三十一話 僕の帰る場所
どうにか、書き終える事が出来ました。
読んで下さる方が居ると思うと、どうにか頑張る事が出来ました。
有難う御座いました。
当初のプロットから逸れてしまったので、不備があるかもしれませんが、大らかな気持ちで読んで頂けると幸いです。
私が祖父の跡を継ぐと言ってから、祖父の躯は見る見る元気を取り戻し、初めて会った時の不調は、勝一郎叔父さん一家の死が相当に堪えたのが原因だと思われた。
私的にも、何分に世間的には早すぎる社長交代劇ではあるが、間に居るべき勝一郎叔父さんが亡くなった事で、祖父は代替わりを急ぎ、跡取り問題と遺産問題を一気に片付けたかったのだろう。
私が社長に就任してからも、祖父は私の経営に口出しする事は一切無かった。
「好きにすれば良い。」
何を聞いても、祖父はそう言うばかりであった。
ある時、私が祖父の執事と成って居た古暮さんに、愚痴っぽくその事を言った時、
「歩様。旦那様は、歩様が勝一郎様にも負けず劣らずの才を持って居られると仰ってますので、今迄通り自信を以てお遣り為されは宜しいのですよ。」
と背中を押してくれた。
そうした中での仕事は多忙を極め、私もいつしか家庭を顧みない仕事人間へと変貌して居た。
これ迄の人生に於いて、人はここ迄働けるのかと言う程に、私は寝食を忘れて仕事に没頭して居た。
まだまだ幼い子供達と過ごす時間も減り、
「歩君、たまには子供達と遊んであげる時間を作ってくれて良いんじゃ無い!?」
と言う真由美の言葉にも、生返事しか返さなく成って居た私は、その後、初めて見せた彼女の怒りによって我に返る事が出来た。
昭和の時代と違い、猛烈社員と言う言葉が死語と成った今、働き方改革が推奨されてる昨今に於いて、この時の私は時代に逆らう企業戦士であった。
だが、彼女は一息吐く事を教えてくれた。
それから私は、週一日は必ず休日を設ける事にし、家族と過ごす時間を大切にする様にした。
そうした時間の中には、母の事を話す祖父との時間も含まれて居た。
祖父と母の話をすればする程、母が働きに出る事で寂しい思いをした、幼少期の私自身が思い出され、可愛い我が子にも同じ様な思いをさせる所だったと気付かされた。
古暮さんからは、子供達の友達が遊びに来たりで、日中は賑やか過ぎる位だと聞き、祖父に喧し過ぎやし無いかと気遣ったが、祖父曰く、「賑やかなのは嬉しいもんだよ。」と意に関して居ない様で安心した。
只、真由美だけは、時折寂しそうな表情を浮かべる時があった。
そんなある日、篠崎家の強君から社長さんが倒れたとの連絡を貰った。
心では、今直ぐにも御見舞いに行きたい衝動に駆られたが、何せ重要な案件を抱えて居た時期でもあり、私は後から行くからと真由美達へ先に見舞いに行く様に送り出した。
その二日程、どうにか目星が付いた事で急ぎ大阪へ向かった。
入院した病院へ行くと、社長さんはベッドの上で奥さんや真由美達と談笑して居た。
私は、その光景に安堵し、声を掛けると、
「よう来てくれたなぁ。」
と、社長さんは嬉しそうに迎えてくれた。
皆で会話する中、どうやら社長さんが倒れた原因は、軽い脳卒中だった様で、現場で倒れたのが幸いし、処置が早かったお陰で軽い障害が残る程度で済んだと言う。
一応に安心する中、真由美がこっそり私を外へ連れ出し、
「歩君、仕事が大事なのは解るわ!
だけど、そんじょそこいらの人の見舞いじゃ無いのよ!
あれだけ、大恩ある社長さんが倒れられたのよ!
こんなだったら、未だ裕真さんの方がよっぽどましかも知れないわね!
悪いけど、私達は後二、三日こっちに居るから、歩君はお仕事忙しい見たいだから先に帰ってくれて良いから!」
と、怒りが混じった口調で言い放った。
私は、彼女が怒るのは仕方無いにしても、何故ここで裕真の名前が出て来るのか解らなかった。
『まさか、浮気!?』
驚き、そんな事を思うも、怖くて聞く事も出来無かった私は、旨に悶々とした物を抱えたまま帰路に着いた。
駅へ着くと、改札を出た待合に古暮さんの姿があった。
「お帰り為さいませ。」
私の鞄を取ると、私達は表へ出た。
其処には、小雨が降る駅前の光景があり、古暮さんが車を回そうかと言うのに、私は大した雨では無いと古暮さんと一緒に車へ向かった。
駅舎から洩れる明りが辺りを明るくはして居たが、光が届かなく成る所から向こうは、ポツポツと点在する家の明りが見える程に暗かった。
そうした中、客待ちタクシーさえ居なく成った駅前で、送迎用エリアにポツンと古暮さんが乗って来た車だけが停まって居る。
車に乗り込み家へ向かう途中、古暮さんと社長さんの容態に付いての話に成り、どうにか大事に至らずに済んだ事を話すと、
「本当に、良かったですねぇ。
私も、その節は大変お世話に成りましたから、気が気じゃ御座いませんでした。」
古暮さんはホッとされると、心から安堵してくれてる様だった。
その心に感謝すると、私はふと気に成って居た疑問を古暮さんへ投げ掛けた。
「古暮さん、うちのと裕真って、何かあるんですか?」
突然聞いた私の疑問に、
「えっ、どう言う事です?
奥様と、裕真様に何かあるのですか?」
質問に質問で返され、私は古暮さんも知らない事なのだと思った。
「いや、何も無ければ、それで良いんです。」
言った私に、
「歩様。奥様は決して、その様な方では御座いませんよ!
昔に御座いました、遺産相続のゴタゴタの折に、確かに裕真様から言い寄られた事が御座いましたが、奥様は歩様と別れるつもりは毛頭無いと相手にも為さいませんでした。
そして、こんな煩わしい話しを決して、歩様の耳に入れぬようにと私へ仰いました。
あの時奥様は、その様なつまらない話しで歩様を動揺させては駄目だと仰って、それからは奥様に頼まれて取り次ぐ事をしませんでした。」
古暮さんが、そこ迄言った時、突然、
「あ~ぁっ!」
と言う古暮さんの言葉と共に、私の記憶は突然途切れる事と成った。
目を覚ました時、私は車の中で血を流し横たわって居た。
良く見ると、車はひっくり返っており、私は天井へ寝そべる形で横たわって居た。
運転席を見ると、古暮さんが額から血を流し、シートベルトで宙づられグッタリして居る。
『事故ったのか!?』
目に映る様子にそう思うと、私は動けるかと手を動かして見た。
すると、痛みもなく手は動く。
次に、足を動かして見ると、これ又痛みもなく動いたので、古暮さんを助けるべくシートベルトのロックを外そうと手を掛けた。
その時、近付いて来るサイレンの音が聞こえ、救急車が来れば古暮さんを助ける事が出来るかも知れないと思うと、古暮さんの意識を取り戻すべく声を掛けたが、一向に意識を取り戻す気配が無かった。
そこで、やはり宙づりに成って居る古暮さんを下ろすべく、再びロックへ手を掛けたが外れない!
と言うより、私の手がロックを擦り抜けてる様な気がする!?
其処で、もう一度試みるも、どうしても同じ様に擦り抜ける。
どう言う事か解らない内に、パトカーと救急車が現場に到着した。途端に、人が降りて来るや古暮さんを車外へ運び出し、容態を確認するや、
「未だ息はある!
早く救急車へ。」
との声が聞こえるや、手早く古暮さんを救急車に乗せると走り去った。
そうした中、事故処理をする鑑識達は、丁寧に広い範囲を調べて居る。
そうする内、私に気付いた者が、
「中にもう一人居るぞ!」
と、救急隊員を呼ぶのが聞こえ、隊員が遣って来ると私の様子を探って居るが、良く見ると触る足が私の足では無い!?
どう言う事だと思った私の目に、救急隊員の首を振る姿が映り、
「こっちは駄目だ!」
と言う言葉が耳へ飛び込んで来た。
『えっ!』
驚いた途端、私の躯は車を擦り抜けるや、驚く程の早さで天へと舞い上がる。
『俺は、真由美や子供達を残して死んでしまったのか!?』
思った途端、私の意識は薄れ、気が付いた時には見知らぬ川の畔に立って居た。
辺りを見ると、季節を関係無く様々な花が綺麗に咲き誇り、この世の物とは思えない程に綺麗な光景が広がって居た。
『この世の物とは思えない!?』
そう思った途端、私はもしかしてと言う思いに至った。
「そうだよ。」
突然、そんな声がした。
思わず、その言葉がした方へ向くと、其処には裸の裕真が立って居るでは無いか!
この瞬間、私は何が何やらと言った具合と成り、思わず裕真へ言葉を投げた。
「ここで何してるんや?」
すると、裕真は寂しげな表情に成ると、
「俺らは、今瀬戸際に居るんやで!」
俺は歩より一足先にここに来て、奪衣婆と言う婆さんから話しを聞かされた。
それに寄ると、此処がかの有名な三途の川らしい。」
そう言った裕真に、私は話しを聞く前にどうしても聞きたかった事を聞いた。
「裕真、何で裸なん?」
すると、裕真が言うには、その奪衣婆成る老婆に身ぐるみ剥がされたそうで、その衣類を懸衣翁成る老爺が衣領樹と言う木に掛け、掛けた枝のしなりで裕真が現世で犯した罪の重さを計ったそうだ。
それに寄ると、今回の事故もそうだが、これ迄に犯して来た数々の罪からして、裕真の行き先は地獄に成る!
そう言われたのだそうだ。
私は、裕真の言葉に出て来た、『今回の事故』と言う言葉が引っ掛かり、
「今回の事故って、どう言う事や?」
聞いたのへ裕真は、
「すまん、歩。
お前が此処に居るんは、俺のせいなんや。
俺は、お前らが爺さんのとこに初めて来た時から、お前の嫁さんに一目惚れしてもうてたんや。
で、何度か口説いたんやけど、お前の嫁さん、一向になびいて来んかった。
それでも諦め切れん俺は、お前が家に居らん時に何度も口説きに行ったんや。
けど、爺さんから俺の事を聞いてたんやろうな、お前の嫁さんにこっぴどく、俺見たいな男は信用出来ず好きに成る筈は無いと言われてなぁ。
そら、落ち込んだけど、今迄に俺がして来た事を思い起こしたら、そら恨まれる事はあっても感謝される事は無かったって。
そんな噂って、人の口に戸を立てても止められるもんじゃ無く、ましてこんな田舎じゃアッと言う間に広まるやろ。
そらぁ、真由美さんが知っててもしょうが無いと諦めたんや。
けど、ここ暫くは、お前の嫁さんと普通に話しが出来る様になっとった。
それが何でか解るか!?
お前が家庭を顧みん様に成ったからや!
真由美さん、そらぁ寂しそうにしてはったんや。
大阪に住んでた頃や、こっちに来て最初の内は、真由美さんらの事を構ってたけど、役職が上がって行く度にドンドン距離を感じる様に成ったって言うてな。
それで、いつからか話しを聞く様に成ったんや。けど、言うとくぞ!
この頃の俺は、もう真由美さんとどうこう成りたいなんて思って無かったからな。
只、余りに寂しそうで見てられんかった。
やから、励ましたりしたけど、その内、お前さえ居らんかったら、真由美さんと一緒に成れるかも知れんって悪魔が囁いた。
それで、古暮がお前を迎えに行った時、後輩の整備工にブレーキオイルを抜かさせたんや。
あの人は、実直で真面目な人やから、お前が早う着いても良い様に、絶対三十分前には駅に着いて待ってると思ったら、四十分前には着いて駅舎の中へ入って行きよった。
作業時間としては十分やった。
これで、お前が帰る途中に事故って死んだら、俺が真由美さんを物に出来るかも知れんって思った。
帰って行くお前らの後から、離れて付いて行ってたら、思惑通りに帰り道の途中で、お前の乗った車はたまたま道を渡ろうとしてた人を避けようとして事故った。
多分、古暮の事やから、ブレーキが効かんって解った途端、避ける為にハンドル切ったんやろ、雨で路面が濡れてたんもあって、横転して逆さに成ったまま滑って、最後は電信柱に当たって停まった。
それを見届けてから、俺は家に向かって走ってたんやけど、俺の悪運も潰えた。
何でか解らんけど、気が付いたら橋から車ごと川に落ちてるとこやった。
で、次に気が付いたら此処に居った。
そこで、三途の婆さんに会うたんやけど、俺の行き先は地獄やって言われた。
けど、もし罪を軽くして欲しいんなら、方法が無い訳じゃ無いって言うて、その方法を教えてくれたんやけど、それにはお前の気持ちが大きく関わるんや!
どうや、話しを聞いてくれるか?」
言われ、真由美への浮気疑惑が私の誤解だった事を、臨終に知るとは思わなかったが、こんな事ならもっともっと彼女と話せば良かったと後悔した。
後悔先に立たずと言うが、死んでから後悔しても言い訳さえ出来ない事に、私は心底悔しく思い、情け無く成るのだった。
そうした私へ、
「なぁ、話し聞いてくれるんか?」
裕真の声が私の耳に届き、我に返った私は裕真へ、
「あぁ、話してみいや。」
と返しつつ、地獄へ落ちるこの男は、生きて居る内にどれだけの悪事を働いたのかと思った。
「俺は、このまま遣ったら地獄に落ちる。
けど、お前が協力してくれたら、俺は地獄
へは落ちずに、他の世界へ生まれ変わる事が出来るらしい。
地獄に決まれば、其処へ落ちる迄に二千年も掛かった上、そこから本当の地獄が始まるって言うんや!
そんなん、絶えられへんやろ!
遣ったら、少しでも軽い罰にして貰って、動物でも何でも良いから、生まれ変わる方が増しやと思うたんや。
で、言われたんが、事故にあったお前と俺やけど、ほんまはお前が生き残って俺が死ぬ筈やったらしい。
けど、魂の器である躯は、お前のが死んで俺のが生き残ってもた。
そこで、俺の躯をお前にやれば、俺は地獄に行かんで済むらしいんや。
やから、どや!?
残りの人生、俺に成って生きてくれんか!」
突拍子も無い裕真の話に、一瞬何を言ってるのかと思った私の横から突然、
「生まれ変わるのじゃよ、其方が!」
と声がしたのに驚いた私は、声の主を捜し求めるべく辺りを見廻した。
すると、私の背後に見も知らぬ老婆が立って居るでは無いか!
私と左程変らぬ背丈に、胸元をはだけたお姿さんは、容貌魁偉と言わしめる程に立派な体躯で、現世で良く見る様な弱々しく見えるお婆さんとは到底違って居た。
その姿を見咎めた私は、
「あなたは?」
と訪ねたのに、老婆は奪衣婆だと答えた。
勿論はじめて見る奪衣婆に驚いた私は、心の内に『僕の罪って、どれ程なんやろう?』 些かビビりながら思った。
「心配せんで良い!
其方は、地獄に落ちる様な罪など犯しては居らんから。
もそっと言えば、其方は死ぬ運命では無かったのじゃ!
本当は、其処の男が死ぬ筈じゃった。
だがの、魂の器と成る躯が取り違われた。
其方の躯が生き残らねば成らんのに、そいつの躯が生き残ってしもうた。」
そこ迄言うと奪衣婆は、小声と成り、
「其処でじゃ、そいつの躯に其方の魂を入れる事にしたが、その男も容易く承諾する訳でもあるまいて、止む負う得ず罪を軽くする事で躯を明け渡す事に同意させた。
まぁ、奴の罪は地獄へ落ちる程の物じゃ無かったが、まぁこれも方便じゃ!」
そう言って笑うと、真顔と成り声のトーンを元に戻すと、
「どうじゃ、この男を助けると思うて、この男に変わり現世へ戻ってはくれんか!?」
言われた私は、余りの事に理解が追い付かず困惑し、理解をするのに幾分時を要した。
いやいや、本当の事を言えば、直ぐに理解はしたが、この世で嫌いな男と成って生きて行くのが嫌だったと言った方が良い。
そんな私の思いを無視するかの様に、
「其方には悪いが、この後に及んでは、このまま妻子を残しこの世を去るか、嫌々ながらもこの男と成り妻子の傍で暮らすか、そのどちらかを選ばざるをえないのじゃ!」
言った奪衣婆の言葉に、私は余りのショックから膝の力が抜け、その場へへたり込む様に崩れ落ちた。
「そんな理不尽な……」
言った私に、
「済まぬのぅ。
そう言われても仕方が無いが、其方にある選択肢はその二つしか無い!
されば、どうする?」
聞かれ、この究極の選択とも言える二択を熟考した。
事故に遭い、愛妻と子供達を残し死んで行く悲劇の旦那。
か、それとも自分を殺した男と成り、愛する妻や子供達の傍で暮らして行くか!?
そう考えると、今少しでも生きて家族の傍で暮らす事を選ぶべきと思った。
そして、生まれ変わった気持ちで、彼女達の傍に居て遣りたいと思った。
「解りました。私自身、突然の事で未練や後悔がありますから、別人と成って彼女らを守って行く事とします。」
そう言った途端、奪衣婆は嬉しそうに、
「そうかそうか。
されば、今直ぐにでも現世に戻って貰おうかね。」
言ったのへ、
「歩、本当に済まなかった。
こんな事を言ったら駄目なのは解ってるけど、ほんまに真由美さんの事を大事にしたってくれな!
これで俺も、悔いなくこの先へ行ける。」
そう言った途端、裕真の躯は突然空いた地面の穴へ吸込まれた。
驚き呆気に取られる私の目に、その穴は静かに閉じると、何事も無かったかの様に、元の一面花に埋もれた川端に戻った。
「これで彼奴も、次にはまともな人に生まれ変われるじゃろうて。」
そう言うと、奪衣婆は私へ向くや、
「されば、今暫くはさらばじゃ。」
気が付くと、私はベッドの上で様々な管に繋がれ寝て居た。
途端に、全身に走る痛みで叫び声を発した筈が、酸素吸入器で塞がれた口からは声を出す事が出来無かった。
代わりに出た呻き声に、巡回して居たのだろう看護師が気付くと、直ぐ様院内携帯で連絡したのか担当医とナースが飛んで来た。
私を見るや担当医は、
「これで、峠は越えたな!
お母さんへ連絡して。」
と言うや、後の処置をナースへ指示し病室を後にした。
再び目を開けた時には、この躯の元の持ち主である裕真の母きわがベッドサイドに座って居た。
私が目を開けたのに気付いたきわは、
「良かった、裕真ちゃん気が付いたのね!」
言うと、彼女は涙を流し喜んだ。
良い印象で無かった母きわの献身的な看病は、やはり人の親だなと思わせる物だった。
そうした看病もあり、私の躯は徐々に元気を取り戻し、反対に痛みは徐々に引いて行くのだった。
それと驚く事に、私の記憶は裕真の物では無く、歩としての記憶が残って居た。
きわは私(裕真)が元気を取り戻した途端に、日沖家から金を引っ張る話ししかせず、この親じゃ裕真があんな風に成るのは仕方が無いと思えた。
「母さん、良い加減にしてくれんかなぁ。
金は稼げば良いやろ!?
何で、そんなに本家から金引っ張る事しか考えんのや?」
聞いた途端、
「あんた、事故で何処か可笑しく成った!?
元々は、お父さんが死んだのは勝一郎のせいやって、あんたが慰謝料名目で本家からお金を引っ張ったんやない!
お父さんと仲良かった勝一郎さんが、お父さんを登山に誘ってくれて、お父さん喜んで一緒に行ったけど滑落して死んでしもて。
目撃者も居たから、勝一郎さんのせいでは無い事は確かやけど、それでもあんたは勝一郎さんが誘わんかったら、お父さんは死なずに済んだって責め立てて!
それで勝一郎さんが責任感じて、母さんが遣りたかったブティックを始めさせてくれたけど、やっぱり母さんには商才が無かったから潰してしまった。
それでも、毎月生活費をキチンと入れてくれてたけど、亡くなってからは一切振り込みが無く成ったから、あんたがお爺さんの遺産に目を付けたんじゃ無い。」
そんな話しを聞いて、私はうちの母と余りに違うこの母子の感覚に情けなさを覚えた。
「もう、それは無理やろ!
あんだけ、お爺さんが元気に成ったんやから、遺産相続はまだまだ先の話に成るわ。
それ迄、うちらで稼ぐ事を考えなアカン。
働きに出るにしろ、何か商売するにしろ、稼がん事には餓死してまう。」
そう言った所で、
「あんた、死の淵から蘇って、ほんまに人が変ったみたいやな!?
前には、そんな事言う様な子や無かったのに、えらい良い人に成ってしもうたな!」
そう言うと、何かを思い付いたのか、
「あんた、もしかしたら、真由美と結婚出来るかも知れんで!?」
そう言ったきわに、私はそんなに上手く事が運ぶ筈は無いと、真由美の性格を鑑みて思うのだった。
私は、真由美に会いたい気持ちを抑え、それからは食って行く為にも何をすべきか考えると、一つの考えが頭に浮かび、その為の勉強を初めた。
翌年、私は建築専門学校を受けると、歩時代に教わった事を再び学ぶ事に成った。
学生と成りつつ、私はアルバイトをしながら本家の援助を受ける事無く卒業し、裕真と成ってから晴れて二級建築士と成った。
幸いにも、裕真の貯金で学費は賄えたし、きわと裕真の貯金で慎ましやかではあるが生活する事が出来た。
きわは最初、お金が足りないと文句ばかり言っていたが、いつしかそんな生活にも慣れ文句を言う事も無く成った。
そうした学生生活の最中、本家では真由美が家を出ようとして居た。
歩が死んだ事で、血の繋がりがあるのは俊輔だけと成り、彼女は俊輔だけを残し家を出ると祖父に言った。だが、祖父は幼い子の傍には母親が居なければ成らんと、彼女を引き留めると一緒に暮らす様にと言った。
そうした最中に、裕真から託された彼女の元気付けに訪れた私は、その様な事情を知る事と成り、
「このまま、此処に居たら良いんや!
歩君が、籍も何もかもちゃんとしてたんやから、真由美さんは何も気にせんと俊輔を跡取りとして育てたら良い。
誰にも気兼ねなんかせんで良い!
それに、お爺さんも俊輔ちゃんだけ残し、真由美さんと晴夏ちゃんが居なく成るのは望んで無いと思う。
それに、此処を出て何処に行くんや?
親戚連中の事は、何かあったら俺が止めるから心配せんで良い。」
そう励ました。
彼女は、篠崎さんの所へ行くつもりだった様で、社長さんも喜んで迎えてくれようとして居たが、詳しく話しを聞いた御夫妻が三人一緒で無いと迎え無いと言った事で、諦め日沖家に残る事を受け入れた。
その頃には、私もリフォーム会社を設立しており、きわの愚痴を聞かないで済む位には商売も軌道に乗って居た。
そうした事が祖父に知れる様に成り、私は本家の修繕等を一手に引受ける迄に信用して貰える様に成った。
古い屋敷故に、其処此処と直す場所には事欠かなかった事で、本家を訪ねる機会は増え真由美との蟠りも次第に薄れて行った。
そうした関係が一年程続いていた所で、私は突然祖父に呼び出された。
「裕真。お前、実は歩やろ!」
この問い掛けを予想していなかった私は、驚くと共に返事も出来ず、唯々動揺する事しか出来無かったが、漸く落ち着いた私は、
「お爺さん、一体何を言ってるんですか?」
すっとぼけたのへ、
「歩、もう良いじゃろう!
儂も気付いたのは、つい最近の事やから。
本当に、信じ難い事やけど、歩と裕真の事故があってからお前は変った。
あれだけ、この家の金をあてにしてたお前が、嘘みたいに事故から後には自分で学校に行き働く事をし、この家に一切頼ろうとする事無く独立した。
それに、選んだ仕事が建築関係って言うのも儂には感じるとこがあった。
そして、真由美さんへの心遣いや!
今や、あの子はお前の事を信用しとる。
それでな、儂がそれと無くお前との結婚を勧めて見たんや。
けど、勿論断わって来たが、それは歩との事が引っ掛かってるからやと思う。
せやけど、お前が実は歩やと解れば、あの子も改めて一緒に成る事は拒まんと思う。
どうや、儂んとこへ養子に入って、真由美さんと結婚して家を継いでくれんか!?」
言われ、そうしたいと思っては居たが、その事を彼女が知ったら困惑するのは目に見えているし、それよりも入れ替わった等と言う事を信じる訳が無いと、私は敢えて正体を隠し続け接して来た。
只、その事を祖父が見抜いたのには驚いたが、そう易々と物事が運ぶ筈は無いと、
「そんな話し、彼女が信じると思いますか!?
お爺さんが見抜いたのには正直驚きましたが、私はこの姿を見ながら元の僕を想える様な事は出来無いと思います。
それなら、裕真の姿で新しくなった裕真を受け入れさせた方が良いと思うんです。
それに、ここ最近、彼女はこの裕真を毛嫌いする事は無くなりました。
ですから、養子に入って家を継ぐ事はしますが、それはあく迄、俊輔への繋ぎとしてさせて頂きたいです。
それなら、彼女達の傍に居る事も出来ますから。」
そう言った私に、暫く考え込んだ祖父は、
「そうやな、その方がすんなり事が運ぶ様な気がするな!?
なら、お前がそれで良いなら、儂は構わへんから話しを進める事にするぞ!」
そう言った祖父に、私は全てを任せた。
一族を集め、祖父がその話をした時には、一同に動揺が走ったが、私が後を継ぐ事で恩恵を受けられると思った親類達は反対する事無く、真由美達も又、私があく迄繋ぎと言う事を訝しみながらも、心強い古暮の存在がある事から賛成するのだった。
それに、一番面倒と成る筈だった裕真の母きわは、憑き物が落ちたのか、この時には昔の様な守銭奴とは違って居た。
祖父達と暮らす様に成って、彼女が祖父へ語った所に寄ると、旦那が亡くなった事で会社を潰す事に成り、働く事を知らなかったきわが、どの様にして裕真を育てて良いか解らなく、あの様にみっとも無い有様に成ったのだと言う。
そうした不安が一掃された時、きわは穏やかに生きる事がどれ程幸せか解ったと言い、贅沢をしたい思いは消えて居たそうだ。
私は、こうして始まった祖父との新たな暮らしが、篠崎家でお世話に成った頃と良く似てるなぁと、懐かしくも穏やかに暮らせる事が嬉しかった。
祖父の養子と成ってから、私の会社も日沖グループに組み込み、私はグループ会社の社長として働く事と成った。
そうした暮らしの中で、私は歩の頃とは違い家庭での時間を大事にした。
すると、次第に子供達は懐いてくれ、晴夏に至っては、
「何か、歩君と一緒に居るみたい。」
と言わしめる関係を築ける迄に成った。
そうした暮らしが半年程過ぎた頃、
「今の裕真さんなら、私お爺さんの薦めを受けても良いわよ。」
と、何度か申し込んだプロポーズの返事として、遂に答えてくれた。
そうして、盛大と成らぬ様にした結婚式を挙げると、賑やかな新婚生活は始まった。
「歩、良かったなぁ。」
私事の様に、しみじみ言ってくれた祖父と共に喜ぶと、
「これで、儂の願いは叶った。
もう、思い残す事は無い。」
と、心残りが無くなったのか、初冬を迎えようかと言う頃に、穏やかな顔で旅立ってしまった。
それから私は、祖父の意志を継ぎ忙しくも充実した暮らしを送る事が出来た。
そんな和気藹々とした暮らしも一年が過ぎた頃、真由美の様子に変化が見える様に成った。そして、気が付けば彼是一月、まともに彼女の声を聞いていない様な気がする。
何度か、機嫌を取りに話し掛けるも、何とも連れない生返事しか返ってこない。
『まさかに!?』
私が、そんな風に思いつつ、彼女に聞く事を恐れて居たある日。
子供達が寝静まった後のリビングで、ビールを飲みながらテレビを観て居た私へ、
「そろそろ、お爺様の一周忌ね、歩君!」
そう言った真由美に、私は祖父の顔を思い出しながら返事を返して居た。
終わり
次も書きたいと思ってますが、その時は宜しくお願いします。
改めて、読んで頂き有難う御座いました。