十九話 同居
実家の事を考え、同居を断った真由美に、歩の親代わりである社長は一つの提案をする。
それを聞いて、真由美の心がどの様に成るのか!?
同居は出来無いと言う彼女の決断に、
「残念ね。。
お母さんや妹弟の(きようだい)事を想うあなたの気持ちは良く解るし、そう言うあなただからこそうちに来て欲しいと思ったの。
だから、私達がその思いに反対する事は出来無いわね。
ねぇ、お父さん!?」
言った奥さんの目先で、顎に手を遣り何かを考える社長さんの姿があった。
そんな社長さんを見ながら、私は奥さん同様に彼女の決心を受け入れるしか無いと思ってしまった。
しかし、何も言わない社長さんが、どうしても気に成った奥さんは、
「ねぇ、あなた!
真由美さんの話、聞いてた?
同居は、出来無いって!」
と、諦めからなのか、社長さんにも何か言って欲しいと言わんばかりに強く言うのへ、それ迄黙って居た社長さんが徐に、
「真由美さん。
ちょっと無粋な事を聞いて良いか!?
あんたが今、家に入れとるお金ってなんぼなんや?」
社長さんが言った通り、余りに無粋な問い掛けに、私と奥さんが思わず諫めようとした瞬間、
「いやな、あんたがお母さんと妹弟の事を思えば、そう簡単にうちへ来るちゅう事が言えんのは良う解る。
あんたは、親妹弟の事を放っておいて迄、自分が幸せに成ろうなんて、端からこれっぽっちも思うて無いんやろう!?
けど、お母さんへ今迄と変らんお金を渡せられるんやったら、あんたがうちに来てくれても何の問題も無いんとちゃうか?」
そう言った社長さんの言葉に、彼女は勿論の事、私と奥さんも何を言ってるんだろうと訝しんだのへ、
「いやな、今のままの暮らしが続けば、二人は歩が卒業する迄一緒に成られへんちゅう事に成るやろ!?
そうさせたのは、儂らが世間体を気にして付き合い方を考えろちゅうたからで、それを気にせんと付き合う為に同居を進めたんや。
やのに、前と同じ状況にさして、その上会う機会を奪う事に成るんは、前より状況が悪う成って儂に取っても望む事や無いんや!
なら、儂が同居を勧めた意味も無いちゅう事に成ってまうやろ。
それは結局、本末転倒や!
其処でな、真由美さん。
うちで働いたらどうやろ!?
で、うちが給料を出せば、お母さんにお金を渡す事が出来るし、歩と一緒に暮らせて一石二鳥に成らんか!?
そうしたら、誰憚る事無く大手振って二人で将来を見据えた暮らしも出来る。
どうやろ!?
儂の提案、受けては貰えんやろうか?」
そう言った社長さんの言葉は、更に彼女と私を驚かせるには十分過ぎた。
話しを聞いても、尚黙る彼女と私へ、
「何か、気に成る事でもあるんか?
心配事でも?」
社長さんの問いに、依然黙り続ける彼女の気持ちが読め無いのか、
「歩は、どないや?」
今度は私へ聞いて来た。
私は、この社長さんの提案が心底嬉しかったし、彼女に提案を呑んで貰いたかった。
そうした私の思いを知ってか知らずか、彼女は一向に口を開く気配が無かった。
黙り続ける彼女を横に、
「僕は、嬉しいです。
それが叶うと、全てが丸く収まって有り難いんです。
後は、真由美さんがOKしてくれたら良いんですけど。」
私が気持ちを包み隠さず言ったのへ、それ迄黙って居た彼女が突として口を開いた。
「本当に、そうした事が私に許されるんでしょうか?
そんな都合の良い事が、私達一家に起こる事が信じられなくって。」
そう言った彼女の言葉は、彼女達一家にとって起こり得なかった事が起こった事で、驚きと恐ろしさで戸惑って居る様だった。
彼女達にとって、世間一般で起こり得る事であったとしても、これ迄経験してきた暮らしの中では、絶対と言って良い程に到底起こり得ない事であったみたいで。
そうした事から、不安に駆られる彼女へ、
「信じて頂戴、真由美さん!
そしたら、あなたが抱えてる心配事は無く成るでしょう!?
実はね、あなたがお母さんと相談するって言った時、私はてっきり同居する事を報告に行ったと思ってたの。
でも、あなたは家族の事を思って断る事を決めてたのね。
あなたのお母さんは、心配しなくて良いからと仰ったみたいだけど、私達が見たあなたの人柄から見て、『はいそうですか。』なんて到底言えないわよね!?
なら、今の仕事を辞めるなんて出来無いって思うのは当然!
でも、お父さんが言う通り、同じ働くにしてもうちで働けば一石二鳥、いえ一石三鳥にだって成るから、あなたには絶対そっちの方が良いと思うのよ。
大丈夫、安心して来て頂戴。」
そう諭すべく言った奥さんに、
「社長さん、奥さん。そして歩君。
有り難う御座います。
そのお気持ちに、有り難く甘えさせて頂きたいと思います。
不束者ですが、今後共に、どうぞ宜しく御願い致します。」
そう言い、深々と頭を垂れた。
これに、
「良かったぁ。
これで、全て丸く収まるわね。
けれど、こう成った事をお母さんは喜んでくれるかしら?」
奥さんが聞いたのへ、
「元々、母は賛成してくれて居たので、心から喜んでくれると思います。」
彼女は、嬉しそうに言った。
これを聞いて、
「晴夏ちゃん、この家でおっちゃんおばちゃんと暮らす事に成ったけど良いかなぁ?」
未だアニメを観て居た晴夏へ、その様に話し掛けた社長さんに、
「歩君は一緒?」
戸惑いつつ聞き返した晴夏へ、
「そら一緒に決まっとるよ。
それに、おっちゃんの子や店のもんも居るから、賑やかで楽しゅう成るで!
どうや晴夏ちゃん、ここでおっちゃんらと一緒に暮らすんは嫌かいな!?」
改めて聞いたのへ、晴夏の視線を感じた彼女が微笑み頷いたのを見て、
「うん、ここで一緒に住みたい。」
嬉しそうに、そう答えた。
この様子に御夫妻は、
「そうと決まれば、善は急げや!
要るもんやら引っ越しやら段取りせな!」
後日、彼女がお母さんに話した所、端的に申せば、同居する事に諸手を挙げて喜んでくれたのだと言う。
そして、彼女が社長さんの工務店で働ける事に感謝したのだと言う。
その提案をした社長さんはと言うと、引っ越しやら新たに必要な物など、彼女が遠慮するのも聞かずに、楽しそうに嬉しそうに段取ってくれるのだった。
こうして、社長さん宅で彼女は私の許嫁として、晴夏は私達の子供として新たな生活を始める事と成った。
彼女はその後、倉庫でのアルバイトを辞めると、私と社長さん宅で暮らす為に引っ越しの準備に取り掛かった。
私達三人は、翌月から社長さん一家との共同生活を始める事に成ったが、その中に不安や息苦しさと言った物は一切無いと彼女は言ってくれた。
元々、社長さんの自宅兼事務所である建物の二階には、息子強君の部屋以外に社員寮として三部屋が用意されて居た。
そしてこの時、強君の部屋と私の部屋しか使われて居らず、残り二部屋は空き部屋と成ったままであった。
その空いた二部屋の内、一部屋と私が使う部屋を私達三人は宛がわれた。
月末、彼女達の荷物が届き、我が家にある物と被る物を処分し、彼女と晴夏の物を割り振り部屋へ収めると、余裕を持って用意した八畳と私の六畳間は、あっと言う間に彼女の部屋と見紛う程に変わった。
諸々の手続きと、晴夏の転園手続きを終えたその日の夜、私達と社長さん夫婦と彼女のお母さんや妹弟が一同に介した、顔合わせを兼ねた食事会が開かれた。
私自身、彼女のお母さんと会ったのは、これ迄に三度程しか無かったが、それでも顔を会わせると彼女同様に何かと気遣ってくれ、そして彼女との結婚を急かし勧めてくれた。
更には、彼女の妹弟も、史孝さんを亡くしたからなのか、寂しさを埋める様に会う度に甘え懐いてくれた。
そうした彼女の母と妹弟であったが、初めてと成る我が家への来訪は、初対面と成る社長さん夫妻に会う緊張感で溢れて居た。
迎えに行った私が連れ帰った彼女のお母さんと妹弟が、事務所奥の扉を抜けた途端、
「良くいらして下さいました。
態々お運び下さり、本当に有り難う御座います。
この度は、二人の結婚を前提とした付き合いの祝いがてら、この際ですから家族同士の顔合わせも兼ねて、この様な席を設けさせて頂きました。」
そう言い招き入れた奥さんに、
「こちらこそ、本日はお招き頂き有り難う御座います。
この度は、うちの娘と晴夏がお世話に成ります事、何かと御迷惑をお掛けすると思いますが、何卒お取り計らい下さいます様宜しくお願い致します。」
彼女のお母さんは、感謝の念が堪えないと言わんばかりに、丁寧な言葉と会釈を以て返すのだった。
この遣り取りに、社長さんが、
「まあまあ、挨拶はその位にして、兎に角上がって貰わな!」
言ったのに、奥さんは気遣って居なかった事を詫びながら三人を招き入れた。
一同が食卓に着くと、
「お腹すいたでしょう。
さぁ、ご飯を食べましょ。
話しは、おいおいして行きましょ。
夕子ちゃんと竜也君よね!?
おばちゃん頑張って沢山作ったから、晴夏ちゃんと一緒に思いっ切り食べて頂戴ね。」
そう勧めたのへ、子供達は元気に返事を返すと嬉しそうに食事を始めた。
彼女と晴夏が初めて来た時以上に、子供達が喜びそうな品々と、大人達が喜びそうな酒の肴が並ぶ中で会食は始まった。
ぎこちなく始まるかと思いきや、子供達の無邪気さが緊張をほぐし、私達が取り持つ形で社長さん夫妻と彼女のお母さんの顔合わせは始まった。
改めて、彼女がお母さんへ社長さん夫妻を紹介し、互いが挨拶を交わすと彼女のお母さんから、
「この度は、離婚歴のある子持ちの娘を嫁に貰って頂きまして、申し訳なくも有り難く感謝して居ります。
二人が交際し出しました時、娘からお付き合いの話しを聞きまして、一度歩さんと話しをしたく場を設け話しをさせて頂きました。
その時私は、娘の離婚歴や晴夏と言う子供が居る事で、結婚を考える様なお付き合いは難しいだろうと話しました。
それでも歩さんは、先を見据えた付き合いを考えてますと言い切ってくれました。
その真剣さに、私は娘とのお付き合いを許す事にし、二人の事を黙って見守る事にしました。
それから今日迄、娘から色々とあった事は聞いてますし、こちらが反対されていらっしゃった事も聞いて、それも仕方が無い事だと半ば諦めて居りました。
それがこの度、二人の将来を見据えた付き合いを許して下さったと聞いて、私事の様に嬉しく思い幸せな気持ちに成りました。
本当に、有り難う御座います。
今後共に、末永く二人の事を宜しく御願い致します。」
私達への大きな愛情が籠もった想いを、社長さん御夫妻に告げ頭を下げたのへ、
「こちらこそ、有り難う御座います。
そして、申し訳ありませんでした。」
社長さんが謝ると、彼女のお母さんは戸惑った表情に成り、
「どうして謝られるのですか?
私らは、感謝こそすれ、謝られる様な心当たりはありませんのに。」
と、戸惑った。すると、
「最初、歩から話しを聞いた時、離婚歴がある子持ちで年上と聞いて、てっきり歩が年上の女に誑し込まれたんやと、会っても居らんのに決め付けてしもうて。
それでも、うちの奴や歩が真由美さんは儂が思う様な人や無いと言うもんやから、それじゃあ一度会ってどんな人か確かめたろうって、うちに来て貰ったんですわ。
それで、実際に会って話しをさして貰ったんやけど、とても良い人柄で歩の事を想ってくれる人でしたんや。
儂は、世間体や先入観で真由美さんの人柄を決め付け、闇雲に付き合う事を反対して居りました。
そうした事が真由美さんに失礼やったし、真由美さんを産み育てて来はったお母さんにも、ほんま無礼極まり無い事をしたと反省して居りますんや。
せやから、お会いした時には、必ず謝らせて貰おうって思っとったんです。
改めて、お母さん、真由美さん。
ほんまに、儂の非礼を詫びさせて下さい。」
言うと、社長さんは深々と頭を下げた。
「頭を上げて下さい。
多分、その事を気に為さって謝られたとは思いましたが、私自身、一般的に考えてその様に思われるのは仕方が無いと思ってます。
ですが、その後に娘と会って下さり、うちの子の人と形を見て頂いて、二人の結婚を許して下さったではありませんか!?
私からしたら、これ程有り難い事はありません。
もう、それだけで胸が一杯で、感謝こそすれ謝って頂くなんて勿体ない思いです。
ですから、もう気に為さらないで下さい。」
そう言ったお養母さんの言葉は、瞬時に両家親達の蟠り(わだかま)を取り払ってくれた。
こうして始まった会食は、和気藹々とした楽しい物と成った。
これ迄に無く賑やかだったのが、彼女のお母さんや妹弟が帰った後には、
「何か、祭りが終わった後みたいに寂しく成ったなぁ。」
寂しさが心一杯に染み渡った様な顔で、ポツリと呟いた社長さんに、
「ほんとよねぇ。
勉が小さい時だって、こんなに賑やかな事は無かったものねぇ。
歩君がうちに来た時も、疾うに高校生に成ってたから、賑やかって言うより、人一倍落ち着いた気遣う子遣ったから、家の中も静かなもん遣ったしね。
けど、あなた。
晴夏ちゃんが一緒に住む様に成ったら、この家も随分と明るく賑やかに成るわよ。
あんな可愛い子が、この家ん中を走り回ってくれたら、賑やかさで嫌な事も考える暇無く吹き飛ばしてくれるわよ!」
嬉しそうに言った。
それを受けて、
「そうや!
よう考えたら、今晩から真由美さんと晴夏ちゃんはうちで一緒に暮らすん遣った。」
社長さんは、それ迄の気落ちとは打って変わり、心晴れ晴れと小躍りした顔付きに成ったと言う。
彼女のお母さんと妹弟を送り、私と彼女それに晴夏ちゃんが家へ戻ると、其処には私達を待つ御夫妻の笑顔があった。
家族と言う物には、様々な形があると思うが、この一家がこの先どの様な暮らしを送って行くのか?
歩と真由美の行く末は!?