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ただいま、僕の帰る場所  作者: 西邑亮多郎
一節 母の想いと子の夢
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七話 想いの継承

母の想いを社長夫妻が引き継ぎたいとの申し出に、歩はどの様な返事を返すのか!?

母の遺影を見る私は、突然鳴った玄関のチャイムに驚き、思わず、

『こんな朝早うに誰や?

 大家さんかな!?』

 玄関に向け訝しみつつ返事を返した私は、玄関へ向かうと扉を開けた。と、其処には心配そうな顔をした社長さんの姿があった。

「あっ!

 おはよう御座います。」

 驚きつつ、思わず挨拶をした私に、

「無事で良かった。

 もし万が一にも、お母さんの後でも追ったりしたらって心配に成って、早いとは思うたけど様子を見にきたんや!」

 言われ、私は思わず天涯孤独と成った自分の身を案じてくれて居るのに感謝したが、正直な所、そんな考えを抱く余裕さえない程に気持ちは沈んで居た。

「何をおいても無事で良かった。

 歩君、今日は日曜でうちの会社も休みやから、話をするにも都合が良いと思うて迎えに来たのもあるんや。

 どうやろ!?

 まだ、この先の身の振り方なんて考えられんやろうけど、今からうちに来て儂らが前にお母さんから聞いとった事や、儂ら夫婦の思いを聞いて先の事を考えてみいひんか?」

 言われ私は、何気に振り返り母の部屋に設えた祭壇を見ると、写真額の中に居る母の遺影は一瞬笑って居る様に見えた。

 母の想いが私の背中を押してくれたのだろうか、私は何の迷いも無く返事を返すと、母へ行ってきますと声を掛け社長さんの車に乗り込んだ。

 社長さんのお宅へ伺うと、まだ七時過ぎだと言うのに、中学生の息子強君は既にクラブの朝練に出掛けていて居なかった。

 しかし、食卓を見ると朝食は用意されて居たが、その量は夫婦二人で食べるには明らかに多過ぎる量であった。

 ソーセージとポテトサラダが添えられたハムエッグを始め、オムレツにポテトフライやベーコンが添えられたスクランブルエッグ、洋風朝食の定番と言える品々をはじめ、更にご飯と味噌汁も用意されて居るのか茶碗とお椀も用意され、焼鮭と卵焼きにほうれん草のお浸し、更に生卵と納豆に煮豆や香の物が、まるでホテルの朝食バイキングの如く並べられて居た。

 それらの品々を呆然と見遣る私へ、

「歩君、御免ねぇ。

 何が好みか解らなかったから、思い付く物を用意したんだけど、嫌いな物があれば無理して食べなくて良いからね。」

 社長の奥さんである佐枝子さんが言ってくれたのに、

「いえ、全部好きな物ばかりです。

 有り難う御座います。」

 そう返す私の心は、奥さんの心遣いと愛情の深さに旨が熱く成った。

『母さん。

 母さんはこのご夫妻が、これだけ思い遣りに満ちた人達やから、お世話に成りって言うてくれたんやね。

 なら、母さんの言う通り、社長さんとこでお世話に成ろうかと思うよ。』

 旨の内に思うと、改めてテーブルの上に並ぶ品々を眺め、

『しっかし、この量は絶対食べ切られへんよなぁ!?

 残してまうんは、後で奥さんに謝ろう。

 まぁ、残ったの分は、今晩のご飯に持って帰らせて貰ったらええけど、毎日ご飯がこんなに出て来たら、将来僕は相撲取りを目指せれる様に成れるかも知れんな!?」

 そんな事を思うと、思わずクスッと旨の内に笑ってしまったが、これらの品を用意してくれた奥さんには唯々感謝した。

 正直、幾ら母の雇用主とは言え、全く以て赤の他人と言って良い私の為に葬儀を手配してくれ、学校の心配や同居を勧めてくれる上に、朝食の為にこれだけの食事を用意してくれた事に、一瞬私は何か下心があるのかとさえ思う事もあったが、考えても私が御夫妻に取って何か利用する価値があるとは到底思え無かった。

 そしてこの後、この考えが取り越し苦労だと解る程、御夫妻が私へ何かを求める事は一切無かった。

 そんな疑心暗鬼な私の様子を察したのか、

「佐枝子、朝飯にこんだけ用意したら、誰だってビックリして何が起こったやろって思うわ!

 歩君もビックリしたわな!?

 おっちゃんも、朝飯は用意しとくって聞いとったけど、流石にこんだけのもんが用意されてるとは思うてもみんかった。」

 そう言って笑った社長さんの顔は、奥さんの気持ちに寄り添って居る様に見えた。

 そうした社長さんの言葉に、

「だって、あなた。

 歩君、昨日の精進落としもほぼほぼ食べて無かったのよ。なら、絶対にお腹が空いてるに決まってるじゃないの!

 それに、幾ら食べられないって言っても、何も食べなきゃそもそも躯がもつ訳無いじゃない!

 だから、これだけ食べる物があれば、何か一つ位食べられる物があると思ったのよ。」

 そう言った奥さんの言葉で、私は前日の昼から何も食べて居ない事に気付き、奥さんの心優しい気遣いに有難さを覚え箸を付ける事にした。

 母の死後、出された物全てが喉を通る様に思えず、まともに食事を摂って居なかった私にとって、奥さんの手料理の数々はどれもこれも旨そうに見えた。

 これ迄、当たり前の様に母が用意してくれた朝食を食べて来た私は、天涯孤独と成った事で食事が用意されている事が、当然至極では無くどれ程に有り難い事だったかを、この時初めて気付く事が出来た。

 その瞬間、グーっと腹が鳴った。

 と、これを聞いて、奥さんは笑いながら、

「さぁさぁ、そんなとこに突っ立ってないで座って頂戴。

 口に合えば良いんだけど、遠慮せんと思いっ切り食べてね。」

 奥さんに言われ、私は食卓に着くと、

「頂きます。」

 の言葉と共に、箸を手に取った。

「あら、ちょっと待って頂戴!」

 奥さんは言うと、直ぐ様ご飯とお味噌汁をよそうと前に置いてくれ、

「朝はご飯なのね。」

 言うと、これだけ色々な品が並ぶ中、やはりと言おうか私は慣れ親しんだ和朝食を選ぶ為、用意され並べられた箸とフォークから箸を選んだ。

 母が作る食事はご飯食が中心であり、朝食に関しては常に、

「朝はご飯で無いと、一日乗り切る力が出ないのよ!」

 と言う理由から、トースト等洋食系の物が出た試しは無かった。

「はい、母さんはご飯と味噌汁で無いと一日乗り切る力が出ないって、僕も今じゃご飯で無いと朝飯食った気がしないんです。」

 そう言いつつ、

「けど、他のも残したら勿体ないんで、晩ご飯に持って帰らせて貰って良いですか?」

 言った私に、奥さんは気を使わなくても大丈夫と言った後、

「でも、残すのも勿体ないわよねぇ。

 じゃあ、お昼で食べて貰おうかしら。

 それでも残ったら、持って帰って食べて頂戴ね。」

 そう微笑むと、

「さぁ、そうと決まれば、兎に角お腹が空いてるでしょ。

 沢山食べて頂戴ね。」

 笑みを浮かべ私を見詰めた。

 そして、そんな奥さんをほのぼのと愛おしそうに見詰める旦那さんを見て、私はしみじみ幸せそうだなぁと思いながら、

『母さんにも、こんな幸せと思える時があったんやろか。

 ここ何年も母さんが笑ったとこなんて見た事無かったしなぁ。

 ずっと僕を育てるのに一所懸命で、気が付けば僕が中学に上がってから、小さい頃みたいに話す事も少なく成ってたし。

 それでも、毎日のご飯や洗濯みたいな家事に、毎日僕の弁当を嫌な顔一つ見せんで作ってくれてた。

 母さんは前にも、それが何より楽しくって幸せやって言うてたけど、それならもっと笑ってくれてても良かったんちゃうやろか!?』

 こぼれる様な笑顔を見せて笑う奥さんを見て、ふと今は亡き母の面影を思った時、自身がなんて親不孝な子供だったのだろうと情けなく悔やんだ。

 そんな心の内が透けて見えたのだろうか、

「歩君、どうしたの?

 そんな悲しい顔して!?」

 その声で我に返った私は、不安そうに私を見詰める奥さんと社長さんに気付いた。

「あっ、すいません。」

 そう詫びると、今この時に自身が思った事を正直に話した。

 私の話を聞いて、

「私達にも子供が居るから、初美さんの思いや気持ちは良く解るわ。

 まぁ、最近の親御さんの中には違う人も居るみたいだけど、本来、親ってね。

 特に母親は、子供の事を大事に守り育てる事を最優先に考える物なの!

 そして、その成長の一瞬一瞬を一番傍で見守る事が出来るの。

 そりゃ~、仕事や用事なんかで傍に居ない時もあるけど、その間でさえも無事だろうか大丈夫だろうかって常に気にしてる。

 親はね、子供の為なら自分が犠牲に成る事なんて厭わないし、心の内から犠牲だなんて思う事は決して無いのよ!

 そんな、母親の代名詞みたいな初美さんだから、歩君の成長が何よりの楽しみだって常

々言ってたわ。

 歩君、毎日あなたの事を楽しそうに話す姿は、あなたの為に生きる事が何よりも幸せって感じだったわ。

 ほんと、私が見て来た初美さんはいつも幸せそうだったもの。

 だから、歩君がそんな事を思うと、初美さんが悲しむわよ。

 もし、初美さんに親孝行出来ず申し訳無いって思ってるんなら、これから私をお母さんだと思って初美さんの分迄孝行為さい!

 って言うのは冗談だけど、子供が元気に生きてる事が本当の親孝行なのよ。」

 そう冗談交じりに言ってくれたのへ、私が思うのとは違う幸せが母の人生にはあったのかもと思った。

 用意された朝食はどれも美味しかったが、やはり三人で食べるには量が多かった。

 早々に満腹中枢が悲鳴を上げそうな量の朝食を食べて居る最中、

「歩君。

 食べながら聞いてくれるか?」

 徐に、社長さんが話し掛けて来た。

「どうやろ?

 儂らが昨日言うた事、考えてみてくれたやろうか?

 君にとって、決して悪い話や無いと思うんや!?

 まぁ、最近は君と会う事も無かったから、儂らが君の事を良く知らないと思ってるやろうけど、儂ら夫婦は君が小さい頃から今迄の話を、まぁ毎日って程、君のお母さんから聞かされとったんやで。

 それに、君がまだまだ小さい頃には、ようお母さんがここに連れて来てた。

 子供が産まれる前の儂らは、それが嬉しくて待ち遠しいイベントやったんやで。

 子供が欲しかった儂らに、親として疑似体験させる様に君と接しさせてくれたお母さんには、ほんま感謝しかあらへん。

 まぁ、それも君が段々と大きゅう成ってくると、当たり前やけど次第にここへ遊びに来る事も無く成ってしもた。けど、儂らはお母さんから君の話を毎日の様に聞いて、君が成長する姿を思い浮かべ話するのが楽しみの一つ遣った。

 それがまさか、こんな形で君と再会する事に成るやなんて思うてもみんかったけど、大きゅう成った君は儂らが想像しとったより随分と大人に成っとった。

 こんだけ大きゅう成ったら、もう一人前やと言いたいとこやけど、やっぱ、まだ学生の内は保護者が居らなアカン年齢でもあるんは事実や。

 君の成長を聞かされて来た儂らは、今回こんな事に成って、お母さんから君を託された様な気がして成らんのや。

 せやから、歩君さえ良ければ高校卒業する迄。否、大学に進むにしても、ここを実家と思って欲しいと思っとるんや。

 まぁ、どの道、こればっかりは歩君の気持ちが最優先やから、無理庫裡にとは儂らも思ってへんけど、せめて成人に成る迄は儂らに面倒見させてくれへんか!?

 それが、お母さんの願いでもあると思うんや!」

 そんな風に言って貰えて、私は混乱しつつも嬉しかったが、世にこの様な人達が本当に居るのだろうかと訝しむ事も忘れなかった。 幾ら母から私と言う人間の事を聞いていたとは言え、この時点で母以上に私の事を知っている人など居る筈も無く、その母が言う事を疑いもせず信じ、ここ迄社長さん御夫妻に信用される母を凄いと思った。

 そして私は、奇特とも言える社長さん御夫妻を改めて見た。

 その二人から見て取れた表情は、慈愛と優しさに満ち溢れた物にしか見えず、

『母さんも言うとったし、お二人の世話に成っても良いんやな!?』

 と決意した。

 夢の中で母に言われた、

『今回だけは社長さんの思いに甘えさせて貰いなさい。』

 実際には目にした事が無い、しかし何処か懐かしさを覚える和室で、生きてる時には見る事が無かった和服姿の母に言われた物の、母の死で母の為に金持ちに成ると言う目的を失った私へ、

『せめて、高校だけは出ておきなさい!』

 私の将来を思う母の想いと共に、社長さんからの申し出を受ける事にした。

「ご迷惑で無ければ、宜しく御願いします。」

 私の返事は、えらく社長さん御夫妻を喜ばせる事に成り、私自身も喜んで迎えられる事に夢心地な思いと成った。

 そんな心境の中でも、どうしても引っかかって消えない光景、

『あのお座敷、何処やったんやろう!?』

 脳裏へ鮮明に焼き付いた、余りにリアルな母の姿と調和した景色を気にしつつ、差し迫った新たな生活を向かえる中、いつしかその光景は記憶の片隅へと仕舞って居た。

次回から、どの様な生活が歩を待って居るのか?

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