八話 新たな暮らし
社長さん一家との新たな生活が、歩にとってどのような影響を与えるのか!?
環境の変化が、この先の歩をどう成長させるのか!
それから二週間後。
始まった社長さん一家との新たな生活は、これ迄の生活環境からは想像も付かない程、私を驚かせるに十分過ぎる変化であった。
母との思い出の品以外は処分し、母と二人で住み暮らしたアパートを引き払うと、社長さんは私に自宅の一室を宛がってくれた。
その六畳程の洋間は、合板フローリングの上に私好みの薄いグレーのカーペットが敷かれ、四方の壁は落ち着ける様にとの配慮からか、少し濃い色の木目調クロスが張られてあり、室内には既に真新しい机や本棚が置かれて、私が生まれてこの方憧れであったベッドには、床のカーペットと色を合わせたのか、これ又新しい薄いグレーの寝具が掛けられてあった。
その部屋を私は一目で気に入り、文句の付け様が無い部屋を用意してくれた御夫妻に感謝した。
心躍り立ち尽くす私の背後から、
「どないや?
やっぱり、気に入らんか!?
やから言うたやろ。
“何が絶対大丈夫よ!”やねん!
やっぱ、部屋の内装は歩君の好みを聞いてからにしたらええって言うたやろ!」
こう言った社長さんへ、奥さんが反論しようとしたのを見て私は遮った。
「嬉しいです。
ほんまに、嬉しすぎて驚いてるんです。
何で、僕の好みを知ってはるんやろうって驚く位、僕には勿体無い程の立派な部屋を用意して貰って嬉しいです。
せやから、物ごっつう嬉しいんです。」
そう言った私の言葉に、
「ほら、見てごらん為さい!」
自慢げに胸を張る奥さんへ対抗する様に、
「ほんまに我慢せんでええんやで!
気に入らんかったら、幾らでも直したるさかいな!?」
と、社長さんは畳み掛けたが、
「ほんまに十分過ぎます。
有り難う御座います。」
そう言うと、私は御夫妻の優しさと思い遣りに頭を垂れるのだった。
そうして始まった社長さん一家との新生活は、想像して居た通り、最初は互いに気を使うぎこちない物だった。
そうした日々が一月程過ぎ様としたある日の夕食時、
「歩君、どないや?
何か、足らんもんはあるか?」
社長さんは一緒に暮らす様に成ってから、ほぼ毎日の様に気遣い聞いてくれる。
「いえ、大丈夫です。
何も不自由はありません。」
そう返した私に、
「なら、良かった。
けど、この先何か足らんもんやして欲しい事があったら、何の遠慮も要らんさかい言うてくれな!
うちでは、“居候三杯目にはそっと出し”みたいな気遣いは要らんから!
歩君と儂らは血こそ繋がって無いけど、君の事を我が子の様に思っとるんやから、遠慮なんてもんはして欲しゅう無い。
せやから、今日は敢えて君と腹割って話ししようと思ったんや。
ほんまの親子なら、言いたい事言い合って喧嘩も出来るやろうけど、この一月、儂らは本気で君を怒る事が出来るんやろか、もし怒ったりして君が出て行ったりせんやろか!?
そんな事に成ったら、儂らは君のお母さんに申し訳が立たんし、顔向けも出来んと遠慮しながら恐る恐る君と接して来た。
けどな、儂らがそない遠慮しとったら、幾ら我が子同然と思っとっても、君が他人行儀に成るんは仕方無いんとちゃうかって。
ちゅうても、実際儂らが君に手を焼かされた事は無かったし、これから先もあれやこれや言う事も無いやろうけど、これから先儂らも真剣に君と向き合わんとアカンと思てな!
褒める時は褒める、怒る時には怒る、諭す時には諭すって事は人としては勿論、親としての務めなんやと思うてる。
で、この一月。
歩君は儂らと暮らしてどないやった?」
聞かれ、私も確かに御夫婦一家とは距離感を感じていたが、それは仕方の無い事だと納得して居た。
昨日迄、赤の他人だった者達が一つ屋根の下に住み暮らす事に成って、それで家族に成れと言われても到底無理な話である。
母の死で始まった同居は、母の意思を受継いだ御夫婦の好意で始まった。
朝起きて、母と暮らしていた頃と同じ様に朝食が用意され、テーブルの横にはその日の弁当が置かれ、日々着る制服や体操着等は勿論の事、私服や洗濯に出すのが憚られた下着迄も綺麗に洗濯され、母と暮らして居た頃と何ら変らぬ不自由の無さであった。
そして、学校から帰って来れば、夕食が用意され風呂の湯は沸いており、普段の生活は勿論の事、学校に通うにも何ら支障が無い程に整えられてあった。
社長の奥さんは、昼間社長さんと共に仕事をして居り、専業主婦とは違う忙しい人である筈なのに、全てに於いてそつが無かった。
そう言う面でも、昼夜働きながらも日々家事をこなした母とダブって見えた。
そして、社長である旦那さん。
失礼とは思うが、しつこい位に日々顔を会わせる度、学校や生活で困った事は無いかと気遣ってくれる。
そうした気遣いの中、暮らしたこの一月を思い起こすと、何か特別な事をして貰うでも無かったが、母と暮らした日々の様な家事をする事も無く、学生生活に支障の無い暮らしをさせて貰えたのだと気付いた。
「母さんと暮らしてた頃と変らん暮らしをさせてもろてます。
いや、そんなもんや無いです。
それ以上の暮らしをさせて貰うて、ほんまに有り難く思うてます。
多分、母さんも社長さんと奥さんに託して良かったと思うてると思います。」
夢枕に立った母を思い出し、私はそう言うと、
「これだけの事をして貰っといて言うのもなんですが、ほんまの所、このままお二人の世話に成って良いんやろかって気はしてます。
幾ら、母さんへの恩返しや言うてくれはっても、所詮赤の他人やし雇い人の子で面倒見る筋合いは無いんとちゃうかなって。
そう思うと、お世話に成る謂れが……」
そこ迄言った所で、
「そんな事あらへん!
儂らにしたら、初美さんの子供なら我が子同然やて思てる。
君の……」
そこ迄言った所で社長さんが突然、
「もうええ!
これ以上、他人行儀な呼び方なんかしてられん。
気ぃ使ってたら身内になんて成られへん。
先ずはここからや!
これからは本気で我が子と思って呼び捨てにさせて貰う!」
幾らか語気を荒めて言うと、
「儂らは生前のお母さんから、うちは母一人子一人の母子家庭で、他に身寄りと呼べるもんも居て無い。せやから、万が一私に何かあったら子供の事をどうか宜しく頼むって頼まれとった。
今の時代、こう言う事は珍しい事なんやろうけど、儂が昔に聞いた戦後の日本じゃ、親を亡くした戦争孤児なんかを養子に迎えるなんてのは当たり前の事やったそうや。
歩も知っての通り、儂らには一人息子の強が居る。
今年十四に成って、いよいよ思春期を迎えて難しい年頃に成って来た。
そんな強も、小さい時は初美さんに可愛がって貰ってよう懐いとった。
その人の子を預かるって言うた時、そんな多感な年頃のあれも二つ返事で賛成してくれよった。
けど、そんなあいつも、いざ歩が来たらなんだかんだ言うて避けとるみたいやけど、元々人見知りなとこがあるから、慣れる迄時間が掛かるって思ったってくれ。
あれはあれで、歩を受け入れとるから我慢したってくれな。」
こう言った社長さん御夫婦の一人息子強君とは、この家にお世話に成りだしてから顔を会わしても、挨拶程度は交わすものの、まともに会話すらした事が未だ無く、心の内が良く解らないと言った印象の子だった。
この時十四歳の強君は、身長は平均よりやや低い物のがっしりした体格は、彼が打込むラグビーのプロップと言うポジションには打って付けなんだそうだ。
日々、ドロドロに成った練習着を持ち帰る彼は、恋とは無縁のラグビー一筋と言った印象が強いスポーツ少年であった。
そうした彼は、クラブ中心に一日のスケジュールが回っており、朝は朝練の為に私より随分早く家を出て行き、夜は夜とて本格的な練習が行われる為、疲れ切った顔と共に夜の十時頃帰って来る。
そうした彼と、部活動をして居ない私とでは一日のサイクルが大いに違い、私の食事や風呂は彼が返って来る頃には済んでおり、彼が返って来る頃には私は自室に引取っているのが常で、日々中々顔を会わす機会は無かった上、いざ面と向かえば話題も無く何故か気まずさを感じるのだった。
別に互いが避けて居た訳でも無いとは思うが、そうした私達を見て社長さんが、
「歩、悪いんやけど、強は人見知りする奴やから、顔会わした時位は話し掛けてやってくれんか!?
あいつも、歩の事が嫌いな訳じゃ無いんやけど、顔会わした時にどう接したら良いか解らんらしくてな。
儂からしたら、二人が兄弟みたく接してくれたら有り難いんやけど、歩にしたらまだまだあいつにも家にも慣れてないやろうし、そう簡単にはイカンのやろうけど、年上ちゅう事で何とか宜しゅう頼むわ。
それに、あいつが儂に言いよったんは、あいつは本気でプロを目指したいらしく、怪我とかでラグビーが出来ん様に成らん限り、家業を継ぐ気は無いって言い切りよった。
そやから、自分の代わりに歩が継いでくれたら嬉しいし安心やってな。
それを聞いて、儂も勝手なんやけど、万が一にもアイツがプロで遣って行けるん遣ったら、親馬鹿やけどそれを応援して遣りたいと思うし、アイツに変って歩が継いでくれたら有り難いって気持ちなんや。
正味な話し、歩がヤンチャやったんは初美さんから聞いて知っとる。
初美さんは、そんな歩の将来を心配しとったけど、儂らにしたらうちの家業にはそれ位の元気が無いと、使うもんに嘗められるから問題無いって思うとるんや。
かと言うて、それはあく迄、儂らの勝手な望みやから、そうしなアカンて事は無い!
只な、お母さんが心配しとった天涯孤独だけにはさせとうは無かったんや。
儂らがはじめた仕事を、縁あって立ち上げから手伝ってくれた初美さんの大事な子を、(ほなさいなら)って放り出す事なんか出来る筈無いがな!
せやから、歩。
何ら遠慮なんか要らん、儂らを頼ってくれたらええ!
それで、歩がうちの家業を継いでくれるん遣ったら、強は間違い無く文句なんて言わんやろうし、儂は儂で嬉しいし安心って事だけは知っとってほしい。
それでも気が引けるってんなら、取り敢えず高校卒業する迄、こっから学校へ通ったらええ。初美さんも、歩には高校だけは出て欲しいって常に言うとったから、せめて高校を卒業する迄儂らに面倒見させてくれへんか。
その先の事は、追々考えればええ!」
こう言って貰い、私は取り敢えず高校を卒業する迄の二年間、御夫妻の御好意に御厄介になる事を決めた。
思春期真っ只中の私であったが、御夫妻の優しさや気遣い心遣いは、私の気兼ねも相まって頑なな心と反抗期を大分と軽減させた。
社長さんの想いを聞いた歩は、一家に取っての子供と成れるのか!?
社長さんご夫妻の想いを受け継げるのか!
将来の展望は?