二話 再会
虐めを受け、孤独を受け入れていた歩に心の救世主が現れる。
そうした小学生時代も、救世主との出会いで変化が生じ、中学へと進学する事に成る。
私をこの様な思いにさせたのは、転校した年の夏休み、たまたま出掛けたゲームセンターで、転校前に良く可愛がってくれた一つ上の、幼馴染みでもある坂井卓実君との再会があったからだ。
夏休みに成っても友達が居なかった私に取って、皆が喜ぶ長期休みも退屈な日々が続くだけの物であった。
転校して後、虐められたと言っても、クラス中から無視されるだけで、暴力を振われる様な事は無かった私に取って、この様な事は慣れてしまえばどうって事は無かった。
只、友達が居なければそれはそれで、長い夏休みの時間を持て余す物で、屋内で絵を描くや読書等と言った一人遊びの類いが苦手だった私には、もっぱら近くの商店街にあるゲームセンター通いが常と成って居た。
家は貧しかった筈、何故にそんなお金があったのかと思われるだろうが、私は引っ越して来てから新聞配達のアルバイトを始めて居り、小遣いはその中から捻出し残りを家計の足しにと母へ渡して居た。
誰憚る事無い小遣いを使い、そうした日々をおくる内にゲームの腕は上がり、一回のプレイが数分で終わると言う様な事に成らず、数百円の小銭で優に数時間は遊ぶ事が出来る様に成って居た。
私が産まれた年の翌年、世に言うファミリーコンピューター成る家庭用ゲーム機が発売され、私が小学生時代には既に廻りの同級生等は、それを家に持ち熱中して居た様に記憶して居る。
そして、いつしか私の様にお金を使ってゲームをする小学生は数を減らして行った。
そうした事も、同級生と会う事から避けて居た私には好都合であった。
そんな中、私は坂井卓実君と再会したのだった。
その日、ゲームに集中して居た私の肩をトントンと叩く者によって、私は意に反して振り向かざるおう得なく成った。
ゲームのステージを、後一歩でクリア出来ると言うタイミングでの呼掛けに、ムッとした表情で振り返った私の目に卓実君の笑顔は輝いて見えた。
先程迄、不機嫌の最高潮だった私の心へ、その笑顔は懐かしさと共に嬉しさをもたらしてくれた。
新しい学校へ変ってからと言う物、友達も出来ず学校に馴染む事も出来無かった私は、この時既に言葉を忘れるかと思う程に人と話す事が無かった。
そして、それは母との間においても……
自我が形成されて行く過程の思春期に於いて、忙しい母に心配かけたく無いと言う一念から、そうした環境の中に居る事を打ち明けられ無かった私は、母との間に他の話題と言う物を見出す事が出来無いで居た。
それ故に、思春期にありがちな反抗期的な態度を取る事で、そうした環境下に居る事を悟られない様にして居た。
それが功を奏したのか、母も一般的にありがちな思春期のそれと思い、敢えて必要以上に干渉して来る事は無かった。
そうした孤独な私へ、卓実君は以前と変ら無い笑顔と共に声を掛けてくれたのだ。
高々一年程会って居なかっただけだが、中学に上がった卓実君は随分と大人に成った印象を受けた。
更には、私が知っている卓実君からは、幾らか雰囲気が悪く成った様にも感じた。
「よぉ歩。元気にしてたか?」
そんな卓実君の言葉は、私に懐かしさと共に枯渇していた人との触れ合いを思い起こさせた。
「あっ、卓ちゃん!」
楽しんで居たゲームの邪魔をされた腹立たしさを一瞬で吹き飛ばさせる程、懐かしい顔を其処に見た私は、嬉しさの余り歓喜の声を上げて居た。
そして、その再会は孤独を受け入れて来た私に、今一度人と関わる喜びと言う物を思い起こさせるに十分であった。
嬉しさの余り、喜びの声を上げ卓実君の顔を見上げたその目に、卓実君の横に立つ悪そうな風貌の見知らぬ男の姿が目に入った。
困惑と緊張、それに恐怖心から、咄嗟に私は吐いて出る言葉が見付からず、躯が強ばり顔が引き攣ってしまったのだろう。
それを察したのか、
「歩、どうしたんや?」
言うや、私の視線が向く先へ顔を向け、自身の後ろに立つ若い男に気付くと、
「んっ!?
あぁ~、こいつかいな!
こいつは、俺の同級生で安斉公彦ちゅうんや。
悪そうに見えるけど大丈夫。
ほんまは良い奴やから、心配せんでええ。」
言うと、私を改めて紹介してくれた。
安斉公彦と言う卓実君の同級生は、金色のドクロが背中一面に刺繍された黒いスカジャンを着、鍵束を留めたチェーンをジャラジャラさせ、一見して大人しさとは無縁の雰囲気を醸し出していた。
それ故に、卓実君の雰囲気をも悪く見えさせたのかも知れない。
その時の私は、あれ程に優しく思い遣りがあり、私達年下の面倒を良く見てくれた卓実君が、一見して不良と解る風貌に変って居た事に驚き、そして残念で仕方なかった。
私が知っている卓実君は、私と同じ母子家庭の境遇ではあったが、成績優秀な上にスポーツ万能で、男女共の人気が高く誰からも好かれる存在であった。
そんな彼がグレる等とは思っても見なかった私には、目の前に居る幼馴染みに一体何が起こったのかと思わざるおう得なかった。
しかし、見た目は悪く見えるものの、私へ話す言葉遣いは、可愛がってくれた小学校時代と何ら変らず、紹介してくれた安斉君彦と言う同級生も、私には優しく微笑み接してくれるのだった。
「悪そうに見えるけどは余計やけどな!」
その言葉と共に顔に浮かぶ微笑みは、私の中から恐怖心と警戒心を早々に取り払ってくれた。
「で、歩。
お前、なんでこんなとこに居るんや?
ここは学区ちゃうやろ!?」
こう言われ、私は転校した経緯を話した。
黙って聞いていた卓実君は、
「歩、引っ越しとったんか!?
どうりで、最近見掛けんと思っとったわ!
俺も中学上がって地元で遊ぶ事が無かったし、母ちゃんとも話す事が無くなっとったから、そう言う話しを聞く事も無かった内に、歩ん家は引っ越しとったんやなぁ!」
と驚きを以て言うや、
「で、おばちゃんは元気なんか?」
と聞かれ、私は兎に角自身の悩みを聞いて欲しかったが、卓実君も良く知る母の事だけに最近の様子を話して聞かせた。
それを聞き卓実君は、
「そうか、おばちゃん元気で居はるんや。
なら、良かった。
又、おばちゃんが作ってくれた、あの旨いカレー食いたいなぁ。」
そう、しみじみ言うと、一変、
「けど、歩。
何でこんなとこに一人で居るんや?
学校変って、新しい連れとか出来たんちゃうんか?」
ズバリ痛い所を突かれはしたが、反面、聞いて欲しかった私にとって、漸く話す機会を得た事で転校してからこれ迄の事を、堰を切った様に怒濤の勢いで話して聞かせた。
私が話し終えると、卓実君より先に、
「酷いなぁ。
別に、親父が居らんのは歩君が悪い訳でも無いやろうに!」
と、安斉君が言ってくれた。
私は正直、この言葉がとても心に響き嬉しく救いに成った。
私に父親が居ないのは決して私のせいでは無く、私がまだ幼かった頃に職場での事故であの世へ逝ったからでる。
そうした境遇の私に、以前通って居た学校の同級生や、キク婆をはじめとした近所の人達は優しかった。
それが一転、転校して来てからと言う物、他の子供達には異質に見えたのであろう、父親が居ない事を悪かの様に爪弾きにされた。
他に何か理由があったのなら、言ってくれれば対処の仕方もあったであろうが、関係性を築く間も無く断ち切られた私に取って、思い当たる原因はその一点だけであった。
こうした境遇を受け入れ、只一人で寂しさや孤独と向き合って来た私に、この安斉君の言葉は砂漠で渇いた喉を潤す水が如く身体に染み入った。
染み入った途端、安斉君彦君と言う人がとても親近感の湧く味方の様な存在に思えた。
そして、その安斉君の言葉に賛同するかの様に、卓実君も又私の境遇を嘆いてくれ、
「歩、なら俺らと連めばええ。
俺ら、こんな形してても、お前が思ってる程悪くは無いんやで!
まぁ、粋がってって言われたりして、見た目で損したりしてるけど、この恰好は俺らが好きで遣ってるだけで、歩のおばちゃんが心配したりする様な事はしとらんからな!」
そう言って、豪快に笑って見せた。
私はその言葉を聞き、二人の様な恰好をしたら母は間違い無く卒倒するだろうが、自分が置かれて居る境遇の寂しさを考えれば、それもありかなと言う心境に成り頷いた。
その日から、私はそれ迄の服装を変える事は無かったが、二人と行動を共にする様に成って行った。
実際、卓実君が言う通り、彼らの振る舞いは不良と言う素行では無かった。
二人は気が合う者同士連んで居るだけで、決して自らが悪さをする訳では無く、更にそう言ったグループに属してもいなかった。
寧ろ、虐め等を見掛けると、助けに入ったり守ったりする様な好漢達であった。
弱い者からしたら英雄の様な二人を、反対に虐める側や不良と呼ばれる者にしたら目障りな存在で、そうした者からしたら箔を付ける為にはもってこいの存在であった。
がしかし、それらに対する二人は、同年であろうが年上であろうが、そうした者達より圧倒的に喧嘩が強かった。
悪ぶっては居たが、そんな二人は私からしても格好いい兄貴的存在であった。
そんな二人の様に、喧嘩に強く成りたかった訳では無いが、学校を変ってから友達が居なかった私は、いつ何時物理的な虐めを受けても良い様に、週三回合気道の道場へ通う様に成り、二人迄では無いにしろ些か喧嘩に自信を持てる様に成って居た。
そうした二人と過ごす事が増えた私は、それ迄の寂しい環境から解放された。
そして、いつしか二人との関係は同級生の知る所と成り、それ迄率先して私を虐めていた者達もが、掌を返した様に鳴りを潜め私の後ろに居る二人を恐れた。
こうした事で私を虐める者が居なく成り、状況が好転するかと思いきや、二人と行動を共にする事が悪く影響し、普通に学生生活を送って居る生徒迄もが、より一層私と距離を置く様に成ってしまった。
私の思惑とは違うそんな同級生の態度は、私をより一層同級生達から距離を取らせ、更に卓実君達と共に過ごす時間を増やさせた。
そうする内に月日は流れ、私は小学校の最終学年である六年生を卒業し、私は中学校へ上がる事に成ったのだが、私が通う中学校の校区は、今通う小学校と以前通って居た小学校、更にもう一校の三校区が合わさる範囲であった。
人の人生には、幾つもの切っ掛けがある物。
そうした事が、上手く表現できたか!?