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ただいま、僕の帰る場所  作者: 西邑亮多郎
一節 母の想いと子の夢
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二十三話『商店街』

仕事に専門学校の事、そして結婚式場探しと慌ただしい日々の中、歩は懐かしい商店街へ真由美と晴夏を連れ、散歩がてら遊びに行く。

そうした中、懐かしい人々に会う中、一つの光明が歩達にもたらされる。

 私は入社するや、社長さんからうちの仕事のイロハを教わるべく、古参で番頭とも言うべき天谷さんに付く様に言われた。

 一から教わる仕事の数々は、建物を造る上で欠かせない事だらけで、全てに於いて無駄と成る物は無かった。

 教育係とも言うべき天谷さん以外に、うちには天谷さんの他に古参と成る田中佳樹さん三十八歳、彼より三つ年下と成る君原幸次さん。そして、私と同世代で入社一年目と成る二十四歳の江島健治さん、年明けに他業種から転職してきた時街日色君十九歳が居た。

 少数精鋭と言って良い篠崎工務店は、社長さんが絶大なる信頼を置く天谷さん仕切りの元、風通しの良い働き易い職場であった。

 そうした中で、私は着実に仕事を覚えて行く事ができ、その早さは天谷さんでさえ目を見張る物であったらしく、秋を迎えようかと言う九月頃には、江島さんや時街君の技量を凌ぐ程に成って居た。

 こうした事は、社長さんはじめ中堅処と成る田中さんや君原さんには、すこぶる評判の良い物ではあったのだが、若手の二人からはやっかみを受ける事に成り、いつしか私は彼らから嫌われ目の敵にされる様に成った。

 多分、彼らからしたら、

『ほんまの子供でも無い癖に、跡を継ぐなんて可笑しいやろ!』

 と言う思いがあったかも知れない。

 そうした彼らと、私は打ち解けようと気遣いはしたが、すればする程距離を置かれ余計に反感を買う事に成ってしまった。

 そうした間にも、私は建築専門学校の受験を控えた上に、結婚式を挙げるべく未だ決まらない式場選びに奔走した。

『こんだけ探しても、キャンセル待ちしか無いんやったら、別に慌てんで来年に挙げるんでも良いんちゃうかな!?』

 そんな事を旨に思う私は、久し振りに彼女と晴夏を連れ、気分転換がてら近所に在る商店街へ出掛ける事にした。

 これは、私が同僚や諸々の問題に悩んで居るのを見かねた彼女が、

「たまには親子三人、ぶらぶら商店街でも歩くのも良いんじゃ無い?」

 と言う彼女の提案からであった。

 私達が歩く商店街は、うちの事務所から凡そ百メートル程の最寄駅、其処を出た所に入口が待ち構えており、彼是五十年の歴史がある全長五百メートル程の商店街で、商店街を抜けるすんでの入り組んだ裏路地を入って行けば、私と母が住み暮らした雲雀荘がある。

 社長さんの家でお世話に成る事に成って以来、私はこの商店街に足を踏み入れたのはこの時が始めてであった。

 別に母との思い出が商店街にある訳では無かったが、それでも何気ない風景の中に雲雀荘を思い出し、母の事を思い出させる切掛が其処此処に散らばって居た。

 そうした事から、知らず知らずの内に、私の足は商店街から遠ざかって居たのかも知れない。

「久し振りやなぁ!」

 商店街の入口に立った私が言ったのへ、

「そうなの?

 どれ振り位!?」

 聞いて来た彼女へ、私は母が亡くなって以来だと答えた。

 それを聞いた彼女は、

「なら、止めましょうか?」

 気遣いからだろう、聞いてくれたのへ、

「いや、大丈夫やで。

 今はもう、寂しさや悲しみは無いから。」

 答えると、私は晴夏を挟み手を繋ぐ彼女達と共に商店街へ足を踏み入れた。

 久し振りに歩く商店街は、アパートを離れてから五年経っても、左程景色を変える事は無く賑やかなままであった。

 そうした商店街を歩く私へ、突然、

「歩君!

 歩君じゃない!?」

 女性の声が商店街に響き渡った。

 その声がした方へ向くと、母の使いでたまに寄って居た八百政のおかみさん、清江さんが驚いた顔で私達をじっと見詰めて居た。

 清江さんは、本名政園清江さんと言って、私と同級生の清君が居た事で、母は授業参観で顔を合わせてから親しく成り、以来野菜は八百政で買う様に成り、私も良く使いに出された折にはお世話に成った店である。

「御無沙汰しています。

 お元気そうで何よりです。」

 私が会釈を以て挨拶すると、

「歩君、元気そうねぇ!

 良かったわぁ。

 おばさん心配してたのよ。

 お母さんが亡くなってから、どうしてるのかなって思ってたから!

 大丈夫なのね!?

 ちゃんと、暮らしてるのよね!?

 ほんと、立派に成ったわねぇ!」

 そう言うと、私の肩をパンパン叩きながら喜んでくれた。

 これに私は、妻の真由美と娘晴夏を紹介しようとしたのだが、

「あらっ、奥さんと娘さん?

 歩君も結婚したのねぇ!

 それに比べてうちのぼんくら息子、未だに独身貴族だってほっつき歩いて、情け無いったら有りゃし無い!

 早く、歩君みたいにお嫁さんを貰って、孫の顔でも見せてくれれば安心出来るんだけどねぇ。」

 と、愚痴が口を吐き、すかさず、

「おばさん、知ってりゃ歩君の結婚式に出たのにねぇ。」

 と畳み掛けた。

 これに、私は彼女と晴夏を紹介し、籍は入れたが式は未だして居ないと話し、今は母が勤めて居た工務店で働いてる事を告げた。

「そうなの、篠崎さんとこで働いてたの!?

 やっぱりあの社長さん、面倒見が良かったのねぇ。

 あなたのお母さんも良く言ってたわ。

 良い人の所で働いてるって。

 なら、家族の為にも、社長さんへ恩を返す為にも頑張ら無きゃね。

 それで、今日は商店街に何か用でもあって来たの?

 もしかしたら、結婚式の準備に何か買いに来たの?」

 聞かれ私は、近くに住んでるわりに三人で来る事が無かったので、散歩がてら初めて二人を連れて来たのだと言い、

「結婚式は、式場が見付からなくて、まだ挙げて居ないんですよ。

 大学を卒業したんだから、身を固める為にも年内には式を挙げれば良いから、早く式場や結婚の段取りをしなさいって言われ、二人して方々探してるんですけど、年内は何処も予約が埋まっていて、今じゃ二人共来年でも良いかなって思いに成ってるんです。」

 と、式場に付いての悩みを吐露してしまった。すると、

「年内って、後少しじゃ無い!?

 それじゃ、何処も空いてる訳無いわよ!」

 驚きつつ、奥さんは瞬時何か閃いたのか、

「歩君、ちょっと其処の喫茶店でお茶でも飲んどいて頂戴!」

 言うや否や、店内の旦那さんへ声を掛けると、何処かへ向けいきなり駆け出した。

 私達三人は余りに急な事で呆気に取られ、呆然と奥さんの後ろ姿を見送って居たが、我に返ると奥さんに言われた、八百屋の斜向かいにある喫茶店へ休憩がてら入る事にした。

 喫茶店に入ると、私は店内の様子に懐かしさを覚え、居てるであろうマスターの姿を探し求めた。

 この喫茶店コーヒーポットは、引っ越して来てから虐められ、学校に友達と呼べる者が居なかった私に声を掛けてくれた、坂井君と安斉君に連れられ遣って来た喫茶店である。

 昭和の時代から続く喫茶店は、この商店街が出来た頃から暖簾を下ろし、界隈の者では知らぬ者が居ない店であった。

 昭和の香りを色濃く残した店内には、奥に6脚程のカウンター席があり、残るフロアーには使い古されたテーブルが並び、それを囲む椅子には紺色のスウェードが貼られ、時代から取り残された様な古めかしさは、流れるクラッシックのBGMと相まって落ち着きをもたらして居た。

 そんな店内を見渡し、此処で坂井君らに学校での話しを聞いて貰い、何度か相談に乗って貰らった当時を思い出すと、自然とマスターとの思い出も脳裏に蘇って来た。

 その日、坂井君らと待ち合わせをして居た私は、一足早く着いたのでアイスコーヒーを頼み、彼等が来るのを一人で待って居たのだが、コーヒーを運んで来たマスターに、

「君は、学校で虐められてるんか?」

 と話し掛けられた。

 いきなりの事に驚きつつも、私が頷くと、

 マスターは、

「今迄、自分らが話しとった事は聞いとったから、君がどんな目にあっとるんかは解っとるつもりや。

 けどなぁ、いつ迄も先輩らに守って貰う事なんて出来んぞ!

 自分自身の事を守れんかったら、先輩らが居らん様に成ってから、又今迄見たいに虐められる事に成ってまう。

 せやから、余計なお世話かなとは思うたけど、おっちゃんに一つ助言させてくれへんかなぁ!?

 実はな、おっちゃんの知り合いに合気道を教えとる知り合いが居るんや。

 良かったら、自分習ってみいへんか?」

 このマスターの奨めに、私はマスターと同じ事を思って居た事もあり、迷う事無く二つ返事で紹介をして貰う事にした。

 その年から高校卒業する迄、私は毎週二回休む事なく道場へ通って居たが、大学生と成ってからは当然学業優先の生活に成り、社長さんに迷惑かけられないと、自分の小遣い位自分で稼ごうとアルバイトをする事にした。

 すれば当然、道場に通う時間も無くなり、気が付いた時にはすっかり道場から足が遠のいて居た。

 そうした事から、自分に自信を持たせてくれた合気道を紹介してくれたマスターに、その後の事情と御礼を言いたかったし、中途で行かなく成った事を詫びたかった。

 そんな思いを抱く私が座る席へ、一人の女性が注文を取りに来た。

「御無沙汰して居ります。」

 私が挨拶すると、その女性は、

「あら……

 もしかして……辻堂君?

 久し振りねぇ、元気にしてた?」

 尋ねられ、私は(むべ)うとマスターの奥さんである女性に、マスターの姿が見えないけれど元気ですかと尋ねた。

 すると、奥さんがちょっと出てるが直ぐ戻って来るからと言ったのに私は安堵した。

 私達が注文を終えた時、扉が開きマスターが店内へ入って来たのへ、私はすかさず席から立ち上がると、マスターへ近付き挨拶をし詫びたのへ、

「久し振りやなぁ!

 元気そうで良かった。

 そんなん、誰だって色々あるし、行けん様に成る時かてあるんやから、そんな事気にせんでかまへんのやで!

 けど、通って良かったんやな!?

 それが解って、おっちゃん安心したわ。」

 と笑ってくれた。

 この笑顔に、私は大分と救われた。

 てっきり、不義理を噛ました私を怒っている物だと思って居たから。

 ホッとした私にマスターは、

「それで、あの綺麗な(ひと)とお子さんは君の奥さんと子供なんか?」

 聞かれ、私は彼女と晴夏をマスターに紹介した。

 マスターは、私が結婚し家庭を持った事を随分と喜んでくれ、

「なら、御祝いに娘さんへパフェをご馳走させて貰おうかな。

 どのパフェが良い?」

 と聞いてくれたのへ、晴夏はチョコレートパフェを頼み、マスターは腕によりをかけてこさえるから待っときと、優しい笑顔と共に厨房の中へと入って行った。

「歩君は、ほんと良い方達に恵まれて居るわねぇ。」

 しみじみ言った彼女へ、

「ほんま、有り難い事やと思うてる。

 けど、今に成って思うんは、皆うちの境遇に同情して気に掛けてくれたって事やわ。

 此処のマスターも、僕が虐められてたのを知って、何とか成らんかって合気道を勧めてくれたんよ。

 で、不思議なもんで、習いだした途端、虐められる事が無くなってん!?

 直ぐに強く成る訳でも無いのにな。

 で、実際に喧嘩に成った時、自分が少しは強く成ってた事も解ってん。

 それからは、マスターが言った通りに、虐められる事も無く成った。

 そのお礼も言えんで、今日漸くマスターに謝れて、ほんまに良かった。

 ずっと気になっとったから、ほんまに気が楽に成ったわ。」

 と、軽く成った心に清々しさを覚え言ったのへ、

「なら、此れからはお礼方々、ちょくちょくお邪魔させて貰わなきゃね!」

 彼女は、嬉しそうに微笑み言うのだった。

 そうした所へ、

「お待たせしました。」

 との声に、晴夏が、

「わぁ!」

 と、喜びとも驚きとも取れる声を上げた。

 何事と見た私の目に、それはそれは見事なチョコレートパフェが目に入った。

 多分、普段出すパフェよりグレードアップしてくれたのであろうパフェに、晴夏は満面の笑みを見せ大喜びと成った。

 置かれたパフェを食べ出し、私達は置かれたアイスコーヒーを飲み出した時、カランと扉が開く音がし八百政のおかみさんが入って来るのが見えた。

 おかみさんは目ざとく私達を見咎めると、後ろから付いて来た男性を伴い私達が座る隣の席へ座るや、間髪入れずアイスコーヒーを二つと厨房へ声を投げた。

 毎度の事なのであろう、マスターは返事を返すと通常の仕事を続ける。

 おかみさんは、余程慌てて駆けて来たのであろう、置かれた水を一気に飲み干すと、

「歩君、こちらは商店街の外れに在る岩水神社の神主さんで藤さんとおっしゃるの。

 宮司さんの息子さんなんだけど、あなた達の話をしたら結婚式は挙げられるって!

 最近は、神前結婚式って随分と減ってしまったから、岩水さんとこでも例に洩れず随分と減ったんだけど、私が若い頃は月に何組か挙げるのを見た事があったし、聞いたら今でも年に数組は挙げてるらしいのよ。

 それでね、急だけど年内ってどうなのって聞いたら、大丈夫だって言うの。

 どう、神社じゃ駄目?」

 捲し立てる様に、一気に話した奥さんの気迫に圧倒されつつ、私と彼女は見詰め合い、

「願ったり叶ったりです。

 是非、お願いします。

 これ迄の式場選びでも、幾つかの神社に問い合わせはしましたが、こんな事を言っては失礼かと思いますが、其処は名の知れた神社だった事で到底無理な話しでした。

 まさかに、町内の神社で結婚式が挙げられるなんて知りませんでした。」

 そう言ったのへ、奥さんは、

「じゃあ、後は藤さんと話して頂戴。」

 言うと、アイスコーヒーに刺さるストローへ口を運ばせるのだった。

結婚式に向け、歩と真由美は準備に入る。

二人の結婚式は、どうした物に成るのか!?

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