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ただいま、僕の帰る場所  作者: 西邑亮多郎
一節 母の想いと子の夢
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二十二話『結婚へ向け』

篠崎工務店へ正式に就職し、真由美と歩む新たな新婚生活とも言うべき暮らしは、両家の親に結婚式と言う形を催促させるに至った。

そうして二人は、結婚式を行う為の式場探しに奔走する。

 少し、話しを卒業前に戻そう。

 アルバイトとして、現場へ出る初日。

 私は勿論皆と面識はあったが、其処はケジメとして身内扱いせず、アルバイトと言う形で一から働く事にして貰った。

 初日を終え、皆と事務所に戻って来た時には、私は精も根も尽き果てたと言った感が否めない程、疲労困憊と成り崩れ落ちる様に事務椅子へ崩れ落ちた。

 私は思った以上に、自身の体力が無い事に愕然とさせられた。

 うちの様な地方工務店の仕事内容はと言えば、専門の職人や業者を纏め、設計施工管理に工程管理やお客様対応と、建設業務全体を受け持つ工事請負建設業で、主に地場に密着した戸建て住宅やアパート等を施行する。

 只、元々が大工上がりの工務店である為、自身達のみで建てる現場もあり、初日に出向いた現場が正にそれで、私は皆が作業に必要な木材や石膏ボード、それに設備機器等を運ぶ事で一日を終えた。

 この現場の外装は出来上がって居り、残るは屋内作業や内装工事であったので、番頭である天谷さん曰く、

「歩君、これ位はまだまだ楽な方やで!」

 と笑い飛ばし、同じ見習いでもある時街日色君が、

「小僧っこの内は、此れが当たり前やから頑張ってな。」

 と励ましてくれた。

 この業界で小僧っことは見習いの事で、地域や会社によって呼び名は違ったりするが、うちの工務店では経験の無い者をそう呼び、そうした者が入社すると、大凡三月を見習い期間として宛てていた。

 時街君は、今年正月明けに入社し、後一月で見習い期間が明ける。

 そう成ると、私一人で見習い作業に成るのかと思ったが、其処は、

「心配せんでも、量が多い時は総出で手伝ってくれるから大丈夫。」

 と、時街君が安心させてくれた。

 そうした日々を送る中で、結婚式の話しが御夫妻から為された。

 翌日、一日の仕事を終え事務所に戻って来た所で、出掛ける彼女と鉢合わせ、実家へ向かう彼女を送り出すべく見送った。

「気を付けて、行ってらっしゃい。」

 社長さん御夫妻も、出掛ける彼女を見送りながら、奨めた結婚式を真由美の母も喜んでくれる事を願った。

 夕食を済ませ、私は晴夏を寝かし付けると下へ降り、ご夫妻と共に彼女が帰って来るのを待った。

 時計の針が十時十分を指した時、

「只今戻りました。」

 の声と共に、彼女は帰って来た。

 事務所を抜け、奥への扉を開けた彼女は、ご夫妻と私が待ち構えて居る事を予測して居たのだろう。

 私達を見るや、

「すいません、遅く成りました。」

 詫びると、話しをすべく私の横に座ろうとしたが、

「話しは後で良いから、先に着替えてらっしゃいな。」

 奥さんの言葉に、彼女は頷き返事を返すと二階へ上がって行った。

 彼女が降りて来る迄の間、私達は帰って来た時の表情からどうした返事が為されるのか憶測した。

 私にしてみれば、結婚式を受けと決めた彼女が、万が一反対されたとしても、此処は説き伏せる事が出来ると信じて居た。

 それに御夫妻、特に社長さんは、

「あの顔からしたら、向こうのお母さんも喜んでくれた見たいやな?!」

 と言い、

「そうねぇ、そんなに悪い顔をして居なかったから、私もお母さんは賛成して下さったんじゃないかしらって思うわ!」

 と、同意するのだった。

 私達の憶測と言う雑談は、着替えを終えて食卓へ降りて来た彼女によって終わった。

 階上へ向ける私達の目線に気まずさを覚えたのか、待ち構える私達へはにかむ表情と共に降りて来た彼女は、

「お待たせしました。」

 声を掛け、私の横へと座った。

 彼女の前へ奥さんがお茶を置きつつ、

「真由美さん。

 で、どうだった?」

 聞いたのへ、

「はい。

 今度の話を持って帰った時、母はどの様な事を言うのか不安だったんです。

 正直、私は子持ちで再婚です。

 そんな娘に、式の費用を出して下さると言うこちらの話しに、母が素直に賛成し喜んでくれるとは思えませんでした。

 ですから、母の気持ちを推し量り、断った方が良いと思ってるんだけどって言ったんです。」

 これに私や御夫妻は、何とまぁと言った表情と成り困惑の表情を浮かべたが、話しは其処で終わる事無く次の様に続いた。

「すると母が、私の気持ちや母を気遣ってるのは勿論解るけど、社長さん御夫妻や歩君の気持ちは考えたのかと言い、粗方の親が子供の為に何かして遣りたいと思うのは、極自然で当たり前の事なんだと言って。

 前の結婚の時も、経済的に余裕があれば式を挙げさせて遣りたかったんだと。

 そうした上で、こう言う言い方したらこちらに怒られるかも知れませんが、歩君の式を挙げようとしてくれるのも、血は繋がら無くとも親子の情に似た気持ちからなんだと。

 そうした気持ちを考えれば、母はこちらが提示して下さった式の話しを、喜んで受ければ良いと言ってくれました。

 前夫とも結婚式を挙げて無い私に、母は式を挙げさせるお金さえ出して上げられ無かったと未だに悔やんで居て、前夫が将来お金貯めて結婚式を挙げようって言ったのにも、私が籍を入れられただけで十分、結婚式なんて形式だけの事をする必要無いって言ったのを聞いてたらしく、母はどれ程情け無く悔しい思いだったかと泣きました。

 うちが貧しいのを解って居た私が、そうしたお金を勿体ないって思って居たんだろうけど、親にしたら結婚式一つ出して上げら無いのかって悔しかったと。

 そして、そうした事を言った私は、前夫の想いを台無しにしたんだと言って、今度も歩君の私に花嫁衣装を着せて上げたいって想い迄、傷付け台無しにするだと諫めたんです。

 歩君と前夫二人共が、私に一世一代、女の晴れ舞台と言って良い結婚式を出して上げたいって、心から思ってくれたんだと。

 これ程、有り難い事があると思うのかと!?

 その上、御夫妻も式を挙げ為さいって言って下さってるんだから、良く考え為さいと。

 これだけ皆さんに想って貰える私を、嬉しく誇らしく思えると言ってくれました。

 それに前夫も、この結婚式をきっと天国から祝福してくれる筈だって。

 だから私は、そうした皆の想いをしっかり受け止めて、幸せな結婚式を挙げなければ成らないんだって言われました。

 そして母は、社長さん御夫妻程じゃ無いにしろ、少し位はあなた達の為にお金を使わせて貰いたいって言ってくれたんです。」

 そう言うと、突として彼女の双眸から涙が溢れ出した。

 そうした彼女の話しに、私は史孝さんの想いも引き継いで結婚する覚悟を決めた。

 そして、奥さんからも、

「そうよ、真由美さん。

 遠慮なんかせずに、幸せな結婚式を挙げてくれれば良いの!」

 この奥さんの言葉に、社長さんも賛同するのだった。

 そうした御夫妻へ、落ち着きを取り戻した彼女が、

「それで、母から御夫妻とも相談したい事があると、改めてお時間を取って頂きたいと申して居りました。

 宜しいでしょうか?」

 彼女の問いに御夫妻は快く快諾し、改めて都合の良い日を知らせると言われた。

 こうして、挙式を年内に上げる事が本決まりと成り、私はこの日から家業の仕事と、色々と決めなければ成らない挙式の狭間で奔走する羽目と成った。

 そして早速、翌週週末には、彼女のお母さんが来る事に決まった。

 着々と式へ向け事が運ぶ中、私は心から彼女が結婚を承諾してくれた事が嬉しく感謝するのだった。

 一時は幸せな時があったにせよ、苦労の連続とも言うべき彼女を労う意味でも、私は彼女に幸せと言う物を噛み締めて貰うにも必要な式だと思った。

 本心を言えば、夫として史孝さんに負けたく無かったと言うのもあるが、史孝さんの想いでもあった彼女の花嫁衣装を、自分が想いを引き継ぐ形で、何としても叶えさせてあげたかった。

 そして私は、彼女に関わる人々に、彼女の幸せな晴れ姿を祝福して貰いたかった。

 翌週末、彼女のお母さんは、彼女の妹弟を連れて遣って来た。

「良くいらして下さいました。

 さぁ、どうぞ上がって下さい。」

 奥さんは、彼女の母親と妹弟達を中へと迎え入れた。

 普段なら、食卓にもてなす料理を並べ歓待するのだが、この日はどうした訳か夫妻が奥の座敷へ彼女の母を招いた。

 食卓から中の間を抜け、普段夫妻の寝所でもある奥の座敷へ入ったまま、夫妻と彼女の母親は話し込んで居るのか中々戻って来る事は無かった。

 大凡一時間が過ぎた頃、漸く三人は食卓へと戻って来た。

 すると、晴夏ちゃんと遊んで居た彼女の妹弟達は義母さんの元へと駆け寄った。

 社長さんが、食卓に腰掛けている私と真由美さんを見咎めるや、

「それじゃあ、二人にも話しの内容を伝えようか!」

 言うと、子供達には隣にある中の間で遊ぶ様に言い、大人達五人は食卓へ着いた。

「先ずは、真由美さんが結婚式を受けてくれて、歩は勿論遣ろうけど、儂らもほんまに嬉しかった。

 ありがとう。

 あんたは再婚やからってえらい遠慮しとったけど、こう言うめでたい事は何度祝っても可笑しゅうは無いんやで!

 そらぁ、十遍も二十遍もってなら、流石に世間様より先に、儂が言い加減にせえって言うけどな。」

 と、つまらない冗談を言ったのに私達は苦笑するも、真顔と成った社長さんが、

「実はな、真由美さん。

 儂らは、あんたと晴夏ちゃんがうちに来てくれてから、随分と楽しく幸せな時間を過ごさせて貰うてる。

 確かに、前にあんたが言うた通り、儂らと歩には血の繋がりってもんはあらへん。

 けどな、産みの親より育ての親って言葉があるのも事実で、歩のお母さんは亡くなってしもうたけど、儂らは育ての親として初美さんの想いを受継いでるつもりや。

 そやから歩の事を儂らは、いっぺんも他人やと思った事は無いし、端から家族の一人やと思うとる。

 そんな歩と夫婦に成ったあんたも、儂らにとっては嫁いで来た娘やけど、今はそれ以上に本当の娘みたいに思うとる。

 その娘の花嫁衣装を、儂ら夫婦は見たかったし、それ以上にあんたのお母さんも見たかったと思うんや!

 そやさけ、結婚式を挙げるんを受けてくれたんは、ほんまに儂らもそうやけどお母さんも嬉しかったと思うで。

 さっきお母さんから聞かせて貰うたけど、あんたと前の旦那さんは結婚式を挙げて無いって言うや無いか。

 そんなんもあって、お母さんも前には出されへんかったお金を、今度ばかりは出ささせて欲しいって言うてくれはったんや。

 その気持ちを無駄にせんですんで、ほんまにお母さんと儂らは嬉しいんやで!」

 そう言った社長さんに、

「真由美。

 社長さんが仰る通り、お母さんは今度の結婚式は是非とも受けて欲しかったの。

 こちらには申し訳無い話しだけど、史ちゃんの時はお母さん何一つ、あなた達にしてあげる事が出来無かったじゃない。

 あの時、史ちゃんにうちは救われて、人並みの暮らしが出来る様に成ったけど、あなた達の結婚式を挙げさせてあげる迄には至らなかった。

 史ちゃんは、将来式を挙げようって、あなたに言ってたのは知ってるけど、それも叶わぬ夢に成ってしまってたのを、お母さんは悔やんでも悔やみ切れ無かったの!

 それが今度、篠崎さんがあなた達の式を挙げさせてあげたいと言って下さったのに、あなたも承諾したと聞いて、お母さんは本当に嬉しくって、どうぞ宜しく御願いしますってお返事させて頂いたの。

 それでね、あなたが再婚する様な事があればって、あれからコツコツ貯めてたお金を使って頂く事にしたの。

 そんなに大した額じゃ無いけど、お母さんだってあなた達の結婚を祝福してあげたいじゃない。

 だから、その思いを伝えたくて、今日お邪魔させて頂いたのよ。

 後は、あなた達が満足出来る式を挙げてくれたら、お母さんはもうそれだけで十分。」

 そう、彼女のお母さんが言ってからは、結婚式に関する事はあなた達が決めれば良いと言う事に成った。

 奥さんが用意して居た、食べ物の品々が次々と姿を現わし、

「それじゃ、少し遅く成ったけど、皆ご飯にしましょう。

 さぁ、いらっしゃい。」

 と声を掛けたのに、お腹が空いて居たのか子供達が一斉に食卓へと集まって来た。

 そうして始まった食事は、いつも通り子供達が喜びそうな品々が並び、大人達が喜ぶ酒の肴が随所に置かれた物だった。

 それらを食べながら、和気藹々と談笑する話題は勿論、私と彼女の結婚式に付いてであった。

 何処で挙げる?

 どんな式にする?

 お色直しは?

 食事は?

 何故に結婚式と成ると、これ程に話題が尽きないのかと言う程、大人達の会話には終わりが無い様に思えた。

 そんな中、彼女のお母さんはしみじみと、

「本当に、この度は有り難う御座います。

 この子には随分と苦労を掛けて来ましたから、これから先の人生はどうしても幸せに成って欲しかったんです。

 そんな事を随分長く願ってたんですが、今回歩君の様な良い方と巡り会って、私は安心して嫁がせる事が出来て嬉しいんです。

 こちら様に取っては、バツイチ子持ちの娘ではって思いもあったでしょうが、歩君はそんな事は気にして無いって言ってくれて、こちら様も最後には結婚を許して下すって。

 本当に、感謝しても仕切れません。

 私も、娘には負い目があった物ですから、少しでも親らしい事をしてあげられる事が嬉しいんです。

 どうか娘の事を、幾久しく宜しく御願いします。」

 言った彼女のお母さんへ、御夫妻は心から歓迎し喜んで居る旨を告げた。

 それからの私達は、様々な結婚式場や神社に教会、更にはホテル等、式を挙げられる場と言う場へ足を運んだ。

 式の内容は私達で決めれば良いと、社長さん御夫妻や彼女のお母さんから言われ、様々な式場を見て廻ったが、そのそれぞれに魅力があり決めきれず、自分達の結婚式に思いを馳せはしたのだが、取っ掛かりと言うべき肝心要の式場選びに、私達は大いに手間取る事と成ってしまった。

 普通に考えれば、結婚式と言うのは凡そ一年前位から準備をすると言う。

 私は当初、在学中にでも結婚したい思いで居たが、彼女や親達の忠告を聞き卒業を待ってから式を挙げるつもりで居た。

 だが、彼女達母子が同居する様に成ってから、社長さん御夫妻は元より彼女のお母さんからも、

『双方の親公認なんだから、一緒に暮らす様に成ったと言う事は夫婦と変らない。

 なら、一日も早く嫁と成って貰う為にも、直ぐにでも結婚式を挙げてくれて構わない!』

 と、結婚式を急かされる様に成り、元々早く式を挙げたかった私の思いと重なり、年内にも結婚式を挙げる段取りを付ける様にと話しが進んだ。

 彼女は、恐縮仕切りと言った具合であったが、前の様に無下に断る様な事はせず、皆からの気持ちを有り難く受け様として居た。

 そうした彼女は、

「歩君。私、本当に幸せ者よねぇ。

 て言うか、私達って言った方が良いわね!

 血の繋がらないあなたの事を、本当の家族の様に思って下さる上に、バツイチの私との結婚を後押しして下さる。

 本当に、こんな事が現実だなんて信じられないわ!」

 そう言う彼女の思いは、勿論私も同じであり、感謝しても仕切れ無い程の恩義を感じ感謝した。

 そうした思いを受け、年内に式を挙げられそうな場を探して廻るのだが、流石に年内にと言うのは余りに唐突であったのだろう。

 何処からも、良い返事を貰えなかった。

「流石に、年内は何処も無理よね!?

 それに、私達自身が、どんな式にしたいのかも決まって無いから、先ずはそれを考えてから、一番早く式を挙げられそうな所を探しましょうよ。」

式場選びに奔走する二人だったが、年内にと言う親達の希望に沿う事が無理だと思い、翌年に結婚式を挙げる事を考える様に成る。

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