表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただいま、僕の帰る場所  作者: 西邑亮多郎
一節 母の想いと子の夢
6/31

六話 母の想いと社長の厚意

母の想いや社長さんご夫妻の想いに、歩がどう応えるか!?

歩の行く末は?

しかし、何が何やらと言った状態の私は、社長さんにそう言われ、これから私が向き合うべき現実を認識せざるおう得なかった。

 そうした思いを社長さんは汲み取って下さったのだろう、続け様に、

「どうや歩君、うちに来んか?

 学校も、うちから通ったらええ。

 丁度、部屋も空いとるから家賃も要らん。

 うちの子も、君のお母さんには儂らと同じ様に世話に成ったから、絶対嫌とは言わん。

 せやから、何の気兼ねや遠慮もせんで、うちに来てくれたらええんや。」

 熱を込め言ってくれた社長さんの横で、今度は奥さんもうんうんと頷いて居るのに、私は溢れる有り難い思いから胸が熱くなった。

 その思いに感謝しつつも、

「けど、母さんはこちらでお世話に成ってましたけど、僕はそんなにここへ来た事も無いし、今回母さんの葬式でこんだけお世話に成っただけでも申し訳無いのに、その上僕の面倒迄見て貰うなんて事は厚かまし過ぎます。」

 精一杯の遠慮を返した私へ、

「そんな事あらへん。

 もう一回言うで!

 歩君は儂らに気兼ねや遠慮なんてせんで、大きな顔してここに居ったらええんや。

 確かに、歩君と儂らは赤の他人やけど、儂ら夫婦は君のお母さんからよう君の話しを聞かされててなぁ。

 歩君の成長話を聞かされるのが、何か我が子の成長を聞いてるみたいな気がして、儂らも楽しみ遣ったんやで。

 最近は無かったけど君が小さい時、お母さんがたまに連れて来てくれる君と遊ぶのが楽しみやったしなぁ。

 せやから今、歩君が独りに成ってしもうたのを儂らがほっとける訳が無いんや!

 君のお母さんが生前、君には高校だけは出て欲しいって言うてたのを、儂ら夫婦はずっと聞いて来たから、せめて君が高校を出る迄はうちで面倒見たいってのもあるし、それが最低限の義務や責任とも思うとる。

 せやから、歩君さえ良ければ、うちから学校へ通ってくれて良いんやで。

 儂ら夫婦が君のお母さんに受けた恩を考えたら、君の面倒を見る事はお母さんに対しての恩返しにも成るし、人として当たり前の事やと思うとる。」

 そう言った社長さんの言葉に、奥さんも同感と言わんばかりに大きく頷いた。

 私はこの時、母の突然の死に今後の事を考える余裕を持て無かったが、一先ず葬儀を終え社長さんの話を聞き、今後の身の振り方を真剣に考えなければ成らないと悟った。

 そうは言う物の、そう簡単に社長さんの好意に甘えて良い物か!?

 甘えると成れば、今住むアパートの整理もしなければ成らない。

 かと言って、自分一人で暮らして行くにしても、どの様に生きて行けば良いのか!?

 さっぱり、見当も付かない。

 直ぐ様、答えを出せる訳でも無く、熱心に泊まって行く様に勧める社長さん御夫妻へ、一先ず一旦考える時間を貰いたいと申し出を固辞し、母を連れアパートへ帰った。

 社長さんが手配してくれたタクシーがアパートの前に着いた時、時計の針が後数分で日付を変えようとして居た。

 タクシーから降り何気に辺りを見ると、これ迄見慣れてきた筈の景色が、街灯の光だけでは余りに寒々しく殺風景な物に見えた。

 母が死んだ日の寒の戻りとも言うべき寒さは既に過ぎ去り、夜中と言えども寒さは左程でも無かったが、骨箱を抱える私の心はかじかみ凍えそうなまま、待つ者が居なく成った部屋の扉を開けた。

 これ迄なら、この時間は私が部屋に居る事が多く、母が帰って来るにも寂しさを感じさせない様、台所の照明だけは必ず点けて居たのだが、自身が今迄社長さんの家に居た事で部屋に明りは灯って居らず、普段なら何とも思わない部屋の暗さも、この時の私には余りに寒々しく悲しく思えた。

 自分の部屋へ入ると、緊張の糸が切れた私は畳の上に崩れ落ちた。

 そして、沸き上がる悲しさに連動するかの如く、溢れ出る涙を拭う事もせず只泣いた。

 そうする内、私はそのまま何時しか夢の中へ落ちてしまって居た。

「歩、歩……」

 遠くから徐々に届いてくる声に目を開けると、其処はこれ迄に見た事も無い立派な家の座敷だった。

 私が思わず何処なんだろうと辺りを見廻すと、座敷から見える庭に陽の光が燦々と降り注ぎ、座敷と庭を遮る様に半分程吊り下がるすだれの隙間から、幾筋の光が黒光りする板敷きの縁側へ光の筋を並べている。

 余りに明るい陽の光に、私は時節が真夏だと感じ取ったが、不思議な事にこれ迄感じて来た夏の暑さを一切感じはしなかった。

 その光景から一転、私は自身が寝て居た座敷へ改めて視線を戻し、縁側とを仕切る敷居の内側にある十畳の座敷を見た。

 そこには、代々伝わって来たのであろう三方開きの大きな仏壇があり、仏壇の大戸が開けられた中にはリンドウと桔梗が綺麗に生けられ、真っ直ぐに立つ蝋燭の灯火と線香の煙が二筋上り、懐紙に積まれた白く旨そうな饅頭が見て取れた。

 その仏壇の横には、これ又重厚に見える戸袋を備えた床脇が設えられ、朝顔と紫陽花を描いた掛軸が吊された床の間が、先の仏壇と床脇を挟む様に設えられ、私は生まれてこの方訪れた事が無い筈の部屋に、不思議と何故か懐かしさを覚えたのだった。

 そうした立派な座敷でうたた寝をしてた私に、先の声は目覚めた私に気が付かないのか未だ呼び続けて居る。

 私が起き上がり、その声がする方へ顔を向けると、私の枕元に優しそうに微笑む着物を着た母の姿があった。

 母の着物姿を見たのはこの時が初めてで、その柄は季節に合わせた藍色の桔梗が散りばめられた、それはそれは美しい品であった。

『母さん、着物なんか持ってたんや!?』

 そう思う私は、余りにも堂に入った母の着物姿に妙な違和感を覚えた。

「歩、本当に御免ね。

 突然、独りぼっちにしてしまって。

 母さんを許してって言っても、許して貰う事は出来無いかも知れないけど、母さんもまさかこんな事に成るなんて思っても見なかったから、あなたを独り残して行く事が心残りで仕方無かったの。

 だから、向こうに逝く前に一言、あなたに言っておく為に無理言ってこの場を設けて頂いたの。」

 そう言った母の言葉に、

『そうや!

 母さんは、死んでしもたんや。

 なら、ここは何処なんや!?』

 動揺し、廻りを見つつ、

「母さん、僕は母さんに腹を立てたり恨んだりなんかしてへんよ。

 それより、母さんの調子が悪かったのに気付かんかった事が悔しいんや!」

 見覚えの無い座敷の中、枕元に座る母を見据え言った私は、

『そうか、これが夢枕ってやつやな!?』

 そう思うと、さっき迄の動揺が嘘の様に、母の姿を落ち着いて見れる冷静さを取り戻す事が出来た。

 がしかし、今迄に見た事が無い和服姿の母は、これ迄の目立つ事を避ける様な当たり障りの無い、白のブラウスに紺のスカートと言った出で立ちとは余りに違って居た。

 元々人目を引く事を嫌った母は、人前に出る事すら避ける様な人で、日々代わり映えのしない地味な服装ばかりで、子供である私でさえ他に服を持って居ないのかと思う程であった。

 実際、母の箪笥を開けると、同じ様な白のブラウス五枚が吊され、紺のスカート五枚が抽斗に仕舞われて居り、他には地味なグレーや茶色に黒と言った洋服やスカートが数着あるに過ぎ無かった。

 そうした母が、きっちりと着物を着こなし改まった姿は、凜とした中に何か切羽詰まった物を感じさせ、私は軽い恐怖と不安さえ覚えるのだった。

 そんな私へ、

「歩。今から言う事を良く聞いてね!

 母さんが生きてる頃から、母さんに何かあったらあなたの事を頼みますと社長さんにはお願いしてたの。

 社長さん御夫妻には、そんな縁起でも無い事を言うもんじゃ無いって窘められたけど、万が一そう言う事に成ったら、天涯孤独に成ってしまう歩を、自分達の子供と一緒に育てても構わないって言って下さったの。

 それでね、歩。

 母さんが本当に死んでしまった今、社長さんとの約束に頼ってみても良いかなって。」

 そう言った母へ、

「母さん、社長さんが同じ事言うてくれはってん。

 俺さえ良ければ、社長さんとこで暮らさへんかって。

 母さんに受けた恩を考えたら、それが当たり前やし恩返しに成るって。

 一緒に暮らすのが嫌やったら、せめて高校出る迄だけでも居ったら良いって。」

 私の言葉を聞いた母は、張って居た気が抜けたのかホッとした表情を浮かべ、

「あぁっ、ありがたい事。

 あの約束を覚えてらっしゃったのねぇ。

 なら歩、母さんからもお願い。

 先の事はおいおい考えれば良いから、一先ず高校だけは社長さんの所から通わせて貰いなさい。

 母さんの遺言と思って、今回だけは社長さんの思いに甘えさせて貰いなさい。

 それだけが母さんの心残りだったから、どうしてもあなたに伝えておきたかったの。

 これで漸く、母さんは思い残す事無く逝く事が出来るわ。

 それじゃあ、そろそろ母さんは逝くわね。

 あなたはこれからの人生、悔いが残らない様に精一杯生きて頂戴ね!」

 そう言うと、枕元に座って居た母の姿は、何処から湧き立ったのか、白煙に撒かれるとフワッと消えた。

 途端に、独り残された座敷で私は、再び強い睡魔に襲われ目を閉じた。

 すると、いつしか再び深い眠りへと引き込まれてしまった。

 翌朝、私は閉じたカーテンから差し込む陽の光で目覚めた。

 日々、寝起きの悪い私であったが、この時はこれ迄に無い程、起きても暫くは夢うつつと言った具合でぼんやりして居た。

 何気に見廻す部屋は、今迄の母との暮らしの臭いが色濃く残り、其処此処に母の面影が映し出され、私はより一層寂しさを募らせる事に成った。

 そうしたアパートの中、母の部屋へ私は小さな祭壇を設けた。

 母が使っていた文机に、白布の代わりに仕舞ってあった白いカーテンを掛け、母の遺影と位牌、そして遺骨を置くと簡易的な祭壇とした。

『蝋燭立てなんかは、後で買いに行けば良いか。』

 旨に思うと、額縁の中で見せる、唯一残って居たこぼれる様な笑顔を見せる母の遺影をマジマジと見詰め、

「母さん、調子が悪かったんなら、なんで言うてくれんかったん?

 解ってたら、少しでも楽させてあげる事位出来たかも知れんのに。

 けど、ほんまなら僕が気が付かなアカンかったんやけど。

 御免なさい、母さん。」

 そう語り掛けるも、母はもう二度と返事を返してくれる事は無かった。

 昨晩、私は帰って来るや自身の部屋で崩れる様に寝入ってしまった。

 そうした私の夢枕に出て来た母は、私を案じ心残りとして想いを伝えに来てくれた。

『今回だけは社長さんの思いに甘えさせて貰いなさい。』

 今一度、夢枕で母が言った言葉を思い返えすと、高校進学を辞め働きに出ようと決めて居た私の思いは掻き消された。

『母さんは、僕に高校だけは出て欲しいんやんな!?

 その為に、社長さんの言葉に甘えろって言うたけど、ほんまにそんな都合の良い事が許されるんやろうか?

 幾ら母さんに世話に成ったからって、赤の他人やし一社員の子供の面倒見るって、そんな話今迄に聞いた事なんてあらへん。』

 そう思うと、

「なぁ、母さん、ほんまにええんかなぁ!?」

 祭壇に置いた母の遺影に向かい、私がそう問いかけたのへ母は笑うだけであった。

新たな生活への期待と不安、本来そう言った物にを考える年代の歩だが、母や、社長さんご夫妻の想いや心遣いに応える事を自分の意志とする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ