二十一話『親達からの贈り物』
歩は大学を卒業すると成った時、これ迄の恩や篠崎家の事を考え、息子勉が継ぐ時迄の繋ぎとして、社長や奥さんの希望を叶える上で、建築専門学校への入学を告げる。
こうして、篠崎工務店の新たな一歩が始まる。
年が明け、慌ただしく正月が過ぎ、人々の正月ボケが落ち着いた頃、私の学生生活もいよいよ大詰めと成り、残すは後期試験だけを残すだけと成った二月初め、私は工務店の仕事を手伝え無いかと社長さんに言った。
前年、入社辞退を報告した後、社長さんが私の思いを受け入れてくれた時、
「もう一つ話しがあります。」
私の言葉に、ご夫妻は何事かと言う顔で私と向き合ってくれた。
「実は、こちらで働かせて貰うと決めた時から、僕はこちらの役に立てる様、来年から建築専門学校へ通う事に決めました。」
この私の決意に、
「ならその費用、儂に出させてくれへんか!?」
そう言って下さったのへ、私は自分の為に決めた事だからと、気持ちだけ有り難く受け取る旨を伝え援助を断った。
この後、何度かすったもんだしつつも、最終的に社長さんが折れる形で話しは決した。
これには、奥さんの一言が大きく影響したのだが、その言葉とは、
「お父さん、此処は歩君の思う様にさせてあげたら良いじゃない。
私達に取っては、どっちにしても有り難い決断なんだから……ね!」
と。
「歩は、うちや強の為に、よう考えてくれてたんやなぁ!
ほんまに、ありがとうな。
うちの仕事をして貰うと、これから随分しんどい思いをさせる事に成るけど頼むな!」
こう言って貰ったのに、
「大丈夫です。
これだけお世話に成ってるんやから、役に立つ為にも遣れる事は遣りたいんです。
それに、したい事が無かった自分の為にも成りますから。」
そう返すと、
「幾ら若いからって、無理して躯壊したら意味無いんやから、無理せずゆっくり遣って行けば良いんやで!
何事においても、躯が資本なんやから!」
そう言って、アルバイトと言う形ではあるが、工務店で働く事を許してくれた。
社長さんは、
「卒業する迄、学生生活を送ってからでも遅うは無いんやで!」
そう言ってくれたが、私は専門学校への入学手続きも秋迄は間が開く為、実務を知る上でも現場で実地を経験するべく働き、少しでも早く仕事と言う物に慣れ、その内容と言う物を覚えたいと思って居た。
三月と成り私は大学を卒業し、翌月には篠崎家の子供である強君が、スポーツ推薦と言う形で入れ替わる様に大学へと進学した。
四月を迎え、私は篠崎工務店の新入社員として働き出した。
アルバイトとして働いて居た事もあり、働き始めた頃より肉体的には随分と慣れ、一日を終えてもくたびれる事は無かったが、本格的に覚える工務店の仕事は多種多様に渡り、その量に忙殺される事に成るのだが、知識の一つ一つを得る楽しさは新鮮な物であった。
一月もすると、私は工務店の仕事と言う物がどうした物か、何と無くではあるが理解出来る様に成り、構造物を造ると言う楽しさと面白さ、それに遣り甲斐と言う物を知る様に成った。
そうした、仕事にも慣れて来たある日の夕食後、私は。否、私達は驚く提案をご夫妻からされる事に成った。
「真由美さん、終わったら大事な話があるからこっち来て座ってくれるか!?」
台所で食事の後片付けをして居た彼女へ社長さんが声を掛けたると、丁度洗い物を済ませた彼女が返事を返し振り返ったのへ、
「まぁ掛けてぇな。」
との言葉に、私の横へ彼女が座ったのを見計らって、
「それじゃ、これから二人に大事な話をするから良う聞いてくれな。
先ずは、歩と真由美さんに晴夏ちゃん。
うちに来てくれて、ほんまにありがとう。
多分、世の中的にはけったいな関係に思われる遣ろうけど、儂ら夫婦は元より息子の強も良かったって言うてくれとる。
歩がうちに来てから、あいつも気が付いたら歩を兄貴の様に慕っとるし、儂らもいつの間にやら家族同然として暮らしとる。
まぁ、あいつはあいつで、好きなラグビーをやらして貰ってるってのが、ほんまにありがたい事なんやろうけどな。
実際、儂らにしても、この会社を立ち上げた時から働いてくれた初美さんの子の歩が、儂らと一緒に会社を遣ってくれるって言うてくれたんは、ほんまに嬉しゅうて不思議な縁さえ感じとるんや。
この先、うちの強が会社を継いでくれんでも、歩と真由美さんが引き継いでくれたら良いとさえ今は思うとる。」
社長がそう言った後、奥さんが続けて、
「実はね!
私は、歩君が一緒に暮らすって言ってくれた時から、強の代わりに歩君がうちを手伝ってくれへんかなって、ずっと思ってたの。
それにね、あなたが初めて真由美さんと晴夏ちゃんを連れて来た時。私ね、この人達と家族に成るんだって予感がしてたの。
だから、真由美さんがね、歩君と結婚もしてないのに家族みたいに迎えられるのは、普通に考えても可笑しいんじゃ無いかって言った時、さっきのお父さんと一緒。
もう家族なんだから、そんな事考え無いで頂戴って思ったの。
それでね、お父さんと話し合って考え付いた事があるの!
私達はこれ迄、歩君が金銭的に何も言わないし、今度から通う専門学校のお金も断って来たのは、私達や強へ気を使って言わなかったんだと思ってるの。
でもね、もう私達の子供同然な歩君に、私達も一世一代の親らしい事をさせて貰いたいって思ってるの!
で、どうかしら!?
あなた達の結婚式を、私らに出させて貰えないかなぁって!
実際の所、あなた達はもう誰が見ても十分夫婦だと思うのよ。
なら、言ってた通り、歩君も大学卒業した事だから、あなた達が望んでた通り、結婚するのに丁度良い頃合いじゃ無いかって思ったの、どうかしら?」
奥さんに言われ、余りに唐突な提案に私と彼女は顔を見合わせ困惑した。
「どう?」
と言われ、私はどう言った返事が良いのか見当も付かず、
『ここは一旦、考える時間を貰うべきやな!』
思うと、ご夫妻へ向かい、そうした返事を返そうとした矢先、
「ありがとう御座います。
本当に嬉しい申し出に感謝して居ます。
ですけど、返事をさせて頂くのに、少し待って頂けませんでしょうか?
多分、歩君も同じだと思いますが、私も母と相談する時間を頂きたいんです。
前にも話しました通り、うちは前夫の残してくれたお金も少なからずありますが、何せ妹弟の将来や母の為に残したい思いが私にはありますから、家を出た私の為にそうしたお金を使わせたくは無いんです。
こうした話しをすれば、お二人は端から全額出そうとされるでしょう。
でもそれは、私達には過ぎた事だと思ってるんです。
ちょくちょく歩君と話してたんですが、せめて私達の結婚式位は私達の手で挙げたいって思ってるんです。
ですから、少しずつでもお金を貯めて、自分達の力で結婚式を挙げるつもりなんです。
それに、式を挙げる時には、母の思いや諸々の事をしっかり整えたいですから、そうした事が決まった時、改めてお話しさせて頂くのでも宜しいですか?」
彼女がそう言ったのを聞いて、私は一歩踏み込んだ彼女の考えに感嘆した。
そして、それは御夫妻も同じだった様で、私には彼女へのお二人の様子が感心しきりと言った具合に見えた。
彼女の話を聞き終わると、
「そうやな、真由美さんの言う事もよう解るし、歩もこの話しは断るか時間くれって言いよったやろうから、そう言われるんは覚悟し取ったんやけど、儂らにしたら強同然に子供やと思うとる歩に、何かして遣りたいって思うても、遠慮して断るばっかりで何もさせてくれんし、真由美さんも歩と一緒でしっかりしてるから、儂ら親代わりちゅうても出番無いのが正直寂しいんや!
せやから、せめて一世一代の結婚式位、儂らにも何かしらさせて欲しいんや。」
そう言った社長さんの横から、
「そうよ。
お父さんが言った通り、私らにも親らしい事をさせて欲しいの。
だから、この話は受けて欲しいのよ!」
そう言って下さった御夫妻に、私達が返せた精一杯の返事は、
「ちょっと、二人で相談させて下さい。」
だった。
その夜、床に付いた私は彼女に向かい、
「僕は真由美さんと結婚を決めてから、必ず花嫁衣装を着せてあげるって決めてるんや。
正直、はじめは史孝さんに負けたく無いって思いが強かったんやけど、今は史孝さんが真由美さんにして遣れんかったって、絶対悔やんでるやろう気持ちを、少しでも楽にさせて喜ばせてあげたいのと、あなたの綺麗な姿を僕は見たいし、史孝さんにも見せてあげたいからなんや。
その為にも、それは自分の稼ぎでって決めてたから、式を挙げるんはまだ先の事やと思っとった。
やから、社長さんからの提案は、僕の決意を揺らがせるのには強烈な一撃やったわ!
真面目な話し、僕は盛大な式を挙げたいとは思うてへんのやけど、ケジメとしてちゃんと結婚式だけは挙げたいと思うとる。
本心を言えば、前にも言ってたけど、一日でも早うあなたと結婚したい気持ちがあるから、御夫妻の提案は渡りに舟って感じで、僕の決意を揺るがすには十分な提案なんや。
けど、僕にも意地ってもんがあるから、結婚式は僕らがお金を貯めてからでって思ってるんや。」
自身の想いを素直に話した私へ、
「そうねぇ!?
私も歩君と同じで、二人で貯めたお金で結婚式を挙げるのが良いと思うの。」
私が知る、生真面目で一本気な彼女なら言うであろう返事が、案の定返って来た。
私は、やはり欲を先行させず、地道にコツコツ資金を貯めてから、二人が納得出来る式を挙げれば良いとの思いに落ち着いた。が、
「でもね、歩君。」
と、意外にも彼女が言葉を続けた。
「こんな事言ったら、歩君に嫌われるかも知れないけど、今回は甘えても良いかなって思ったりもしてるのよ。
実はね、さっき御夫婦には母と相談するって言ったけど、うちの母から幾らかのお金は貯めてあるから、遠慮せず使いなさいって言われてるの。
はじめは断ったんだけど、さっきの御夫妻と一緒!
親なんだから、それ位の事はして遣りたいのよって。
うちの母にしてみれば、前の結婚で何もしてやれ無かったって思いもあるんだと思う。
それにね、ご夫妻が、ああいう風に言ってくれるのが信じられないの。
だって、歩君はお母さんが立ち上げからの社員だったって言うだけで、血の繋がりも無い、言ってしまえば赤の他人じゃ無い。
それなのに、結婚を考えた付き合いをしてるからって、私や晴夏迄一緒に暮らさせて貰った上、結婚式迄挙げて下さろうとしてらっしゃっるのよ。
そりゃ、私も晴れて歩君が大学を卒業する事に成って、これで結婚出来るって嬉しく成ってたけど、私は元々結婚式を挙げる気は端から無かったの。
男の人が結婚式をするのって、女性の為だって誰かが言ってのを聞いた事があって、それなら私は式なんてしなくても構わないって思ってたの。
だって、前の結婚だって式は挙げて無いんだもの!
私は、そんな勿体ない事しないで、籍を入れるだけで十分だったのよ。
でも、ご夫妻が歩君に式を奨めたのは、本当にあなたを子供と思う親心からだと思ったの。
それに、うちの母もそう。
やっと、親らしく祝える様に成ったんだから、今度こそ人並みに結婚式を挙げさせて遣りたいって思ってるんだと思うの。
そこで歩君に相談なんだけど、今回は双方の親の顔を立てて、費用を出して貰うのは駄目かなぁ?
で、後々少しずつでも費用を返して行くのは駄目かなぁって!?
凄く都合の良い考えだけど、これだと私達と親も双方丸く収まる様な気がするの。
多分、親達が返金を拒むのは目に見えてるから、ならそのお金を貯めて旅行なり何なりに使って貰えば良いじゃない。
今回は、親達の顔を立てるってのはどう?
但し、贅沢な式じゃ無くて良いの!
私達らしい、地味でも心に残る楽しい式を考えましょうよ。」
言った彼女は嬉しそうな顔を浮かべ、私はその表情に心から幸せな気持ちと成った。
結婚式をする為、お金を貯めると言う思いは全く以て嘘では無いのだが、私は少しでも早く式を挙げ、彼女に花嫁衣装を着せてあげたいと言う思いをずっと秘めて居た。
それに、その姿をお義母さんには是非見せてあげたい思いもあった。
立前ではお金を貯めてからと言いつつ、本音と立前の狭間で絶好の機会を逃したと思っていた私は、思いも寄らぬ彼女の心変わりとも言うべき提案に驚きつつ、
「僕に取っては初婚。
それに、真由美さんの花嫁衣装を、お養母さんに見て貰いたかったのもあるし、何より二人の門出を親しい人達には祝って貰いたかったから、正直言えば社長さんの提案に甘えても良いかなって思いはあってん。」
これ迄、私達の決め事は、往々にして彼女が決定する事が多く、芯の強い彼女が一度決めた事を覆す事はこれ迄無かった。
「けど、真由美さんは断ると思うてたからビックリしてるねん!
僕は、真由美さんさえ良いん遣ったら反対する理由は無いんやで。」
と返した。
「それじゃ、明日社長さん達に甘えさせて貰う事を二人で話しましょう。」
彼女の言葉に、私は頷いた。
翌日、私達は夕食時に、御夫妻の提案を受ける旨を告げた。
当初、御夫妻は鳩が豆鉄砲を食った様な顔をし、信じられないと言った具合で驚いて居たが、その内にジワリジワリと喜びの感情が湧いて来たのだろう。
「歩、真由美さん。
ほんまに良いんやな!?
儂らに、結婚式の段取りをさしてくれるんやな。」
と、喜んでくれた。
翌日夕方、私が現場から帰って来ると、入れ違う形で彼女はお母さんと話しをするべく実家へと出掛ける所だった。
「母は必ず喜んでくれるわ。」
そう言葉を残し、実家へ出掛けて行った。
篠崎家の事を想う歩へ、社長夫妻は二人に結婚式を贈るが!?