で濁す必要なんてない。」
カーライルは彼女の言葉に応じて頷く。
ジョッキをゆっくり飲み干した後、真剣な目を向けた。
「その通りだ。普通なら隠す理由はない。何か裏で動いてる。 おそらく、それが問題の核心だろう。」
アルマはその言葉を深く受け止め、先ほどまでの不安を拭うように頷いた。
彼女の瞳には、新たな決意の光が宿っている。
「分かったわ。もっと調べてみる。」
アルマの声は静かだったが、確かな意志が込められていた。
「ありがとう、カーライル。」
立ち上がったアルマは、振り返ることなく酒場の扉へ向かう。その足取りには、若さと情熱がみなぎっていた。カーライルは残った液体を飲み干し、独りごちる。
「さて、何が出てくるといいがな。」
そう呟きながら、彼は背もたれに体を預ける。視線を遠くへ向けた。酒場の喧騒が戻る中、カーライルは静かに次の展開を待っていた。
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