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ただいま、僕の帰る場所  作者: 西邑亮多郎
一節 母の想いと子の夢
28/31

二十八話『祖父』

歩の祖父と言う男の出現と、篠崎家の息子強がクラブを辞める事が、一家の行く末に影響を及ぼす。

複雑な感情を持ったまま、歩はいよいよ祖父である日沖義衛門と対面する。

 そう言った途端、古暮はショックを受けた様だった。

 私はその様子に、言い過ぎたかなと気の毒に成り、

「すいません、言い過ぎました。」

 と謝ったが、

「その様に思われるのも仕方無いです。

 歩様は、感が宜しいです。

 旦那様が、御親戚を嫌われるのも、そうした所に御座います。

 私が言うのも何ですが、意地汚いと言って

も過言では無い様な方達ばかりで…… 

 ですので、旦那様は遠ざけてらっしゃいましたが、旦那様が倒れられてからは、何かと口実を付けて来られる様に成りまして、その魂胆が透けて見えるのに、忌まわしさを覚えておいでに御座いました。

 其処で、血の繋がった歩様を跡取りに為さりたいと思われておいでだと思うのです。

 それはこれ迄、歩様のお人柄を見込んでの事でもあります。

 只、誤解がありません様に。

 旦那様は、決して跡取りの話を為さって居る訳では御座いません。

 これはあく迄、私が旦那様のお気持を推し量って言ってるだけで御座います。

 旦那様は、只、死に行く前にひと目お会いし謝りたいと思ってらっしゃるのです。

 ですが、これ迄傍にお仕えして来た者として、この様な幕引きは旦那様に取って御気の毒で為りません。

 其処で、私の気持ちは別として、どうかひと目だけでも旦那様にお顔を見せては頂け無いでしょうか?」

 そう言うと、古暮は双眸からハラハラと涙を落とすのだった。

 私の心が動かないと言えば嘘に成るが、色んな感情が心の中で渦巻き、どの様な返事をすれば良いのか解らないで居た、その時、

「歩君、会いに行って上げなさいよ!」

 真由美が、私の顔をジッと見詰め言った。

 それに呼応する様に、

「そうよ、歩君。

 行ってお上げなさい。

 それも、家族三人で顔を見せに行って上げれば、お爺様はさぞかし喜ばれると思うの。

 もしかしたら、お元気に成られるかも知れないわよ。」

 奥さんが言うと、

「そうや!

 これ迄解らんかった歩のルーツも解るし、こんな言い方したらアカンかも知れんけど、文句の一つも言いに行くつもりでええんとちゃうか!?

 兎に角、会わん事には何も解らんままに成ってまうし、後々後悔する事に成るんとちゃうか!?。」

 と三人が畳み掛ける様に、何とか私に会わせようとして居る様だった。

 其処へ、

「歩君。

 歩君と義母さんが苦労して来たのは、ここに居る私達は良く知ってるし、様子を伺ってたなら苦しい時に名乗り出て、助けて上げれば良いじゃ無いとは思うけど、反面、私も義母さんと似た所が有るから解るんだけど、名乗り出られても決して援助は受けなかったと思うのよ!

 だって、啖呵を切って家を出たのに、そう易々と家に帰ったら、身内は勿論、近所の人達も何て言うか想像出来るじゃ無い。

 そりゃ~、好意的に受け入れてくれる人も居るだろうけど、結局、好奇の目で見られて根掘り葉掘り聞かれる。

 そうしたら、それはそれで自身の意地やプライドにも堪えるのよ。

 だから、そうした事をお爺さんは解ってらしたから、にっちもさっちも行かなくなった時に助けるつもりで、ずっと見守って来られたんだと思うの。

 そんなお爺さんが歩君に会いたいって言うのは、ほんとに余程の事だと思うのよ。

 だから、どう言う事に成ろうが、私はこの先、後悔しない為にも会っておいた方が良いと思うの!」

 真由美をはじめ、家族一同に説得された私は、緊張した面持ちの古暮へ顔を向けると、覚悟を決め祖父に会いに行く事を承諾した。

 その途端、古暮の顔は瞬時に晴れやかな物に成った事から、私は思わず、

「跡を継ぐや、そうした事を話しに行くのでは無いですから。」

 と、念を押す事は忘れ無かった。

 古暮の訪問から、私は実家と言うべき祖父の家をいつ訪問するのか、そのタイミングを図る事に真由美と話す事が多く成った。

 真由美は、直ぐにでも行けば良いと言うのだが、いざ日にちを決めようとすると、私はどうした訳か自分でも解らない何かに引っ掛かりを感じ臆するのだった。

 そうする内にも、容赦無く日にちは過ぎて行き二週間も経つと、気を遣って居た社長さん御夫妻や真由美は勿論の事、古暮からも痺れを切らしたのか連絡が来る様に成った。

 流石にこう成ってしまっては、私も腹を括るしか無いと三週間目の週末、祖父が暮らす地方都市に向かう事にした。

 そうした週末を控える週の半ば昼頃、突然篠崎家の長男である強が家へと戻って来た。

 その顔は何かを思い詰めた様な暗い顔で、私達が話し掛けても上の空と行った具合に、お化けの様にふらふらと二階へと上がって行ったまま、自室に閉じ籠もり下に降りて来る事は無かった。

 御夫妻をはじめ、私や真由美、それに晴夏迄もが、

「強兄ちゃん、どうしたの?

 元気無かったよね!?

 大丈夫?」

 と心配するのだったが、

「こう言う時は、黙って見とくしか無い!

 落ち着いたら、自分から話して来よる。

 それ迄、そっとしといたったら良い。」

 そう言った社長さんの一言で、私達は二階へ上がったままの強君を案じながらも、自ずと話し出すのを待つ事にした。

 私は強君の事を案じながらも、週末に控える祖父との面会にも心を砕いた。

 そうした私を、真由美は何も言わず黙って見守ってくれて居る。

 そんな彼女に、私は心から感謝した。

 彼女にも、言いたい事の一つや二つあって当然だと思ったからだ。

 そんなモヤモヤした中、夕食時と成り一同が介する事と成ったが、其処に強君の姿は無かった。

 御夫妻と私達は、どうした物かと思いつつも彼の気持ちに任せるしか無かった。

「いよいよ、今週末ね?

 真由美ちゃんと晴夏ちゃんも連れて行くのよね!?」

 奥さんに聞かれ、私はそのつもりだと答えた。

 そうした話題をしながら夕食を摂って居た時、徐に二階から強君が降りて来ると静かに食卓へ着いた。

 その様子に、晴夏迄もが気を遣い黙って様子を見て居る。

 そんな強君へ真由美が夕食を食べるのだろうと、ご飯と味噌汁を前に置くも、強君は普段の様にいきなりガッツク事が無かった。

『やっぱ、何か変やな!?』

 私が旨の内に思った時、

「俺、ラグビー辞めようと思う。」

 ポツリと、強君が言った。

「何でや?

 あんだけ喜んで復帰したのに!?」

 余程驚かれたのであろう、社長さんが驚いた声を上げ顔を向けた所、

「そやねん。

 あん時は、ほんまに嬉しかってん。

 やっと復帰出来るって思ったから。

 けど、いざ復帰したら、何か調子が上がらんで、前見たいな動きが全然出来んのや!?

 手足の痺れが出たり、たまに頭痛や吐き気が出たりで、今は試合は疎か練習さえもまともに出けんねん!

 せやから、監督から暫く休む様に言われ帰って来てん。

 で、さっき迄ずっと考えてたんやけど、こんなんじゃこの先まともにプレイなんて出来んと思うから、この際ラグビー辞めて勉強に専念したら、卒業する時には家を継ぐ為の資格も取れて良いかなって思うねん。」

 そう言った強君の顔には、志半ばでラグビーを諦めなければ成らない悔しさが滲み出て居た。

 この強君の決断を聞いて、御夫妻は勿論、私や真由美も残念な気持ちに成ったが、彼の躯の事を思えば最良の選択だったと思えた。

 御夫妻は、幼少から日本代表を目指し頑張って来た強君の思いが解る故、その涙の決断が口惜しく残念で成らなかった様だ。

 しかし、彼に起った身体の不調を思えば、この人生最大の決断も致し方無いと思えたのだろう、

「それで、良いんじゃ無いか!?」

 この社長の一言が、御夫妻の思いを表わして居る様であった。

 私はと言えば、強君の決断を尊重すると共に、今後の彼が会社を背負って立つ事に成ると、跡取りと成る彼を支えて行く覚悟を決めた。

 食事を終え、部屋に戻った途端、

「歩君は、強君を支えて行くつもりなんだろうけど、私思うのよ!」

 言った真由美に、

「何が?」

 聞いた私へ、彼女は強君が篠崎家を継ぐ事を祖父が知れば、私が篠崎家の事を考える必要が無くなり、心置きなく家を継げる様に成ると、祖父は思うのでは無いかと言って来たのだった。

 私は真由美のその言葉にハッとし、週末の祖父との対面を思い起こすと、例え将来的に祖父の家を継ぐとしても、この事だけは強君が独り立ちする迄は、絶対に隠し通さなければ成らないと悟った。

 で無ければ、必ず跡取りの話を承諾させようと説得して来るであろう。

 なれば、強君が大学を卒業し、家を継いでから独り立ちする迄の間、強君の力に成る事が出来無ければ、この家へ恩を返した事には成らないのではと思えた。

「ほんま、そうやな!?

 なら、何としても強君が独立する迄は、この家を離れる訳には行かんもんな!」

 真由美へ言うと、彼女は祖父にその事を隠し通せる事が出来るのか?

 例え今回隠す事が出来ても、強君が一人前に成る迄の此れからの数年、到底隠し通せるとは思え無いと言い、篠崎家の此れからと祖父の跡取り問題は、此れからの私に取って人生を左右する事に成るだろうと言った。

 翌日朝、私が階下へ下りると、既に強君は普段と変らない様子で朝食を摂って居た。

 朝の挨拶をすると、強君は晴れ晴れとした顔で挨拶を返して来た。

 私は強君が空元気を出してるのかと、

「強君、大丈夫なん?

 これから、どうするん?」

 聞いたのに、

「歩兄ちゃん。

 大丈夫やって言うたら、正直嘘に成るんやけど、今回の怪我ばっかりはどうしようも無いんや!

 復帰した時、やっとプレイ出来るって喜んだんやけど、いざプレイしてみたら五分もせん内に、躯の調子が悪う成って気持ち悪く成るし、コンタクトプレイしたら覿面に動けん様に成ってまう。

 せやから、ラグビーは諦めるしかしゃーなく成ってもうた。

 元々現役辞めた時、いずれ家業を継ぐつもりで建築学科に入ってたから、今迄好き勝手させてくれた親父に恩返しするつもりで、予定よりは早いけど学生の本分に専念して、将来歩兄ちゃんを助けられる様に資格取って、一緒に頑張って行ける様にしたいって思ってるねん。」

 そう言ったのが私には痛々しく聞こえ、その後彼に掛ける言葉を失わせてしまった。

 余程、儂の顔が困惑している様に見えたのだろうか、

「兄ちゃん!

 ほんまに大丈夫やから心配せんといて!」

 そう言った強君は、この日学校へ戻って行くと、愁いが消え心が軽くなったのか、己の将来を見据え積極的に行動する様に成る。

 差し当たって彼がした事は、ラグビー部を辞め学業に専念する事であった。

 そうした覚悟を以て、新たな一歩を踏み出した強君を、私達家族は思いを新たに今迄以上に応援する事を誓った。

 こうして、強君の新たなページが開かれたのと同時期、私もこれ迄には思いも寄らなかった身内の存在と相対する事と成った。

 強君の問題が落ち着いた週の週末。

 私は、古暮さんから教えられた街の駅に時間通り着いた。

 其処は私達が住む大阪の街から、電車で三時間程掛かる地方の港町で、その昔は海運で栄え栄華を極めたと言うが、今の時代は多少の海運業はある物の、主な産業は内陸部の農業と漁業であり、その昔に栄えた街の面影は既に無い地方都市の一つであった。

 師走に入ったばかりの日曜日。

 私と真由美、それに晴夏は駅に降り立ったのだが、身重の彼女に港町の寒空は応えるだろうと、

「真由美さん、寒くない!?

 大丈夫?」

 と聞いたのに、彼女は大丈夫と答えたが、私は少しでも温かい所へと、急ぎ駅舎の中へ彼女を連れるべく向かった。

 改札を抜け駅舎に入ると、暖房が効いており身重の身体には一安心と安堵した。

「歩様、奥様、晴夏ちゃん。

 遠路はるばる御足労頂き、誠に有り難う御座います。」

 との声に振り返ると、其処には頭を垂れる古暮の姿があった。

 時間通りに迎えに来てくれた古暮の、車を表に回してあるとの案内に促され、用意された車に乗車すると車は一路、港町から街中を抜け広い田畑を過ぎると、山裾に建つ屋敷の門を潜り中へ入ると、尚も走り続け威厳のある玄関の前で漸く車は停まった。

 港から、大凡三十分の距離を走った場所に建つ屋敷は、一見して代々続いて居るのが解る程、古く威厳のある立派な屋敷であった。

 車から降りた私の目に、その屋敷は視界に収まり切らない程の大豪邸で、振り返れば潜った門から玄関迄長く小径が伸び、その間に手入れが行き届いた庭が拡がり、世間と屋敷を隔たる様に門から両側へと長く白い塀が伸びて居る。

 私は産れて初めて、豪邸と呼ばれる建物をマジマジと見て、世の中にはこれ程の建物を建てられる、巨万の富と言った財力を持った者が居るのだと知った。

「すごい、おうち!」

 晴夏のこの言葉に、私と真由美は共に納得し頷く事しか出来無かった。

 呆気に取られる私達に、

「皆様、どうぞこちらへ。」

 古暮に導かれ玄関へ上がると、真っ直ぐ伸びる廊下を奥へ向い歩いた。

 突き当たりには一面のガラス戸が見え、隔たれた向こうに庭が見えるが、その手前中程に右へ続く廊下が見え、左側には板襖が奥迄続いて居る。

 先に歩く古暮に続き、廊下中程の角を右へ曲がると長く続く廊下が先へと伸びて居た。

 その廊下を奥へと歩いて行くのだが、その間に幾つの襖を遣り過ごしたか知れない。

 廊下の突き当りを目前に、古暮は足を止めると目的と思われる部屋の前でしゃがむや、襖の引手に手を掛けると、

「旦那様、御連れ致しました。」

 中へ向い声を掛けた。

「入って貰いなさい。」

 低く、些かしゃがれた声が返って来ると、古暮は静かに襖を開けた。

 その途端、フワッと何とも良い香りが廊下へ流れ出た。

 私は造形がある訳では無いが、この良い香りがお香であろうと察した。

「どうぞ、お入り下さい。」

 古暮は、私達を中へと誘っ(いざな)た。

 私は中へ入る成り、「あっ!?」と思わず声を上げてしまった。

 其処にあった光景は、社長さん御夫妻から同居を誘われた折、迷う自身の夢枕に立った母が居た座敷。

 その物であった。

 三方開きの大きな仏壇。

 その仏壇の大戸が開けられた中には、夢枕で見たリンドウと桔梗では無かったが、綺麗に菊の花が生けられて居り、懐紙が引かれた茶請け皿には、光沢のある小豆色した旨そうな羊羹が二切れ乗って居る。

 その横を見れば、如何にも重厚そうな戸袋を備えた床脇が設えられ、季節に合わせたのであろう福寿草と南天が描かれた掛軸が吊された床の間が、仏壇と床脇を挟む様に設えられて居る。

 私は、私の身を案じ夢枕に立った母が居た光景と寸分違わぬ座敷の造りに、この屋敷が間違い無く母の生家であり、その母の記憶が訪れた事が無い私の記憶に懐かしさを与えたのだと思った。

 そうして、開け放たれた障子の向こうに見える薄ら雪化粧した庭に、夢で見た夏景色とは違う美しさを覚え眺めるのだった。

「歩君、ねぇ歩君!」

 私を呼ぶ真由美の声にハッとすると、私はベッドに横たわり私を見詰める男性と目を合わす事と成った。

「歩様、どうぞこちらへ。」

 ベッドの横に並べられた椅子へ、古暮が勧めるのへ私達三人は座った。

「初めまして、歩です。」

 祖父であろう男性へ、私はこの時、こう言うのが精一杯であったが、

「良く来てくれたね。

 今日は、儂の勝手を聞いてくれてすまんかったねぇ。

 古暮から、これ迄の経緯(いきさつ)は聞いてるだろうから、敢えて説明する必要も無いだろうが、私は本当に初美には悪い事をしたと後悔して居る。

 あれも誰に似たのか、中々頑固な所があって、直ぐに尻尾を巻いて逃げ帰って来ると思って居ったのが、最後の最後迄頑張り抜きよった。

 それを思うと、二人の結婚を素直に許してやれば良かったと悔やむばかりよ。

 許して遣ってれば、あんな、せんでも良い苦労をさせずに済んだと言うのに。

 歩君にも、本当に悪い事をしたと思って居る。許してくれと言っても、そう易々と許して貰えるとは思って無いが、此れから話す事を思えば、どうか許容して欲しい。」

 そう言った祖父の顔を、私は直視する事無く俯いて聞いて居た。

 その旨の内は、唯々『困惑』だった。

いよいよ大詰めです。

歩の行く末がどうなるのか!?

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