二十四話『いよいよ』
歩と真由美の結婚式は、式場が見付かった事で十一月と決まった。
慌ただしく結婚の準備する中、歩は並行して自身の試験や会社の事も行う。
そうした中でも、歩は彼女の喜ぶ顔を想像するのだった。
「それで、今年中と仰られましたが、実際の所は何月と御考えですか?」
神主さんに聞かれ、私達は十一月中頃が都合良いと答えた。
その理由を聞かれれば、私の専門学校入試が十月に行われる事から、それが終わり落ち着いた所で執り行いたかったのと、十二月と成れば師走と成り間違い無く誰もが忙しく成るからで、十一月はその間の気候も穏やかで祝日も多い事から格好と言って良かった。
しかし、これだけ差し迫ってしまうと、流石に祝日絡みでは難しいだろうと思った。
「で、十一月の何日か、希望はありますか?」
問われ、土日にでも挙げる事は出来るのかと聞いて見た。
すると、やはり祭日は参拝客も多く、十一月には七五三の行事等で、当然の如く週末は難しいとの事であった。
しかし、平日ならば、日にちを指定して貰えれば大丈夫と言われ、
「それでは、親とも相談しますので、三、四日日にちを頂けますか?」
そう言ったのへ、神主さんは承知され、連絡先として名刺を出すと神社へと戻られた。
「一先ず、良かったわねぇ。」
八百政の奥さんに言われ、私達は奥さんの閃きに感謝しお礼を言った。
これに、奥さんは自分の事の様に喜んでくれ、
「良い結婚式に成るわよ、きっと。」
と言葉を残し、店へと戻って行った。
その頃には、晴夏もパフェを食べ終わって居り、私達はこの事を社長さん夫妻に話すべく家へと戻る事にした。
喫茶店を出る時、マスターから、
「今のまま、幸せな家庭を大事にせえよ。」
との言葉に、私は照れ笑いを返した。
私はマスターの言葉が嬉しく、返す返す礼を言うと喫茶店の表へと出た。
奥さんに、今一度お礼を言うべく八百政を覗いたが、奥さんは居らず旦那さんへ宜しく伝えて貰う様言付けると帰路に着いた。
家に帰ると、御夫妻はのんびり二人でお茶をして居た。
「えらい、早よ戻って来たなぁ!?
もうちょっと、ゆっくり楽しんで来るんやと思っとったのに。」
些か驚いた感で迎えられたのに、私達は御二人に話しがあると食卓についた。
何事と言った感の御夫妻へ、私は開口一番式場が見付かった事を告げた。
私達があれ程探し回って居た事を知っていた御夫妻は、私の言葉に、
「ほんまかいな!?」
と驚いた。
私達が、探すのを半ば諦め、式は翌年に延ばそうと考えて居たのを、御夫妻も薄々感じて居たのか、ここ数日は式場探しの事を聞いて来る事は無かった。
故に、私の言葉は驚きをもたらした。
そして、その式場が何処なのか?
どう言った経緯で見付かったのかを聞いて来た。
私と彼女は、式場が商店街の外れにある岩木神社だと話した。
すると、御夫妻は共に、
「そうか、岩木さんがあったか!」
と、思い出され、
「すっかり、忘れ取った。
で、どうして知ったんや?
参った時にでも知ったんか!?」
聞かれ、私は八百政のおかみさんとの遣り取りから、神主さんを呼んでくれ詳しい話しを聞いた事を告げると、
「どうでしょう?
岩木神社で結婚式を挙げるのは!?」
聞いたのへ、奥さんは懐かしむ様に、
「一昔前迄は、岩木さんで結婚式を挙げる人達も、年に二、三十組位はあったのに、最近では滅多に見る事も無く成って居たから、てっきり結婚式を執り行う事を止めてらっしゃったのかと思ってたの。
未だ、遣ってらしたのね。
良かったわぁ。」
と懐かしむ奥さんに、
「今でも、年に数組は結婚式を挙げてるみたいですけど、最近の流行はもっぱらホテルや結婚式場が主流で、神前結婚式とも成れば名の知れた神社で行う位で、神主さん曰く、
『うちの様な小さな所で式を挙げる新婚さんは、随分と減ってしまいました。
ですから、穴場と言えば穴場なんですよ。』
そう言って、笑ってられました。」
私が言ったのへ、
「なら、是非にでも岩木さんで挙げさせて貰らったらええ。」
社長さんが言うのに、奥さんも大賛成と言わんばかりに頷いた。
御夫妻から承諾を得た私達は、早速彼女のお母さんを訪ねるべく連絡を入れ、その日の夕方には晴夏を連れお母さんの元を訪ねた。
いきなりとも言うべき訪問に、
「どうしたの、急に?
何か、あったの!?」
些か不安な表情で迎えたお母さんに、私達は事の次第を話し、式場を岩木神社に決めて良いか訪ねた。
これにお母さんは、
「良かったわねぇ!
灯台下暗しとは、こう言う事を言うんだろうねぇ。
身近に良いとこが見付かって、本当に良かったわ!
私は、勿論大賛成よ。」
そう言って下さったのに、私達はその日の内に神主さんへ連絡を入れ、打ち合わせの日時を決めると後日伺う事を伝えた。
式場が決まると、それからは式場選びとは比べ物に成らない程に慌ただしさが増した。
本来、結婚が決まってから行うべき婚約指輪の用意や両家の挨拶、結納に親類縁者や職場に知人への結婚報告などをすっ飛ばし、結婚式を執り行う事に成ったのは、両家に於ける家庭環境が複雑であったからで、そうした物を省く事をしたからと言って良かった。
それでも、式場が決まれば必然的に決めなければ成らない事がある。
差し当たって、私や史孝さんが楽しみにして居た彼女の花嫁衣装選び。
これには、奥さんと彼女のお母さんが付き添ってくれ、私は蚊帳の外と言わんばかりに立ち会う事が許され無かった。
ひと目だけでも、どの様な花嫁衣装なのか見たかったが、
「それは、当日のお楽しみ!」
と、双方の母から止められた。
次に、結婚指輪。
婚約指輪さえ贈って居なかった私へ、彼女は結婚指輪だけで十分と、婚約指輪を贈ろうとした私に断わりを入れた。
こう言った時の彼女は、頑として己を曲げる事が無いのを知って居た私は、私に出来る精一杯の贅沢をするべく、彼女が喜びそうな結婚指輪を探す事にした。
普段付けられるペアリングを、彼女が気に掛ける金額を気にする事無く、納得し満足出来る品を選ばせたかった。
この事だけは、何としても妥協したく無かった。
花嫁衣装に関して、私に一切の口出しをさせてくれなかった彼女は、花嫁衣装でさえ粗末とは行かない迄も、贅を凝らした豪華な物は極力避け、質素でシンプルな物を選んで居るに違いない!
ならば、結婚指輪位は私の気持ちを通させて欲しかった。
そうした心持ちを抱き、彼女と晴夏を伴い訪れたジュエリーショップは、生まれて初めて目にした目も眩みそうな輝きの数々に、私は圧倒され店内に漂う空気と相まって、緊張から躯が強ばり居づらさを感じるのだった。
そうした中、やはり女性と言う物は、こうした宝石と言う物を好むDNAが躯に流れて居るのだろう。
目を輝かせ嬉々した表情の晴夏と、同じ様にショウケースの中に並ぶ、様々な指輪や宝飾品を見詰める彼女の表情は、嬉しそうに微笑んでいる様に見えた。
そうした彼女達の後ろから、私はショウケースに並ぶ結婚指輪の数々を覗き込んだ。
リングの材質にも、金銀プラチナ等様々な材質があり、宝石等が爪等に固定されて居るエタニティリングや、爪等の固定では無く金属の圧力で固定されるテンションリング等、様々な指輪が所狭しに整然と並んで居た。
様々な輝きを発する中、私はそれらの美しさは勿論の事、それらの金額にも驚かされる事と成った。
ゼロの桁を逆読みし、その数に驚き臆するも立ち向かう気持ちで品々を見た。
「きれい!」
感動で、つい声を上げた晴夏に彼女も、
「ほんと、綺麗ねぇ!」
と感嘆するのだった。
接客するべく近付いて来た女性店員も、これ迄こうした物とは無縁だったと見える、ショーケースを覗き込む私達を、声も掛けず幾分怪訝そうな目で見遣るのに、私は気まずさと共に腹立たしさを覚えた。
『不釣り合いとでも言いたいん遣ろうな!』
思うと、私は居たたまれなく成り、ジュエリーショップは他にも在ると、他店へ行くべく彼女へ声を掛けようとした。
その時、奥の方から、
「此処は良いから、君はあちらのお客様の接客をしてくれるかな!?」
との声と共に、入れ替わる様に四十代半ばと覚しき男性が私達の前へ来るや、
「いらっしゃいませ。
この度は、どの様な物をお探しですか?」
丁寧に声を掛けて来た。
その物腰の柔らかしさと、穏やかな物言いに思わず私は恐縮し、さっき迄の腹立たしさは影をひそめ改まるのだった。
こうした店に慣れていない私と彼女は、こうした接客を受けるのもほぼほぼ初めてと言って良く、どう話せば良いのか解らず口籠もってしまうのだった。
その様子を察したのか、
「改めまして、この度は態々私共へお越し下さり、誠に有り難う御座います。
私、店長の久保田と申します。」
そう言うと、名刺を取り出し私達へ差し出してくれた。
これに私は、緊張しながらも受け取ると、意を決して、
「結婚指輪を探しに来ました。
只、私は、今迄にこうした物を身に付けた事が無いので、どう言った物が良いのかも解らないんです!?」
そう言ったのへ、
「左様で御座いましたか。
でしたら、どの様な品が良いのか、じっくり見て頂き御相談なさって下さい。
それと、差し支え無ければ、御予算は如何程かお教え下さると、御二人が喜ばれる様な品を見繕えも出来ますが?」
そう、場慣れしていない私達を、軽蔑する様子も無く丁寧に優しく接してくれた。
この店長の言葉に、私達の緊張は一気に緩み安心して品定めをする事が出来たのだが、彼女が間髪入れず予算は安ければ安い方が良いと言ったのへ、
「左様で御座いますねぇ。
結婚指輪と成れば、基本的にペアでのお値段と成りますから、こう言っては何ですが、十万円以下とも成ると、素材の量を減らす事で低価格にする事に成ります。
そうすると、見た目に幅はあっても、其の実指輪の厚さが薄くなり、付け心地が悪く成って外してしまったり、箪笥の肥やしに成ってしまったりすると聞きます。
それに、同じ見た目の銀色でも、シルバーとプラチナでは将来的な事を考えても、腐食や変色し易いシルバーよりは、プラチナを選ばれる方が良いかと存じます。
まぁ、当店では御座いませんが、仕事が雑であったり傷付き易いや汚れ易い等、良いと思える事は無い様に思われます。
もう一つ、懸念があるとすれば、金属アレルギーと言う問題も御座います。
御主人様は、これ迄貴金属を身に付けた事が無いとの事ですので、御自身が金属アレルギーをお持ちかどうかも解らないでしょうから、それを調べる方法もあるにはあるのですが、結果が解るのに一週間程度掛かる事を考えれば、ここはプラチナや金をはじめ、最近ではチタンやジルコニウム等の金属アレルギーが起りにくい材質もありますから、一生物の買い物と言う事を考えれば、それなりの物をお勧めしたいと私は思って居ります。」
そう言った店長さんの言葉は、合理的でケチとも言える彼女を黙らせるに十分説得力があった。
「でしたら、どれ位の金額が妥当だと思いますか?」
問うた彼女に、
「金額で選ぶのでは無く、どう言った材質を使い、どの様なデザインの物にするかで決められたら良いかと存じます。
何せ、結婚指輪ですから、御二人の思いを込められた、一生物に為さって頂きたいと思って居ります。
例えば、ゴールドやプラチナ単体でも構いませんし、それらを組み合わせたコンビと言う手も御座います。
デザインも、これらを参考に考えて下さっても良いと思いますし。」
店長が、ショウケースに並ぶ指輪を手で指し言ったのに納得するも、其処はやはりと言おうか予算と言う物が頭を過ぎる。
其処で、改めて並ぶ指輪の数々を見させて頂く事にした。
「それでは、良い物が御座いましたら、御遠慮なく御声掛けして頂けますか!?」
そう言葉を残し、店長さんは他のお客さんを接客する為に私達から離れた。
「さっきの店員さんと違って、店長さんはとっても親切で良い方ね。」
彼女の言葉に、私の気持ちも同感であり、結婚指輪の事は彼に相談するのが最良と思わせた。
彼女も思いは一緒だった様で、
「店長さんの言う通り、ここは少しでも奮発して良い物を買いましょう。」
そう言った彼女と、私はショウケースに並ぶ様々な指輪を順々に見て廻った。
私と彼女が、あれやこれや言うのを聞いている晴夏も、真似る様にこれもあれもあっちのも綺麗と探してくれる。
そうした時間は、私達家族に取ってこの上ない幸せな時間と成り、この瞬間を私は一生忘れはしないと心に刻んだ。
そうした中、彼女は一つの指輪に目が釘付けと成った。
それは、彼女の誕生石であるペリドットが中央に乗ったプラチナリングであった。
ペリドットのプラチナリング自体は、左程高価と言う品では無いのだが、そのリングに至ってはハート&キューピットと記載されたメレダイヤが配されている分、他より幾分高価な品と成って居た。
暫くその指輪を見詰めて居た彼女であったが、直ぐ様ペアリングが並ぶエリアへ目を移すと指輪を一つ一つ見るのだった。
『彼女も、やっぱり女なんやなぁ。』
ふと、普段そうした姿を見せない彼女に、私はそんな一面を垣間見て思うのだった。
彼女は、晴夏と共にあれやこれやと言いながら、楽しそうに指輪を見て行くのだが、
「歩君も一緒に見て頂戴よ!」
と声を掛けて来た。それに私は、
「真由美さんと晴夏が選んでくれるので良いよ。
こう言うもんは、やっぱし男が口出すより女性が選んでくれる方が良いから。」
と任せる事にした。
これに、そうは言ってもと言いつつ、最終的には彼女達で探して貰う事で落ち着いた。
彼女達が指輪を探す間、私は手が空いたのかレジに一人で立つ店長と話しをし、彼女達が選ぶ間の手持ち無沙汰を紛らわせた。
凡そ一時間位であろうか、隅々迄吟味したのであろう彼女らは私を呼ぶと、
「二つ候補があるの。」
と、見た目シンプルなプラチナの平打ちリングと、同じ様な平打ちであるがプラチナとゴールドのコンビリングを提示してきた。
価格は、双方左程変らない物で、二十数万する物であったが、私の中では金額的にもデザイン的にも納得出来る物であった。
そこで私は、彼女が気に入った方で決めれば良いと言ったのだが、どちらも気に入っているから決めがたいので、最終的な決断は私にして欲しいと言われ、私はシンプルな平打ちリングを選らぶ事にした。
こうして結婚指輪を決めると、残るは式に参列する人達と、披露宴への招待客選びだけに成った。
その他、式の演出や段取りは神社がしてくれると言い、披露宴会場と成るのは社長さん行き付け、商店街にある寿司幸の二階にある宴会場と決まった。
私達の結婚式は、私達自身に知り合いが多くない事もあり、極々身内だけのこじんまりとした物にする事で落ち着いた。
まぁ、八百政のおかみさん御夫妻は、お世話に成った事もあり、披露宴に招待する事にしたが、それでも何やかんやで招待客は総勢三十人程には成った。
そうした事を、十一月半ばと決まった挙式迄の凡そ一月ちょっとで決められた事は、私からしたら奇跡と言って良かった。
何故なら、私にはそれらの最中である十月には、専門学校の入学試験を受けると言う事があったからだ。
更には、私や時街君が入った事で、会社は仕事量を増やす事が出来る様に成り、規模を大きくする為に新たな人材を二名入れる事に成って居た。
一人は叩き上げの職人で、一人親方に弟子入り後ずっと共に働いて来た五十代の岸山肇さんで、師匠と仰ぐ親方が亡く成った事で転職して来たと言う。
もう一人は、二十八歳の戸田貞夫さんと言い、これ迄に様々な職を転々とし、最近は大工として三社で働くも長続きし無かった人であった。
私達社員は、岸田さんと戸田さんが余りに対照的だった事もあり、岸田さんは年齢こそいってはするが、経験や実績を鑑みれば何も問題無いだろうと社長へ言った。
片や、もう一人の戸田さんに関しては、余りに転職が多い事でうちに来ても長続きしないのではと意見は一致した。
これに、社長さんは、
「会社が慈善事業で遣ってない事位、儂にだって十分解っとる。
けどなぁ、これ迄に色んなとこで働いて長続きせんかったからって、そん人をようも知らんのにあんたは我慢が無いからって、アカンと切り捨てる様な真似を儂はしとう無い。
もしかしたら、うちでは長続きするかも知れんし、万が一辞める様ならそれはそれで仕方が無いと思えば良い事やろ!
兎に角、三月の見習い期間、皆で様子を見たったらええんとちゃうか!?」
そう言った社長の言葉に、我々社員は彼の働きぶりを見守る事にした。
そうした新入社員の世話等も重なり、十月と言う月は私に取って目の回る忙しさであった。
十一月に入ると、十月の忙しさが丸で嘘だったかと思う程に、結婚式に向け穏やかに時が流れる様に成り、ほぼほぼ整った結婚式の準備も大詰めを迎えて居た。
招待客のリストアップが済むと、『急で申し訳ありませんが。』と、十月中に招待状を送付する事も出来た。
そして、披露宴会場と成る寿司幸での食事内容の打ち合わせや、その他細々した決め事も滞り無く終わり、一月半で用意したとは思え無い程に式の準備は整った。
結婚式を二日後に控えた日曜日。
私は、結婚式での鬘や着付けの段取りに出掛ける彼女達を送り出すと、一人結婚指輪を受け取りに行くべく家を出た。
漸く迎える結婚式は、歩と真由美にとって人生最大の大イベントである。
こうして結ばれる二人の結婚式は、どう言った物に成るのであろう。