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ただいま、僕の帰る場所  作者: 西邑亮多郎
一節 母の想いと子の夢
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三話 揺蕩い(前編)

中学へ上がり、歩を取り巻く環境も変わって行き、自身の事を理解してくれる者や、相対する者達との関りを経験する中、人との関りと言う物を理解して行く様に成る。

そうして、最終学年と成る三年を迎え、進学と言う問題と直面する事に成る。

そうした二人と連む私を、同学年の不良と呼ばれる者達は面白く無かったのであろう。

 私は既に、私の悪評を流したと覚しき三人に目星を付けて居た。

 が、如何せん確証は無かった。

 そんな煩悶とした日々を送る内、入学し六月を過ぎた頃には梅雨も明け、いよいよ強い日差しが降り注ぐ夏本番を迎えるべく、街中の木々は葉の色をより一層深い緑へと色濃く鮮やかに繁らせて行った。

 そうした、ある日。

 やはり、その三人の仕業だと解る出来事が起こった。

 それ迄にも幾度、下校時に自転車のタイヤがパンクさせられる事があったが、その日はいつもより早く下校しようと自転車置き場へ行くと、そこには私が目星を付けていた三人が雁首揃え何やら蠢い(うごめ)て居るのが見えた。

 見ると、私の自転車を取り囲み、何やら細工を施して居る様だった。

 私が近付く迄、三人は私に気付く事は無かったが、その内の一人石見健二が私の姿に気付くと、他の二人佐上智と鹿田健一へ小声で囁くや三人揃って私を見た。

 私は、三人の一人佐上智が手にするカッターナイフを見て、やはりこれ迄のパンクが此奴らの仕業だと確信した。

 瞬時、私は躯の芯から怒りが込み上げ、

「わいら、人のチャリに何しとんねん!?」

 怒鳴ると、

「お前、一年のくせに生意気やねん!

 鬱陶しい。

 お前なんか、坂井や安斉が居らんかったらいっこも怖ぁないんじゃ、ボケッ!

 文句あるんなら、幾らでも相手したるさかい掛かって来いや!」

 息巻いた石見へ、

「お前かて一年坊やろう、糞が!

 なら、そんだけ言うんやったら、相手したるさけぇ束に成って掛かって来いや!」

 腹立たしさのボルテージが一気に上がった私は、思わずぶちのめしてやろうと三人へ近付いたのだが、途端に校舎の陰からぞろぞろと人影が現れるのに気付いた。

 その面子を見て私は、目の前の三人が入って居る不良グループの面々だと察した。

『一人、二人、三人……

 全部で七人。

 この馬鹿らを足して十人。

 どうやろ!?

 イケるやろか!?』

 そう思いつつ、相対する覚悟を決めると殴り合いに向け気を備えた。

 ぞろぞろと連なり出て来た面々に、私の自転車を囲んで居た三人が加わると、私と相対する形で向かい合うや、

「お前がでかい顔してられるんも今日迄やからなぁ!

 これから、お前はここで皆にボコボコにされるんじゃボケッ!

 覚悟せえよ!」

 そう言った石見の言葉が合図かの様に、他の者達はゆっくり歩を進め私を取囲んだ。

『多勢に無勢とは、この事やな!

 しっかし、タイマン張る事も出来んのか、こいつら!?

 なっさけ無い。』

 そう思う私の心を推し量る事も無く、囲む者達の目は血気盛んに血走って居た。

『此奴ら相手に遣れん事は無いやろうけど、流石にこんだけを相手にするんは少しムズいかな!?』

 思いながらも、腹を括った私の背後から、

「おいよぉ、お前ら。

 陰でこそこそ、何しとるんじゃ!

 たった一人相手に、それも一年坊にこれだけでかからなぁ勝てんのか?

 お前ら、こんだけ居らな、まともに喧嘩も出来んのか。

 なっさけ無いのぅ。」

 私の心を代弁するかの言葉が背後から聞こえると、私をはじめ場に居た者達や何処で聞き付けたのか、いつしか集まった野次馬達の目が一斉に私の背後へと向けられた。

 と、そこには、卓実君と安斉君がのっそり歩いて来る姿があった。

 これに、グループのリーダーである三年の二木晋也が、

「お前らには関係無いやろ!

 ひっこんどれや!」

 言い放ったのを聞いて、

「そんなら、お前らも関係無いやろが!

 一年坊の喧嘩に、何でこんなに人が居るねん?

 よぉ、其処の三人。

 お前ら、こんだけ加勢して貰わな歩に勝たれへんのか?」

 おちょくられた三人の内、石見が、

「阿呆言え!

 こんな奴に、儂らが負ける訳無いやろが!

 ほんなん、儂一人で十分じゃ!」

 啖呵を切ったのへ、

「なら、他に助けて貰わんで良いんやな!?」

 畳み掛ける安斉君に、

「当たり前やんけ!

 皆には、俺がコイツに勝つんを見て貰うつもりで来て貰っただけじゃ。」

 グループ内で己の面子を保つ為であろう、言い放った石見の言葉を受け、

「らしいぞ!」

 一団の後ろに立つ、リーダー二木の顔を見て言った卓実君に、

「最初っから、そのつもりじゃ。

 おい健二、ボッコボコにしたれ!」

 そう言い、二木は石見にハッパを掛けた。

 石見自身、皆で袋叩きにする算段であったろうが、まさかにタイマンを張る羽目に成るとは思って居なかったのか、驚いた顔で二木を見遣るもどうにも引っ込みが付かず、改めて私へ視線を向けるや睨んで来た。

 石見は、卓実君や安斉君が喧嘩に強い事は十分に知って居たのだろうが、事私に関しては普段の孤立した状態や、小学校時代に虐められてた事を聞いて居たのか、

「お前みたいな除けもん、これから先、まともに歩けん様にしたるわ。

 所詮、お前なんか、そいつらが居らんかったら何も強い事あらへんのや!

 儂がこれから証明したるわ!」

 と、卓実君や安斉君が居なかったら、私なんて実際は強くも無いと踏んで居たのであろう、拳を握り勢い良く殴り掛かって来た。

 自分に向かって来る拳の遅さに驚きつつ、私は難無くそれを躱すや石見の腕を取り、合気道の小手返しの要領で投げ据えた。

 途端に、石見はもんどり打って地面へ大の字と成った。

 瞬時の事で、二木はじめグループの面々は驚いた表情と成り、一方の卓実君や安斉君は当然と言わんばかりに笑って居る。

 驚き一瞬我を忘れて居たのか、暫くすると二木は我に返り、

「ようも遣ってくれたな!

 こう成ったら、お前ら纏めてぶちのめしたるさけ覚悟せえや!

 おいお前ら、此奴ら高々三人や、皆でいてまえ!」

 とグループの者達へハッパを掛け、更に未だ呻いて居る石見へ目を遣ると、

「石見、お前いつ迄寝とるんじゃ、はよ立って遣り返さんかい!」

 と檄を飛ばした。

 この二木の言葉を聞いて、

「おい、歩。

 そいつら三人はイケるな!?」

 卓実君が言ったのへ、応諾の返事を返した私の傍へ安斉君共々近付きながら、

「なら、君彦。

 俺らは、残りやな。」

 言ったのを聞き石見が起き上がるや、自身を鼓舞し私へ殴り掛かったのを皮切りに、三対十の乱闘は始まった。

 結局の所、喧嘩は僅か十分足らずで決着が付いた。

 地面へ倒れる者にへたり込む者、その勝敗は誰が見ても一目瞭然であった。

 そうした者の中には、最上級生である二木晋也や馬子保が居り、幾ら粋がっても卓実君達に敵う事が無いのを露呈する形と成った。

 その日以降、それ迄以上に私達三人は一目置かれる存在と成り、変な手出しや絡まれる事は一切無く成った。

 更には、私達がそう言った不良とは違う事が理解されたのか、一人、又一人と声を掛けて来る者も現れ、知らぬ間に友達らしき者の数を増やす事と成った。

 それ以後、それ迄疎まれて居たのが嘘の様に、最終学年の三年を迎えた頃には、私の周りに人が居るのは常と成った。

 三月に成ると、卓実君と安斉君は中学を卒業して行った。

 後に知ったのだが、彼らは高校へ進学する事無く就職した。

 中学を卒業し就職した二人は、学生の頃の様に私と連む事は無くなり、私も私で仲良く成った同級生と過ごす時間が増した。

 私と相対してた石見等は、未だに卒業した二木達と連るんで居るらしい。

 卓実君に言わせれば、

「あいつらみたいに、下のもん従えてイキっても何の役にも立たんわ!

 歩かて、いつ迄も俺らと連るんでても、恰好良い漢には成れんし成長もせん。

 そやさかい、歩は自分の世界ってもんを作って行かなアカン!

 けど、歩が困る事あったら、いつでも連絡して来いな!」

 と、親の子離れでは無いが、一人の人間として生きて行く為に距離を置いてくれた。

 卓実君達が卒業し最終学年を迎えた私は、いよ〳〵と言うべき進路と言う問題と直面する事に成る。

 大凡、中学三年の春頃から進学する者は志望校を決めるが、その頃の私には将来的に何かを目指すや目的と言った物は無かった。

 既に、幼き頃に抱いて居た金持ちに成る為の社長と言う目標も影が薄くなり、只漠然と母を楽にさせてあげたいと言う芯の部分だけが取り残されて居るに過ぎ無かった。

 そうした心境の時に、卓実君と安斉君から久し振りに誘いがあり会う事と成った。

 二人が卒業してからひと月、前の様に会う事は少なく成って居たが、それでも絆は消える事無く繋がり続けて居た。

 日曜の朝、最寄りの駅で待つ私の前に、二人は真新しいバイクに跨がり颯爽と現れた。

 中学時分の二人からすれば、それこそ族車と呼ばれるバイクが似合いそうな物だが、二人が乗るバイクはピカピカで改造等されておらず、極々ノーマルで静かな排気音だった。

「良いバイクっすね!?」

 そう声を掛けた私に、卓実君は、

「ケツに乗れ!」

 声と共に、ヘルメットを投げて来た。

 それを受け取り卓実君のバイクに跨がった私は、これからどうするのかと問うた。

「飯食いに行くぞ。」、と言った卓実君の言葉と同時にバイクは走り出した。

 後部座席に座る私は、流れ行く景色の移ろいの中、頬を撫でる風に心地良さを覚えながら、自身もこんなバイクに乗り風を切りたいと言う思いに駆られた。

 駅から十分も走ると、大阪とは言え閑静な住宅街が姿を現わし、その一角に在るファミリーレストランへ、二台のバイクは連れ立って滑り込んだ。

 広い店内は日曜と言う事もあり、朝食における彼女や母親の負担を省くつもりなのか、多くのカップルや家族連れでごった返し忙しそうであった。

 一見して満席に見えた店内で、食事を終えて帰ったのであろう、食器だけが残るテーブルを見付けると、卓実君は他に待つ客が居ないのを確認し、店員に片付いたら席に着いて良いか尋ねた。

 快い返事の後、片付けが済むや否や席に着きメニューを広げると、私に向かい遠慮せずに食べたい物を注文すれば良いと言った。

 私は一通りメニューを見た後、カレーライスとサラダにドリンクバーを頼もうとした。

 途端、

「おい、歩。

 そんな遠慮すんな、肉食え、肉!

 俺ら、もう金稼いでるから、お前の飯代くらい何とも無いんやぞ。」

 そう言われ、四千円はするステーキのセットを頼まれてしまった。

 そうして、他愛も無い話しをしながら食事を摂り終えると、各々ドリンクを前に近況の話しへと話題は移った。

「で、歩よぉ。

 お前も、もう三年やろ!

 そろそろ、進路の話しとか出とるんちゃうんか?

 どうするんや、この先?」

 その卓実君の問いは、私に取って余りに意外と言う物であった。

 何故なら、卓実君と安斉君は中学卒業後に高校への進学はせず、就職と言う形で早々に社会の荒波へ漕ぎ出したからで、そうした二人からすれば、後輩の進路に興味があるとは到底思え無かったからである。

 それが、態々私の為に時間を割き、食事迄ご馳走してくれ聞いてくれたのである。

 正直、私は思ってもみなかった問いを切り出され驚く事しか出来無かった。

 そして、思わず吐いて出た言葉が、

「取り敢えず、進学するつもりなんやけど。」

 そう言うのがやっとであった。

 しかし、そうは答えたものの、私自身の中では釈然としない物があった。

 何故に進学するのかと問われれば、周りの者達が皆進学するからと答えたであろう。

 そうした私は前年、卓実君が進学せず就職したと言うのを人伝に聞き驚いたのを思い出した。

 見掛けに寄らずと言えば卓実君に叱られるだろうが、勉強に於いてもスポーツにしても彼には非凡な才があった。

 と成れば、誰がどう見ても勉強であれスポーツであれ、進学するのは極自然な成り行きと思うであろう。がしかし、彼は進学をする事無くあっさり就職したのだ。

 私は誰もが羨む才を持つ卓実君が、高校へ進学しなかった事が不思議で為らなかった。

 そこで、その一年掛かりの疑問を本人にぶつける事にした。

「じゃあ、卓っくんは何で高校へ行かんかったん?

 皆、卓っくんの頭遣ったら、何処の高校でも行けるって言うてたのに!?」

 言った私へ、

「歩も知ってるやろ。

 うちもお前んとこと同じで母子家庭やろ!

 そしたら、学校行くより早う、稼ぎに出た方がおかんを助けられるって思ったんよ!」

 その卓実君の言葉は、進路に悩んで居た私の心を大きく揺さ振った。

 私が進学する事を想定し、母は私が幼き頃より、否、産まれる前から進学費用をコツコツ貯めて居たと思う。

 故に、私も進学するのが当たり前と言い聞かせられて来たが、卓実君の言葉を聞いた途端、私の中に燻って居たある思いが俄に首を(もた)げた。

 私も卓実君同様、幼き頃より苦労する母の背中を随分見て来た。

 その反面、私は一家の大黒柱たる父の顔を知らない。

 私が幼少の頃に事故で亡くなったと聞く。

 以降、母は女手一つで、幼い私を抱えながらも懸命に働き育ててくれた。

 何事も私を優先し、自身の事は二の次処か考えもしない様な母であった。

 常に働き、私の世話を焼く母は、自身の楽しみが無いのかと思う程、子供である私の事だけを慈しみ自身を顧みなかった。

人との関りが、自身の将来に影響したり、誰もが経験する進学や就職の問題。

思春期とは、日常の中に日々ドラマがある。

話しが長く成る為、前後編に分かれます。

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